ユーザビリティの問題の三つの側面-(2)認知性

  • 黒須教授
  • 2000年7月3日

認知性の問題は、平たくいってしまうとインタフェースの分かりやすさの問題ということになる。自動車や機械類のインタフェースの問題が主要な課題であった時代には、それほど認知性の問題の重要性は認識されていなかった。

しかし1980年代から、パソコンやワープロなどが市場に出回るようになり、また家電品やオーディオ機器などにマイクロコンピュータチップが内蔵されるようになって、身の回りの製品が多機能化し、また高機能化してくると、それにともなって取扱いの難しさが問題となってきた。コンピュータというものはソフトウェアによってその機能を如何様にも設定できるものであり、その故に作り方次第でとても難しくて分かりにくいインタフェースができあがってしまうのである。そこに認知工学が登場する必然性があったといえる。

認知工学という研究領域は、認知心理学の知見をものづくりに応用しようとする立場である。認知工学と認知心理学という二つの領域の他にも、認知科学という研究領域があるが、これは人間の認知の仕組みを計算機科学を含む工学的な立場から研究し、例えば認知の仕組みを計算機シミュレーションすることによって、理解していこうとするものである。したがって、認知科学は、あくまでもものごとの仕組みを明らかにしようとする科学であり、実際の製品の分かりやすさを改善していこうというような実践的なアプローチは、認知工学の領分であるといえる。

認知工学の対象範囲は、認知心理学のカバーする多様な認知現象に対応して、記憶、学習、判断、問題解決、知識表現などを含んでいる。また、そこで重要な概念としては、アフォーダンスとかメタファなどがある。これらの知識や概念を利用することで、ヒューマンエラーの認知的な分析を行ってその低減を図ったり、習熟性の高いインタフェースを工夫したりすることが認知工学の取組みである。

ユーザビリティの問題のうち、記憶に関連したものとしては、たとえば、ソフトウェアのインストールの時のID番号の桁数が大きすぎて、一度に覚えられず、あるいは入れまちがえてしまう、というような事例とか、以前作成したファイルを利用する際に、ファイルの一覧表が表示されてその中から選ぶような型式(これを再認型インタフェースという)になっておらず、記憶をたどってその名前を入力しなければ選択できないような形式(これを再生型インタフェースという)になっているため、入力の際に間違えてしまったり、思い出すことが出来なくて途方にくれてしまうというような事例がこれに該当する。

学習に関連した問題としては、キーボードでタッチタイピングをするためには、一見ランダムに配置されたような文字配列を学習しなければならず、そのためにタイピング学習ソフトなどでタッチタイピングの学習を強いられるという事例、あるいは反対に、一見分かりやすく配列されている50音キーボードは、幾ら練習しても、入力速度がある水準以上には向上しないという事例などがある。

判断に関する問題としては、タッチパネルを利用した駅の券売機で、まずお金を入れればいいのか、それとも金額の欄にタッチするのが先なのかが分からず、ユーザが途方にくれてしまうような事例が該当する。

問題解決については、パソコンのアプリケーションソフトを購入してインストールしたはいいが、たとえばワープロで文字列をセンタリングしたいと思っても、どのような操作手順でそれを実現したらいいのか分からない、というように、ユーザがやりたいと思ったこと(これが解決すべき問題である)をどのようにして実行したらよいのか(これが解決の手順である)が分からないような場面すべてにユーザビリティの問題があるわけで、その事例は山ほどあるといえるだろう。

知識表現に関する問題としては、メニューの階層構造がユーザの概念構造に合っていないため、利用したい機能を探すのに手間取ってしまう例などをあげることができる。

このように、認知性の問題は、コンピュータ、特にそのソフトウェアに関係した部分に多発している。コンピュータの利用は今後もますます拡大する一方であると思われるので、これからの機器やシステム開発においては、エンジニアもデザイナーも、人間の認知の仕組みや現象について、その基本的な性質を理解した上で設計活動を行うことが必要だし、同時に、ユーザビリティテストのような形で、認知性に関する問題点の有無を確認するような作業を怠らないようにすることも必要である。