ユーザビリティの時代とUXの時代(2)
人間中心設計に関連した規格の歴史を、ユーザビリティの時代とUXの時代という区分に関係づけてみることは興味深い。UXの時代になったからといって、ユーザビリティへの配慮を忘れていいことにはならない。
「ユーザビリティの時代とUXの時代(1)」からのつづき
ISO規格との関係
人間中心設計に関連したISO規格(JIS規格)の歴史を、このユーザビリティの時代とUXの時代という区分に関係づけて見直してみることは興味深い。図3は、図1の1980年代以降の部分にISO (JIS)規格の標準化の時期を合わせたものである。
これを見るとわかるように、ユーザビリティに関する最初のISO規格であるISO 9241-11:1998 Ergonomic requirements for office work with visual display terminals (VDTs) — Part 11: Guidance on usabilityが出されたのは、Windows 95やMicrosoft Officeが登場した1990年代の終わり頃であり、ユーザビリティのうち、特にわかりにくさが問題であると認識されていた時代である。ユーザビリティが社会的問題として認知されるようになり始めた時期でもある。また人間中心設計に関するISO規格であるISO 13407:1999 Human-centred design processes for interactive systemsが出されたのも、それとほぼ同時期である。いわばユーザビリティの時代のピークを形作るようにして、これらの規格は登場したわけである。
その後、UXという概念が登場し、世間に流布するようになると、人間中心設計の規格としてもそれを取り込まなければならないと考えて、ISO 13407:1999の改訂版であるISO 9241-210:2010 Ergonomics of human-system interaction — Part 210: Human-centred design for interactive systemsが登場した。ただし、この時期には、すでにUXの時代に突入しており、世間には多くの定義や提案が溢れていて、ISOのUX定義の登場はおそすぎたため標準として世間に広まることはなかった。
なお、それを翻訳したJIS Z 8530:2019 人間工学−インタラクティブシステムの人間中心設計は、ISOがでてから大分時間が経過してしまってから登場したが、それは、当初は日本の委員会でそれを訳す必要性をあまり感じていなかったものの、国内でのUXブームが高まった関係で、急遽翻訳を出そうと考え方が変わったためである。
その後、2018年と2019年にISO 9241-11:2018とISO 9241-210:2019が出されたが、それらはどちらかというと微修正であり、大きな概念的変化は含まれていない。
この流れをまとめると、ユーザビリティの時代からUXの時代に移り変わってきたので、ISO規格のなかでもUXを入れることにしたものの、UXとユーザビリティの概念的違いも明瞭ではなく、ましてやUXを向上するためにどのような設計プロセスが必要なのかについての説明もなく、中途半端なままになっている。
UXの時代におけるユーザビリティ
あらためて考えてみると、ユーザビリティの時代からUXの時代への遷移は、ユーザビリティの問題がなくなったから起きたものではない。ICT機器やシステム、特にパソコンやスマートフォンについて、その取り付きにくさ、わかりにくさについて、老若の格差がなくなっただけである。要するに、世代が移行した結果、中年の時期や比較的若い時期からICT機器やシステムに馴染んだ人々が現在では高齢者になっている、ということによる。
いいかえれば、新規な事物に対する高齢者の拒否的な態度は相変わらずであり、いわゆるラガードとして「これまで使ってきたものに固執する」傾向は変わっていない。だから、今後、もしVRやAR、ロボット、あるいは現在はまだ研究途上にある新しい人工物が一般家庭にも普及するようになったとしたら、再び老若の格差が生じるようになる可能性はある。
さらに、ユーザビリティの時代が過ぎたといっても、左利きや色覚障害に対する配慮や、コントラストの低い文字表示や小さな文字表示をさけるといった配慮、加齢による身体的変化(白内障や老眼など)への配慮などは、相変わらず必要なものであり、ゲシュタルト心理学の群化の法則や対数法則などの理解にももとづいたユーザビリティ評価は、人間の普遍的特性に関する確認作業であることから、必須の活動としてありつづけるだろう。
ちなみに、ユーザ調査によってユーザビリティの課題が発見されるようになることは、以前よりは減るかもしれない。ユーザ調査は、どちらかというとUXを目的とした活動として位置づけられるようになるだろう。しかし、ともかくUXの時代になったからといって、ユーザビリティへの配慮を忘れていいということにはならない。この点を十分考慮すべきだという点をデザイナーは忘れてはいけない。