中国でのフィールドワーク講義体験

大学では講義だけを行った。修士の学生は英語ができるので、すべて英語で行ったが、HCD、ユーザビリティ、UXといった基本のほかに、フィールドワークのやり方やユニバーサルデザイン、人工物発達学、100年製品などを話した。学生の態度は熱心で、こちらの説明中にどんどん質問がくる。こうした積極性は中国のこれからの発展を示唆するものだ。

 中国の広東省の広州にある中山大学(Sun Yat-sen University)からの要請を受けて、一週間の予定で同大学を訪問し、大学院生(修士)への講義と、同大学が連携している通信機器メーカーHuawei社(在深セン)での講義とワークショップを行ってきた。僕の基本的スタンスとしては、日本びいきというものは特になく、求められればどこへでも出かけてゆくからだ。

 聞いたところ、中国南部の人々は穏健で、北部のストレートな人々とは違っているのだそうだが、たしかに人々の顔には笑みが多い。掃除のおばちゃん、高速道路のゲートの係員、店員など、ほとんどが笑顔で応対してくる。これは気持ちのいいことだ。

 広州は中国で第三に大きな都市で、またこの地域は北京語ではなく広東語の本拠地でもある。広東語でニーハオをどう言うのかを教えてもらったが、発音もむづかしく、全然別の言い方をする。残念ながらすぐに忘れてしまった。

 また食は広東にありと言われるように、食事はなかなか旨い。ファーストフードでさえなかなかの味である。ただ、これは中国全般の習慣なのだろうが、食事の作り方は結構雑に感じられた。どうも僕には骨ごと鶏肉をぶった切って調理する習慣がなじめない。骨のかけらが口に残ってしまうからだ。まあ旨みを重視しているから、ということなのだろうが。盛りつけも、比較的近くにある昆明が見かけを重視していたのに比して、結構雑である。こうした点は、どこまでその地になじめるかについて結構重要だと思っていて、僕的にはいささか溶け込みにくい点ではあった。

 さて、大学は大学城という川の中州、といっても巨大な中州なんだが、そこに集められていた。中山大学はその一つであり、ほかの場所にもキャンパスがある。中国の重点大学の一つであり、教員や学生はそのことに誇りをもっている。たまたま訪問した時期が日本でいう旧正月の終わり時期だったので、学生が徐々に戻って来てはいたが、キャンパスのなかはまだ閑散としていた。

 デザイン系の学科にお世話になり、机も与えられたが、インターネット環境の悪さの故に、中国に長期滞在するのは困難だな、と感じた。その理由は多くのサイトが政府によってブロックされていることによる。FacebookもYouTubeもだめ。またGoogleのサービスも、Google Docsなどが利用できなくなってしまっている。検索エンジンもGoogleはだめなんで、仕方なくbingなどを使った。その他のサイトもある場所にくると表示されなくなることが多い。政府によるblockについては大学関係者の間にも不満は強く、そこまでやっても仕方ないし、効果もないだろうという意見を述べていた。

 あと、仕事をするためにはパソコン利用環境を整備する必要性も感じた。まず僕が普段使っている1.5TB分のデータがない。もちろんこの点はHDを持ってくれば解決はする。ただ、短期的滞在のために外付けHDにそれだけのデータを移してくる気はしない。それとモニター環境。普段は3モニターを使っているが、せめて21インチ以上の2モニターは欲しい。ノートパソコンの1モニターでは息苦しくて作業ができない。まあこれも長期滞在するならそれを用意してもらって解決できるだろうが。

 さて、講義とワークショップだが、大学では講義だけを行った。修士の学生は英語ができるので、すべて英語で行ったが、日本語で作ってあったPPTを英語に訳さなければならず、これがちょっと大変だった。内容は、HCDユーザビリティUXといった基本のほかに、フィールドワークのやり方やユニバーサルデザイン人工物発達学100年製品などを話した。学生の態度は熱心で、こちらの説明中にどんどん質問がくる。これは日本の修士の学生と大違いであり、こうした積極性は中国のこれからの発展を示唆するものだった。なにしろ人口が日本の10倍の国である。人間の能力が正規分布をするとして、優秀な人間の数がおおざっぱにいっても日本の10倍あるわけだ。その人たちが強いモチベーションをもって学習していったらどうなるか。日本はおろかアメリカをも凌駕してしまう可能性が高い。まだまだ中国オリジナルのコンセプトをもった機器やシステムはでてきていないに等しいが、近いうちにそうしたものが出てくると思われる。日本企業としては、5年後10年後の両国の関係を考える必要がある。単に人件費が安く、生産拠点として「利用」しているだけではいけない。いずれ日本が利用されるようになるだろう。いや、その頃の日本に利用価値を認めてもらえるかどうかも分からないが。

 Huaweiでの講義とワークショップは面白かった。フィールドワーク、特にインタビュー調査のやり方とKA法を教えたのだが、一つの会社から43人もの参加者(20代、30代が中心)があり、それが皆ものすごく熱心なのだ。朝の9時から夕方の5時までやったが、その後の質問が多くて、その応対だけで30分かかってしまった。この会社は躍進がめざましく、現在従業員は約8万人、そして2010年にはfacebook、Amazon、Apple、Googleに続いて革新的企業の第5位にランキングされている。深センの一角はHuawei地区と呼んでもいいほど関連会社を含めてこの企業関連の人々が集まっている。

 講義では、フィールドワークからインタビュー半構造化手法について話をして、焦点課題の設定からリサーチクエスチョンの作り方、インフォーマントのリクルーティング、同意書の重要性現場インタビューの重要性、セッションの進め方などを教えた。英語を理解する人々は6、7割だったので、僕が英語で説明をして、中山大学の教授がそれを通訳してくれた。日本企業でもそうだが、インタビュー調査をやっていますかと聞くと、大抵やっていますと答える。しかし話を聞いていくと、「ユーザに話しを聞く」という程度で、システマティックな方法を取ってはいない。録音すらしていないという。そこで録音し、トランスクリプションをして、テキストデータの分析をすることの重要性を説いた。

 KA法については多少換骨奪胎させていただき、KAカードの上の部分は、インタビューから得られた客観的事実、左下は(千葉工大の安藤の提案を参考にして)その背後にあると想像されるユーザの主観的気持ち、右下はその内容を抽象化した価値(これを価値と呼ぶことに僕自身は多少抵抗を感じてはいる。ともかく抽象化してしまうことが重要だと個人的には思っている)、ということで説明した。できあがったカードの数枚をとってスクリーンに投影して、レビューを行い、ここはこうした方がいい、といったフィードバックを与えた。それからKAマップの作成に入ったが、まずKJ法のことを知っている人がいない。それで簡単にその説明をしてから実習させた。カードの三つの領域のどこの類似性に関してグループ化するのかという質問があったので、個人的な考えではあるが、直近の製品開発に生かしたいなら客観的事実の部分中長期的な開発(something new)を狙うなら右下の部分に注目するといいと回答しておいた。デザイン系の人たちが多かったからか、右下に解決案を書こうとする人たちがあったので、それはポジショニングの時にやるのだと注意した。マップができた時点で時間切れになったので、ポジショニングの重要性とその結果の着想への生かし方を述べて実習を終えた。

 帰途、深せんの市内を車で移動しながら、林立するオフィスビルやアパートに圧倒された。ここにはこれだけ沢山の人がいる。そしてその中には優秀な人たちも一定の率で多数生活している。さらにこれらの人々は本気で頑張っている。その底力を想像すると気持ちが高揚するとともに、日本はどうなるんだろうという不安感を感じざるを得なかった。

公開:2012年2月24日
著者:黒須教授

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