UXと言えるのは長期的モニタリングをしてから後の話だ

UXにはユーザビリティ(利用品質)だけでなく、性能や信頼性などの品質特性がすべて関係する。購入時点での短時間の経験だけでなく、長期間利用した経験を含めてUXと言うべきではないか。

最近、UX(ユーザエクスペリエンス)という言葉が流行っているので、へそ曲がりかもしれない僕は、安易にその言葉を使うべきではないと主張している。いや、単なるへそ曲がりではない。

日本では外国の話をすると耳を傾けてくれる傾向があるので、ここでNokiaのVirpi Rotoの話をしよう。Nigel BevanがHCD-Netのサロンで紹介したスライドによると、Rotoは、UXについて、ブランドイメージや広告、伝聞などによって購入前に形成される期待と、インタラクションによって形成されるUX、それと使用後にふたたびブランドイメージや広告、伝聞などによって形成される長期的UXの3段階を区別している。これは、偶然、黒須と安藤が2008年に購入前の「消費者」と購入後の「ユーザー」とを区別した図式を提示し、さらにそれを拡張して購入前には期待が形成され、購入時点で短時間的に経験を形成し、以後、長期的利用によって経験を蓄積していくと考えた図式とほぼ同じものである。ただ、長期的UXが実利用経験によって形成されるという我々の考え方の方が適切だ、とは思っている。どちらが先なのかの議論は別にしても、僕と安藤氏はそのスライドを見て偶然の一致に驚いたのだった。

黒須と安藤の考え方のポイントのひとつは、ユーザビリティテストのような短期的な評価によって測定される経験をもってUXというのはおかしいという点にある。ユーザビリティテストはたかだか2時間程度の経験だし、購入時点に店頭で触る時間はもっと短い。そこから数日程度を入れたとしても、そこでの印象がそれ以後ずっと継続するという保証はない。

ここでもうひとつ外国の話をすると、SwedenのAake Walldius達が推進しているUsers Awardという仕組みでは、ソフトウェアの使用を開始してから9ヶ月経過した時点で実査を行い、そこでの評価によってAwardを付与するかどうかを決める。この考え方は、ISO13407で提唱されている長期的モニタリングと似た考え方にもとづくものであり、安藤氏が長期的ユーザビリティとして提唱してきたものと同じでもある。

もちろん製品カテゴリーによって、評価が安定するまでの期間は変動する可能性がある。長い期間を要する製品もあれば、比較的短い製品もある。そうした評価が安定するまでの期間において、購入時点の評価とそれからしばらくたった後での評価とが異なることはしばしば発生する。買ってしばらくの間は期待感が投影されていることもあるし、ともかく手に入れられて嬉しいことがある。また、特徴的な機能に目が奪われて、後々発生してくる不都合な点に気がつかないこともある。その後、長期間にわたる実経験のなかで、新たな機能や使い方を発見したり、不具合が発生したりと、何らかのできごとが起きることによってその評価は変動する。ただ、ある程度の期間を経過したあとは、比較的安定した水準となる。

こうした実態を踏まえ、僕はUXではなくRUXと言おうと提唱している。RUXはReal User Experienceの略で、実利用経験を意味している。要するに実際に長期間利用した経験を含めてUXと言おうではないか、ということだ。

もちろん、製品に関わる経験としては、購入前の期待も、購入時点での経験も含まれる。しかし、それだけでUXというのでは、その後の経験値が豊かである保証は全くない。マーケティング的な視点、特に販売という観点からすれば、極端にいえば長期的な利用経験はどうでもいい、ということになるかもしれない。しかしメーカーや販売店の手を離れて、ユーザの手元に行ってからが、その製品のライフサイクルにおける最重要なフェーズなのだ。それを無視してUXなどと発言するのはメーカー主導の発想も甚だしいと思う。

メーカーや販売店の思惑は分かる。単純にいえばUXと宣伝することにより、ユーザの期待感を煽ろうということだ。しかし、それは止めたほうがいいだろう。新しくて魅力的な機能が付いているからUXが高いと宣伝されていたものを使い始めたら、実は性能がいまひとつで使いものにならなかった、ということだって起こりうるからだ。そう、UXにはユーザビリティ(利用品質)だけでなく、性能や信頼性などの品質特性がすべて関係してくるのだ。したがって、UXを主張したい場合には、9ヶ月、せめて半年の評価期間をおいて、それからにするべきだ。もちろん従来のような広告宣伝のタイミングには間に合わないだろう。だから宣伝のキーワードには使えないかもしれない。しかし、ロングレンジに考えれば、そのような信頼感のあるUXを提供できるメーカーであれば、ブランドイメージは向上することになるだろう。

さて、メーカーの関係者はこの考え方をどう受け止めるだろう。ちゃんと動き出すためにはもう少しの外圧が必要なのだろうか。幸いなことに、今年の9月にはドイツでDemarcating User Experienceという30人会議があり、僕はそこに招待を受けた。Virpi RotoもNigel Bevanも、アイルランドのJurek Kirakowskiも、ドイツの若手のMarc Hassenzhalも来る。その場でこのような考え方を提示し、また外国の人たちの考え方に対して議論してくるつもりだ。その結果についてはまた紹介したいと思っている。

公開:2010年6月17日
著者:黒須教授

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