人的サービスとユーザビリティ

  • 黒須教授
  • 2003年8月4日

製造業ではコスト削減の対策の一つとして人件費削減が重要な課題である。Bias and Mayhewはその点に着目し、ユーザビリティの効用を訴えるために、ユーザビリティの問題を一つなくすことにより、電話相談の件数が何件減るか、それによって対応する相談者の時間がどの程度削減され、それは人件費換算で幾らになる、というような関係を定式化している。たしかに、製品自体が分かりやすく使いやすいなら相談件数は減るだろうし、そのためにユーザビリティ活動は有効な情報を提供するだろう。

しかしユーザの多様性を考えると、相談件数はある一定の水準以下にはならないだろうし、そもそも相談窓口を細くしてしまうことは、最終的に企業のメリットになるのかどうか疑問に思うところもある。

最近、顧客サービスの窓口に電話をすると、合成音声で対話的操作を求められることが多い。ご用件が何々なら電話機の何番を、何々なら何番を押してください、というようなやり方だ。これは確かに人件費を削減することになっているだろうが、こうした対話が数回も続くといい加減嫌になってくる。そもそも合成音声が提示する選択肢を聞いているのがまだるっこい。また自分の相談したいことが、提示された選択肢の中に見あたらないときには途方に暮れてしまう。これが一昔前なら、窓口に受付がでて、用件を聞いて担当者につないでくれた。ユーザインタフェースの学会では対話的処理という概念が話題になっているが、人工的対話処理が人的対話処理を上回る効率と満足感を与えることはきわめて稀ではないかと思っている。

先日、ある企業のユーザビリティ担当者と話しをしていて、ユーザビリティ活動は果たしてそうした形での人件費削減に貢献するためのものだろうか、というような議論になった。大勢の意見として、いやそうではない。ユーザビリティを良くすることと対人的サービスを削減することは別の問題だ。ある意味では対人的サービスに勝るものはない、というようなことになった。私も全くその通りだと思う。

製品を使いはじめてから問題になる特性として信頼性や安全性があるが、これらについては高ければ高いほどよいし、そうすればサービス担当者が駆けつける頻度は減る。しかしユーザビリティは、同じように製品を使い始めてから問題になる特性ではあるけれど、対人的サービスの削減に直結するものではないと思う。

マニュアルというものは読まれない、という逆説が関係者の間でひとつの常識となっている。読んでもらうために作っているものが、読んでもらえない。マニュアルに書いてあるのに相談窓口に電話がかかってくる。こうした問題に対して、一頃、それはマニュアルの出来が悪いからだ、という話になったことがある。たしかに、初期のマニュアルは設計者の作成した仕様書をそのまま印刷したようなものもあった。マニュアル担当者はそのためにビジュアル化をしたり、文章を分かりやすくしたり、薄くて簡単なマニュアルを用意したり、といろいろな努力をした。もちろん、そうした努力によってマニュアルの品質は向上してきた。しかし、それでもマニュアルを読んでくれないという傾向には変わりがなかった。職場や家族の中に、あるいは友人に、自分の直面している問題について詳しい人がいれば、そうした人たちに質問をした方が速くて効率的である。そうした人がいなくても、サービス窓口に電話をして聞いた方が手っ取り早い。なぜなら、人間の窓口担当者は会話をする中で、必要な質問だけをすることができるし、ユーザの抱えている問題をすばやく理解し、適切な処置を指示することができるからだ。

人工知能や自然言語処理の研究は一頃にくらべて下火になってしまっている。残念なことだが、人間の柔軟な処理に比較して、実現可能な水準がまだまだ低いことが分かってしまったし、それを解決するための技術的ブレークスルーが見いだせないからだろう。もちろん、将来、こうした技術が更に発展して、合成音声でのユーザサービスがもっと柔軟なものになり、人件費削減とユーザの満足度の二つの目標を同時に達成できるようになることが期待される。

しかし、それまでは、やはり人的サービスに手抜きをすべきではないだろう。一つの考え方として、製品の価格にそうしたサービスコストを上乗せする、というやり方がありうる。もちろん、質問などしなくても使いこなせる、というユーザもいるだろうから、それはオプションとする。オプション価格を付けて購入したユーザは、電話をすれば待たされずに窓口の担当者に相談ができるような仕組みだ。コスト削減だけを考えるのでなく、そうしたコストをユーザ負担として、そこに企業メリットを見いだし、そこから企業利益を得るようなストラテジーをとることも考えて良いのではないだろうか。信頼性や安全性と同様に、ユーザビリティも、製品を使いはじめてから実感するものであり、その製品の評価、ひいてはそのメーカに対する信頼感に影響を与える要因なのだから。