何のための地図

毎朝、あるテレビ局で交通情報を見るたびに「まだ変わっていない。きっと問題意識が欠落しているんだろうな」と思う。その番組では、首都高速、周辺の高速道路、一般道路の順で渋滞や事故の情報が地図表示されるのだが、どの地図も変形されているのだ。意図的に歪められているといった方が正確だろう。一つ考えられるのはテレビの4:3の画面の中に、できるだけ広い範囲を収めるには変形せざるを得ない、という事情だ。これは東京メトロの地下鉄案内図やJRの首都圏鉄道地図でも同様で、あたえられた紙面のサイズに収めるためなのだろう、地図は大きく歪められている。

こうした地図の歪みはかなり一般的に見受けられる。交通情報でいえば、高速道路に標示されている渋滞情報やVICSの地図もそうだ。テレビでは天気予報の全国地図や関東地域の地図がそうだし、レストランやコンサート会場などの案内地図でもそうだ。困ったことには旅行ガイドの地図でさえ、何故か歪みが与えられていることがある。

歪みとひとことで言っても様々なものがある。整理すると、(1)距離の比率に関する歪み、(2)方角や方向に関する歪み、(3)結果的にもたらされる形に関する歪み、(4)意図的な省略に大別できる。距離の比率に関する歪みとは、距離の単位が場所によって異なるものである。したがって、本当はとても長い距離が地図の上では短くなってしまったりする。方角や方向に関する歪みとは、北東に向かっている道を真北に向いているようにしてしまうこと、あるいは直交していない道路を直交させてしまうようなことだ。その結果、形に関する歪みが生じる。山手線を円形にしてしまうのはその典型的な例である。さらに道路に関して細い道や重要でないと思われた道を省略してしまう。そのため、実際の地形と照らし合わせたときに、どれが地図に載っている道なのか、まよってしまうことがある。

こうした歪みについて、以前、卒論の学生に二回ほど研究をさせてみたことがある。最初の研究では、雑誌や折り込み広告から取ってきた案内地図を実験参加者に見せ、その場所を国土地理院製の地図のような正確な地図の上に位置づけさせるということをやった。場所を見つけるまでの反応時間を一つの指標としたのだが、案の定、デザイン的な歪みが与えられているものでは時間がかかり、前述のような歪みのパラメータが抽出できた。もう一つの研究では、そうした地図を実験参加者に渡して、実際にその場所で目的地まで歩かせてみた。結果は同じ。歪みの程度が大きいほど、参加者の迷いは大きくなった。これらの研究はいずれデザイン学会で発表しようと考えている。

私自身の経験でも渋滞情報を見た時に、どこでどのくらいの渋滞が起きているのかが的確に判断できずに困ることが多い。なにしろ距離の単位が場所によって違っているので、地図の上で赤いゾーンがある程度の長さ表示されていても、それがとても長い距離なのか、それとも比較的短いのかがわからない。そのため迂回すべきかどうかの判断に迷ってしまう。しかも、その渋滞のおきている場所が特定できない。

今ウィーンに来ている(※編集部注釈:この原稿の執筆は2004年4月下旬)が、日本から持ってきたガイドブックでは、あろうことか地図がデザイン的に処理されているページが多い。初めての場所だと、これではほとんど役に立たない。結局informationの窓口で行き方を教えて貰うしかない。いったい何のための地図なのだろう。

こうしたことが起きるのは、一つにはデザイナの意識が、もう一つは発注元の意識が関係しているだろう。デザイナとしては、デザイナたる自分に依頼されてきたのだから、一つ頑張って格好良くデザインしなければ、という気持ちが起きてしまうのではないか。また発注元としても、デザイナに依頼するのなら、少しは格好良く、という気持ちが起きないとはいえない。

しかし地図は何のためのものなのだろう。関係者一同、あらためて反省してほしい。地図というのは地理的な関係を表示するものであり、その座標系はユークリッド座標、距離の単位も方角もきちんと実際の地形に対応していなければならない。いや、そうした地図に小学生のころから慣れてきた人々にとっては、地図というものはそういうモノでなければならないのだ。江戸時代の町並みを表した地図は、きちんとした測量を行わずに描かれたものだから、それはそれで仕方ない。人々もその地図を実世界に当てはめる時には、それなりの補正をすることを当然と思っていたことだろう。

私がデザイナに要求したいのは、実世界に相似形な地図において、わかりやすく強調表示をすることだけだ。鉄道路線は太めに、重要な駅やランドマークは大きな文字で表示する。そしてできれば上方向を北にしておいて欲しい(例外は駅や町中に置かれた周辺地図。これらはその地図に向かっている人の方向を基準にして描くべきである)。それだけでいい。それ以上の「余計な」ことはしないで欲しい。

地図デザイナは、自分の描く地図が、どのような人によって、どのような状況で、どのような目的に使われるのかを良く考えて欲しいと思う。

公開: 2004年5月31日
著者: 黒須教授

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