人工物発達学のアプローチ(2) 目標を同定する

世の中に多様な人工物が存在しているのは、やはり目標には基本目標と付随目標があり、基本目標ごとに各人工物の担当ドメインが存在するということだ。その点を忘れて多機能化、万能化を目指してしまうことにならないよう、まずは基本目標をきちんと同定することが必要である。

(「人工物発達学のアプローチ(1) その目的と経緯」からのつづき)

洗濯機の発達

例として洗濯機という人工物を取り上げてみよう。それを利用する目標は、少なくとも当初は衣類の汚れを取り除くことにあった。そのためには、衣類を溶媒、多くは水だが、それに漬けて汚れを浮かし、溶媒に溶かし込み、衣類から汚れを取り除けば良かった。ただ、派生する目標として、溶媒を取り除く、つまり乾燥ということが発生した。この派生した目標を達成するために、ローラー式脱水機を備えた洗濯機ができ、その後、脱水槽を備えた二槽式洗濯機ができ、さらに二槽の間での濡れた衣類の移動の手間を省くために全自動洗濯機ができた。しかし、脱水だけではまだ衣類は濡れている。そこで人々は天日干しをしたりしたが、電気の力を借りて電気乾燥機という人工物を作った。これで衣類からは溶媒だった水を取り除くことができるようになった。ただ、この段階では洗濯機から乾燥機に衣類を移す手間があり、そのため近年になって洗濯乾燥機が登場することになった。

目標の同定

ここまでの流れを俯瞰すると、汚れを溶媒に溶かすという原理を用いる限り、脱水や乾燥という手間は必要になる。しかし、溶媒に溶かすのでなく汚れを取り除くことができたら、脱水も乾燥も必要無くなる。果たして、そんなことが可能なのか。ここに技術開発の目標が設定される。そして、その目標は、ユーザの目標達成に貢献するものである。

さらにいったん溶媒に漬けられた衣類は、乾燥した時、しわができる。しわのできない乾燥は不可能なのだろうか。と、ここでもまた技術開発の目標が設定される。

さらにいえば、衣類の管理には、アイロンを掛けて収納するという後プロセスが伴う。ここまでを含めて自動化することはもはや不可能なのだろうか。どこまでが人間の手を借りねばならない処理で、どこまでは技術開発によって解決できるのだろうか。ここでまた新たな技術開発の目標設定が行われる。

このように、目標を同定すると、その同定された範囲のなかで、目標達成に貢献する技術開発が行われる。いいかえれば、目標の同定の仕方が、技術開発の方向性を限定しているということでもある。そうであれば、これまでの技術開発を推進させてきた開発目標を改めて見直し、根底から書き換えることにすれば、新たな技術開発の芽を育てることにもなるといえる。

このアプローチは、製品やシステムに新機能を追加し、さらに追加をしていくといった、屋上階を重ねるアプローチの対極に位置する。目標の根源的見直しを行わず、それに付加機能をつけていくだけでは早晩飽和状態になるだろう。そうした目標の根源的見直しが意味性を考えることである。

本来の目標

ここで注意すべきは、既存の製品の「改善」や「バージョンアップ」を考えているときに、ともすれば本来の目標を見失いがちだ、という点だ。既存の製品というのは、それなりの歴史をもっており、その現在に至る歴史のなかでは、それなりに目標達成に適合する技術開発や製品設計が行われてきている。そうした歴史を顧みて屋台骨の位置をきちんと確認しておかないと、結果的に屋上階を重ねる結果になってしまう危険性がある。特に新機能を付加しようとする時には、この可能性が大きくなる。これもできればいいのではないか、と考えたとき、たしかに「それはうれしいこと」かもしれない。しかし基本をきちんと押さえずに単に多機能化を目指してしまうことは、それが本来の機能を覆い隠してしまい、いったい何のためのものだったのかがわからなくなってしまう危険がある。

たとえば電子レンジを電子調理器とみなしてしまうと、調理なら解凍したり加熱したりする以外に、焼くこともできていいだろうとなる。これがレンジからオーブンレンジへの発達の経緯だったが、そこまでは良かったとしても、というか、そこまでが良かったことが誤解を生み、さらに蒸す、煮る、茹でる、炊くなどの調理機能も付加していいのではないか、いや、付加したほうがいいのではないか、と考えられるようになってしまう。一頃、蒸す機能のついたレンジが登場していたが、メインストリームにはならなかった。それを単に売れなかった、と考えるのではなく、「なぜ」だったのかを真剣に考えるようにしなければいけない。

万能という妄想

万能という妄想は、とかくプランナーを魅了するが、それはスプーンの機能とフォークの機能を一体化した先割れスプーンをデザインするようなアプローチに陥りがちなのだ。世の中に多様な人工物が存在しているのは、やはり目標には基本目標と付随目標があり、基本目標ごとに各人工物の担当ドメインが存在するということだ。そして付随目標は、あくまで付随目標であり、それが基本目標のように扱われてはいけない。基本目標が複数あることは、ユーザのメンタルモデルを複雑にしてしまうからだ。その点を忘れて多機能化、万能化を目指してしまうことにならないよう、まずは基本目標をきちんと同定することが必要である。

シリーズ「人工物発達学のアプローチ」

公開:2014年6月23日
著者:黒須教授

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