グラフィックデザインの責任
1. 格好良さで台無しにするべからず

デザインとは格好いいものを作ることだけを目標とすべきではない。格好いいことは格好わるいことに比べれば好ましいけれど、そのために分かりやすさ、つまりユーザビリティが犠牲にされるようなことがあってはならない。

あるデザイナーの場合

セブンイレブンのセブンカフェのコーヒーサーバーのデザインは、2013年にもういいだろうと言うほどに叩かれまくり、以来いまだに騒がれている。本体に表示してある文字の意味が分かりにくいため、各店舗が日本語で表示したテープを貼り付けるなどしている様子も写真で多く紹介された。もともとこのコーヒーサーバーをデザインした人は英語表示を多用することで知られているようで、コーヒーサーバーにおいても日本語表示は見あたらない。

経済大国となった今でも、そのコンプレックスは根強く残っている。その大元は明治維新の頃、英独仏から文物を輸入して日本文化を再構築したことに遡ることができる。鹿鳴館の様子など、今からみれば滑稽としか思われなかったことを真面目にやっていたのだ。しかし、その影響はたいそう強いもので、たとえば自然主義文学や外光派の絵画などにも波及した。鉄道や兵器などの先進技術を取り入れるだけでなく、学問においても多面的な欧化が行われた。そして第二次大戦後は、アメリカがお手本となった。

もともと古代以来、中国や朝鮮からの輸入文化の影響を強くうけてきた日本人のメンタリティには、外国コンプレックスが根底に強く存在していたといえるし、今でも、たとえば学問の世界でも、外国語の書籍を翻訳することが研究業績として認められるほどである。科学技術の面では外国を凌駕する成果が多くでてきているし、最近のポピュラー文化は海外に輸出されるようになったが、それでも外国のものはすばらしいという思い込みの姿勢はインタフェースデザインやUXの世界にも根強く残っている。

RとLの問題

話が大きくなってしまったが、コーヒーサーバーに話を戻すと、ここで一番問題になったのがRとLという表示である。通常、RとLといえば左右(LeftとRight)なのだが、そうだとするとコーヒーサーバにおける左右の意味が分からない。それでユーザは困ってしまう。よく見れば小さな文字でREGULARとかLARGEと書いてあるのだが、それがカップのサイズ(つまりコーヒーの量)のことだと気づくのに戸惑った人もいるだろう。さらに、コーヒーについてレギュラーコーヒーといえば、通常の濃さのコーヒーであり、アメリカンコーヒーといえばちょっと薄めのコーヒーだと普通は理解されている。さて、濃さのことだとするとLARGEというのはどういうコーヒーなんだろう、という戸惑いを感じたユーザもいたことだろう。

そのため、店員に問い合わせるケースが多発したのだろう。各店舗では日本語のテープを貼り付けたり説明の紙を貼ったりすることになった。その事例はネット検索で画像を探してみれば多数見つけることができる。たとえば

HOT COFFEEには「あたたかいコーヒー」
REGULARには「普通サイズ」
LARGEには「大きいサイズ」
ICE COFFEEには「つめたいコーヒー」

という具合である。いっそのこと、最初から日本語で説明が書かれていればこうした問題は全く起きなかった筈である。

最近では、格好よく見せるために英語を使うという悪習を反省する姿勢が一部にでてきたようで、僕の使っているテレビのリモコンでは、「チャンネル」「音量」「静止」「番組表」といった形で日本語表記を採用している。こうしたリモコンでは使い方に迷うことはほとんどない。

日本語表示にするか英語表示にするかという選択はプロダクトデザイナーの責任範囲だが、グラフィック要素としてみれば、グラフィックデザイン全般に言えることでもある。英語が世界共通語になるのだからという考えで英語を採用するのは、時と場合によっては適当な場合もあるが、dorink menuなどと間違った綴りを使うようでは情けない。ついでにうるさいことをいえば、このコーヒーサーバーでも使われているICE COFFEEというのは和製英語で、最近ではそれを受容する外国人も増えてきているものの、正式にはICED COFFEEと綴らなければならない。

ともかく、デザインとは格好いいものを作ることだけを目標とすべきではない。格好いいことは格好わるいことに比べれば好ましいけれど、そのために分かりやすさ、つまりユーザビリティが犠牲にされるようなことがあってはならない。

公開: 2017年6月7日
著者: 黒須教授

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