ユーザビリティの変質

学習性を容易にするICTリテラシーは、もはやユーザビリティと関連付けて考える必要がなくなってしまったのかもしれない。しかし、だからといってユーザビリティの問題がなくなった、と考えるのは大きな間違いである。

  • 黒須教授
  • 2022年2月7日

ユーザビリティという問題意識は衰退したか

最近、UXというキーワードと比較して、ユーザビリティという言葉を耳にすることが少なくなったように思う。たとえばamazonで「ユーザビリティ」をキーにして検索をしても、表示される半数近くがUX関連の本であり、ユーザビリティが時代のキーワードではなくなりつつあることが感じられる。もちろんamazonの検索はタイミングによって結果が異なるが、ひとつの傾向を示しているとは言えるだろう。

この原因として考えられるのは、

  1. ユーザビリティの問題は設計やデザインの関係者の努力によって減少してきて特に取り上げる必要性がなくなってきたから、
  2. 多くの関係者がUXやソーシャルデザインなどの新しいキーワードに関心を持つようになり、いつまでもユーザビリティという言葉を使うことに地味で古臭いイメージを持つようになったから、
  3. コロナ禍の影響もあって企業は売り上げの低迷に苦しんでおり、ユーザビリティよりも製品やサービスの魅力を高め売り上げを伸ばすことに注力するようになったから、
  4. ユーザビリティを高めることが企業関係者の責務と受け止められ、ユーザビリティという考え方が堅苦しい印象を与えており、ISOやJISの規格もそうした印象を強めているから、

等々であろうか。

最初の点については、本当にユーザビリティの問題がなくなったのかどうかを後で詳しく検討してみたいので、ここでは置いておくことにする。しかし、2, 3, 4.の点は、それぞれに「ユーザビリティ衰退」の原因として考えられるものであり、特に企業全体としては3.が重要なポイントになっているのかもしれない。筆者は、ユーザビリティとUXを混同してしまったり、なんでもUXと言ってしまったりする傾向には苦々しい思いをしている。しかしながら、ユーザビリティよりもUXを重視する傾向が実際に存在することは受け入れざるを得ない、というところだろう。

ユーザビリティの問題はなくなったのか

さて、ここでは、ユーザビリティの問題が、実際に解消され、特に取り上げるほど大きなものではなくなってきているのかどうかを考えてみたい。ユーザビリティという設計時品質特性にどのような副品質特性が含まれているかについては、ニールセンのモデルやISO/IEC 25010:2011の副品質特性のリストを参照していただきたいが、図に示す筆者のモデル(2015年に「設計品質と利用品質(前編)」「設計品質と利用品質(後編)」というタイトルで紹介している)では、それらのモデルを参考にして、認知しやすさ、記憶しやすさ、学習しやすさ、発見しやすさ、操作しやすさ、エラー防止から構成される概念として位置づけている。

この中で、特に学習しやすさという点に注目したい。それはICTリテラシーというICTの利活用能力の獲得に関係しているからだ。そしてICTリテラシーの世代交代という点について考えてみる必要があると思う。

図 黒須の品質特性図(2014-2021)

振り返ってみれば、たしかに1980年代はユーザビリティの問題が大きくクローズアップされた時期だった。これまで、それなりに安定していた生活環境にコンピュータやその応用機器が新たに入り込んできて、人々はICTリテラシーというものを身につける必要に迫られた。その後、キーボードリテラシーを含む機器本体の操作だけではなく、ウェブサイト操作やスマホの操作など、新たな壁が立て続けに現れた。その時点での中高齢者、すなわち新規な事態への適応力が若い世代よりも劣る人々は、その習得に苦労し、あるいはモチベーションが低いためラガードとして技能習得を放棄した。

しかし、それはおおよそ2000年代までの話である。そこまでの20年間は、ICTリテラシーの低い人々が労働人口に占める割合が高かったから、たしかにユーザビリティが重要視されるべき時代だったといえる。しかし、現在は2022年だ。2000年代初期からはもう20年も経過してしまっている。また1980年代からは40年もたってしまっている。つまり、2000年代初期に労働の中核となっていた30代40代の人々は、いまでは50代60代となり、1980年代に30代40代だった人々は、70代80代の高齢者となって老後の生活を送るようになってしまった。

このことを考えると、特に学習のしやすさという点については、ユーザ層の質的変化を考慮する必要がある。最近の世代は、と言うよりは、若い年齢層の人々に共通する傾向なのかもしれないが、新しいことに関心が強く、何かを試みることに積極的で、しかもスキル習得能力が高い。以前の世代、ないしは高い年齢層の人々とは、そこが大きく異なっている。だから過去の中高齢者と現在の中高齢者の間にも質的な変化が生じているのだ。バスや電車のなかでスマホを普通に使っている中高齢者をみかけることは、最近では珍しいことではなくなってきた。

ということは、学習性を容易にするICTリテラシーは、もはやユーザビリティと関連付けて考える必要がなくなってしまったのかもしれないのだ。しかし、だからといってユーザビリティの問題がなくなった、と考えるのは大きな間違いである。

残されたユーザビリティの問題

さきほど書いたように、図のなかでは、ユーザビリティの副品質特性として、認知しやすさ、記憶しやすさ、学習しやすさ、発見しやすさ、操作しやすさ、エラー防止を列挙した。いいかえれば、前節の話でほぼ解決したかのように書いた学習しやすさの他に、まだまだユーザビリティにはほかの側面が残されているのだ。これらが、時代の遷移にともなって解決した、ということではないのである。

たとえば、このリストのなかの認知しやすさについては、感覚、知覚、認知の特性への適合性を考えなければいけない。つまり、感覚特性への適合に関しては、たとえば色覚障害に対処して特に赤色と緑色の識別性の困難さを考慮しなければならないし、知覚特性への適合に関してはたとえばゲシュタルト心理学のプレグナンツの法則や視認性などに関する考慮が必要になるし、また認知特性への適合に関してはたとえばノーマンの七段階モデル(編注:ゴールの形成、意図の形成、行為の詳細化、行為の実行、外界の状況の知覚、外界の状況の解釈、結果の評価)に基づいた考察が必要になる。これらの特性は時代によって変動するものではなく、人間において普遍的にあてはまるものであり、ユーザビリティへの対応はこれからもずっと継続していかなければならない。その他、記憶や発見、操作、エラーなどについても同様で、こうした人間の普遍的特性については、ユーザビリティ向上のための努力を怠っていいという考え方はどの時代になっても成立しえない。

UXとの関係

図に描かれている二つの大きな品質特性群、すなわち設計時品質と利用時品質に関して、UXは後者に関連するものである。そして原因となる設計時品質は利用の結果として生じる利用時品質、つまりUXに影響を及ぼす。したがって、UXの原因の「ひとつ」としてのユーザビリティを考慮することを忘れないならば、総合的なUXに焦点化することは間違っているとはいえない。しかし、UXを単なるうれしさや楽しさ、快適さなどと考え、主観的品質特性に焦点化することは誤りにおちいりやすい。つまり、ユーザビリティを常に意識しながらUXの向上を目指すというアプローチをとるならば、それは適切なやり方といえるのだ。