インタフェースの一貫性と知的所有権

今年になって特許庁の委託によって「デザインの戦略的活用に即した意匠制度のあり方に関する調査研究委員会」が編成され、委員として参加している。

最近は良く知られるようになったが、知的所有権には、著作権(表現の保護に関わる権利)、特許権(技術的なアイデアの保護に関する権利)、実用新案権(同じく技術的なアイデアの保護に関する権利)、意匠権(デザインの保護に関する権利)、商標権(マークの保護に関する権利)などがあり、その他に、不正競争防止法によって保護される周知名称や商品形態などがある。

このうち、意匠権については、情報化社会の進展にともなってネットワーク上(とこの委員会では表現しているが、スタンドアロンでも同じ問題ではある)で利用されるデザインの保護が新たに問題となり、その見直しをする必要性が高まってきた。そのために、ネットワーク上で利用される操作画面のデザイン保護という目的のため、意匠の定義やその実施の定義、権利規定、権利範囲などを改めて検討しようというわけである。またデザインの定義を見直すことにより、物品から離れた創作、すなわちピクトグラムやタイプフェイス、模様などについても、その保護のあり方を検討することが必要となってきたのである。

ソフトウェアに関連した意匠としては、当初はアイコンやメニューなどのWidget(画面部品)がその対象と考えられ、その標準化などについても議論がなされてきた。しかし、結果的には公的な委員会での議論が収斂する前に、MacintoshやWindowsなどによってデファクトとしてのアイコンやメニューが決まってしまい、その基本形は各種のアプリケーションソフトにも継承されて現在に至っている。

こうした画面インタフェースについては、以前、法的な場での戦いが行われたことがあった。AppleがMicrosoftとHPをマウスとアイコンに関して告訴し、Macintosh風のアイコンの利用を阻止しようとしたのだ。しかし、Macintoshで使用されていたアイコンは、元々はXeroxが作成したStar(Alto)というワークステーションのものを参考にしたものであり、逆に1989年にはXeroxがAppleに対する訴訟を起こすことになった。

こうした訴訟は意匠権を守るためには必要なことだが、果たしてそうした形を取ってまでも権利を主張し、その使用を禁止したり、多額の費用を要求したりすることが望ましいのだろうか。ユーザの立場からいえば、それは否である。異なるOSの環境に行ってまごつかないためには、インタフェースの基本的な類似性、一貫性はむしろ好ましいことだからだ。たとえばMacintoshでもWindowsでも削除機能に対してはゴミ箱のアイコンを使用している。ゴミ箱の形こそ異なるが、削除という機能に対してゴミ箱のメタファを使用するという点は共通している。こうした機能に関するアイデアは特許に関わるものであり、意匠としてはゴミ箱の形が異なっていればそれで良しとするのであれば、ユーザにとって大きな問題にはならないだろう。メニューの形式が、左端にファイルメニューがあり、その次に編集があるといった点も同様である。

現在のインタフェースはGUIであるが、このG、すなわちグラフィカルというのは必ずしも視覚的なものだけを意味していない。たとえばシステムの起動や終了の時の音がそれである。起動や終了を音によって識別可能にしているという点はMacintoshでもWindowsでも共通している。しかし、その音の内容は異なっている。

こうしたGUIにおけるアイデアや表現に関する既存のOSとの類似性は、Linuxや最近登場したLindowsにも共通しており、それはユーザにとっての利便性を高めることに貢献している。

このように、意匠の問題を、その表現の具体的内容だけに限定し、その根底にあるアイデアに対しては適用しないということであれば、ユーザにとってはほとんど障害にはならないだろう。むしろ、見たり聞いたりした内容が違うことによって識別性が高まるともいえる。しかし、これは特許性になるのだろうが、アイデアに対しても適用されてしまうことになると大きな不都合が生じることになる。その意味で、ユーザビリティの立場からは、こうした基本的アイデアに関しては権利放棄をして欲しいと考えている。

しかし、たとえば、時間データである音声や音楽、あるいは動画像データのコントロールをするためのボタンのマークはどうだろう。ここではほとんどすべての関連ソフトウェアが、再生には右三角、停止には四角、一時停止には縦二本線といったシンボルを利用している。もし、この表現に関して、最初の考案者が強烈に知的所有権を主張し、その結果、ソフトウェアごとに表現がすべて違っていたらどうだろう。ユーザは必ずや困惑し、不満を漏らすことだろう。

たしかにアイデアの創出は貴重なものであり、それなりに保護されるべきではある。しかし、その保護の結果としてユーザが使いにくさに耐えなければならないような状況もまた回避すべきものである。

ひとつの方向として、インタフェースについてはそのアイデア(特許性)や表現(意匠)をきちんと保護するが、ソフトウェア開発企業はユーザのためを考えて、良いアイデアや表現であれば、それを回避して新規なものを構成しようとはせず、使用料を払ってでも同じものを採用するようにすれば良いと考えられる。しかしこの方向は実現性は低いだろう。企業は使用料を払うくらいなら、まず他社の知的所有権を回避しようとするだろうからだ。こうした企業体質があるかぎり、ユーザが苦労を強いられるか、アイデア創出者がその権利を正当に評価されないか、そのどちらかしかないだろう。

公開:2003年11月3日
著者:黒須教授

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