カーソルの制御

行エディタという代物がエディタの主流だったのは、もうひと昔、ふた昔前のことになる。そこでは、たとえばテキストを訂正しようとすると、行番号を指定し、その中の位置を文字数または特定の文字列によって指定してやらなければならなかった。その時代は現在のようなGUIではなく、キャラクターをベースにしたCUIがパソコンインタフェースの基本だった頃である。しかし、CUIの時代も後半になると、画面エディタが登場し、カーソルという概念が出現した。そのためにキーボードにはカーソルキーが付くようになり、操作性は数段向上したといえる。ただし、それでも遠い位置にカーソルを移動するにはカタカタとカーソルキーを連続操作しなければならず、今から思うと決して使いやすいものではなかった。もちろん、その当時はそれでも我慢して、いやそれしかなかったのだから、それでいいのだと思っていた。また、画面のスクロールをする際にも、専用ワープロではカーソルキーのほかにスクロールキーが付いていて、それで画面を上下するか、カーソルキーと連動したスクロール機能を使って、カーソルを画面の端に位置づけ、さらに押し続けることで画面スクロールを行っていた。

こうした状況はGUIの時代になって一変した。ポインティングデバイスが採用され、マウスやその他のデバイスによってカーソルを自由な位置に移動することができるようになった。カーソルの概念も文字カーソルから画面カーソルに変化し、画面上の任意の位置に置くことができるようになった。ユーザビリティという観点から考えると、この時ほど大きなコンピュータの利用環境の変化はほかにあまり例がないともいえるだろう。

しかし、この画面カーソルの制御に関しても問題がなかったわけではなかった。アプリケーションソフトの操作において、カーソルを利用したクリック操作が頻繁に利用されるようになり、かつそのクリック位置があちこちに移動するために、いちいちカーソルの位置あわせを行わねばならないために、利用者には潜在的なストレスがたまるようになった。また、画面のスクロール操作にはスクロールバーやスクロールボタンというデバイスが定着し、それなりに便利にはなったものの、いちいちその位置にカーソルを移動し、位置あわせをするのも面倒なことと思われるようになった。

こうした問題は、画面カーソルを採用し、マウスというデバイスを採用した時にはおそらく予想されていなかったと思われる。それまでの利用状況に対する向上としての差分が注目され、その効用のみに人々は注目してしまったからだ。これは人間世界においては、政治でも経済でも科学でも工学でも、どの分野でも起きうる傾向である。新しい状況がうまれると、人々はその新しさに注目し魅惑されるが、その時点で、その状況で発生するであろう問題を予見することはきわめて難しいことだからである。

ともあれ、そうした問題が認識されると、先進的な人々はそれに対する対策を考えはじめた。カーソル位置の移動先に関しては、たとえば江口亨氏が開発したチューチューマウスのようなソフトが登場した。筆者はこのシェアウェアを愛用しているが、特にルーチン作業に関しては、ほとんどの場合において、望ましい位置にカーソルが自動的に移動してくれるために、マウス操作が軽減され、大変便利に思っている。これはアルゴリズム的には比較的簡単なものであるが、ユーザの意図に近い結果をもたらしてくれるという意味で、一種の人工知能ソフトといってもいいだろう。もちろん時にはキャンセルボタンにいってしまって、何気なくクリックしたために意図していないキャンセルをしてしまう、というようなこともおきるが・・・。Windows 2000にもコントロールパネルのマウスの中に、既定のボタンに移動、という項目があり、類似の機能を実現してくれるようになっている。ただ、こちらの方は、該当位置にいきなりマウスが出現してしまい、チューチューマウスのようにカーソルの移動が見えないため、どこにカーソルが行ってしまったのかと、一瞬とまどうことがある。

また、スクロールに関しては、読者諸氏もよくご存じのスクロールマウスが登場したことで、その操作性が大変向上した。このスクロールのためのホイールは、何気ないデバイスではあるが、その効用は大変大きなものだと思う。

こうした機能的改善は、カーソル制御における問題を認識し、それに対する新たなユーティリティとして開発されたものであるが、ユーザビリティにおける効率性の向上にはとても大きな効果をもたらしている。ユーザビリティの問題をいちはやく認識することの重要性、そしてそれに対して適切な解決案を作成することの重要性。こういった基本的なことがらを考えさせてくれる機能だと思う。

公開:2001年12月3日
著者:黒須教授

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