ハード優先の電子ブック

国内で電子ブックを販売しているメーカーにいいたいことは、ハードはまあそこそこのインタフェースでも仕方ないから、とにかくコンテンツをもっともっと充実して欲しいということだ。

  • 黒須教授
  • 2012年12月7日

電子ブックがいよいよ本格的に普及する兆しを見せている。端末としては、国内では楽天のKoboが2012年7月に発売され、またKindleも同年11月から12月にかけて国内販売が開始する。その他、SONYがアメリカ市場で2006年に販売を始め2010年から国内販売を開始したソニーリーダーや、auが2010年に開始したbiblio leaf SP02、シャープが2010年に販売開始したGALAPAGOS、凸版印刷が中心となって東芝や日本電気などが連携しているBook Placeなどがあり、これは東芝のタブレット端末Regzaなどで閲覧ができるようにもなっている。

また、電子ブックサービスとしては、これらの他に、パソコン用のソフトとして、青空文庫リーダー、Reader for PC (SONY), Kindle for PC (amazon)、Nook for PC (Barnes and Noble)、ブックプレイスリーダー (東芝)などがある。これらはウェブサイトから書籍を購入して、それをパソコン画面で見るような形式になっている。

電子ブックに興味のあった僕は、国内販売が開始される前にSONY Readerを購入し、自分で聖書やギリシャ神話などの日本語の書籍データをPDFにして読んでいた。Kindleについても、その大半の機種については購入し、洋書を読んでいた。また青空文庫については、以前はパソコンで読んでいたが、iPod touchを手に入れてからは、リーダーをインストールして、電車の中や待ち合わせの時などに頻繁に読んできた。

そこで気が付いたことは、次のような点である。

  1. 電子ブックは、小説のように直線的に読む書籍にはとても向いている。反対に、専門書のように、あちこちを飛びながら読んだり、行きつ戻りつを頻繁に行う書籍にはあまり向いていない。一応付箋紙の機能もあるが、紙の書籍に付箋紙を貼り付ける利便性には到底かなわない。もっとも専門書の場合には、関連あるページだけをコピーして、それを見ながら原稿を書くこともある。
    これは端末のインタフェースの問題で、ハード的ないしソフト的に解決可能なようにも思うが、今のところ最適と思えるものには出会っていない。自分でもイメージを考えてみたが、やはり紙の書籍の「ページに分割されている利便性」と「本の厚みという物理的特性」を電子化するのはなかなか難しい。
    またプリントアウトできない点も、専門書を読む場合の難点となる。もちろん版権の問題からプリントアウトできないのはやむを得ないことではあるが。
  2. 端末のユーザビリティの問題なのだが、ページめくり操作をしようとするとメニューが表示されてしまうことがある。タッチ領域の設定が適切ではないからだろう。これは特にiPodの場合に頻発するが、画面サイズが小さいからかもしれない。
  3. わざわざ書くほどのことでもないが、紙の本のもつ物理的な大きさと重さから自由になり、端末の大きさと重さが許容できる範囲なら、とても携帯に便利なものである。
  4. 電子ブックはすぐに書籍データを入手できる。そのため、あまり適合していない専門書であっても、論文を書いている時に必要になった場合、amazonで即購入して読んでしまう、ということが可能で、とても便利である。ただ、目的適合性が悪いことから、結果的には紙の書籍も購入してしまうことが多い。
  5. Kindleには0円の古典が多数あり、古典を改めて読みたい場合にはとても重宝する。青空文庫も無料であり、必ずしも欲しいものがそろっているわけではないが、同じ意味で便利である。

さて、電子ブックが先行しているアメリカでは、たとえばamazonのKindleは膨大な書籍を提供している。それに対して国内の電子ブックはまだまだコンテンツが不足している。ボランティア活動による青空文庫に依存しているようでは困るのだ。たとえば、永井荷風の著作はBookPlaceで23冊。Koboでは71冊あるがすべて青空文庫である。またKindleでも69冊すべてが青空文庫になっている(なお、Kindleの和書については、たとえばGalaxy TabにKindle for Androidをインストールすれば、読むことができる)。荷風全集を全巻もっていながら、古い活字の読みにくさに閉口している僕としては、早く彼の全著作を電子ブックで読みたいと思っている。

ともかく、国内で電子ブックを販売しているメーカーにいいたいことは、ハードはまあそこそこのインタフェースでも仕方ないから、とにかくコンテンツをもっともっと充実して欲しいということだ。たとえば青空文庫のようなボランティア活動に依存せず、作業のための人件費をだして、入力作業を支援すべきだ。また、著作権の切れていない書籍についても、積極的に交渉をすすめ、とにもかくにも電子化の作業を進めて欲しい。この執筆時点でKindleは1,502,991冊の書籍を持っている。150万冊だ。他方のKoboでは僅かに66,000冊。この落差はあまりにも大きい。ニーズはあるだろうからコミックもいいだろう。しかし、岩波新書や中公新書などの新書にも読みたい本は多い。最新刊のものが欲しい読者だけではなかろう。国内の電子ブック市場がこれ以上伸びるためには、コンテンツの充実が必須であり、機器メーカーは予算を確保し、真摯にその活動に注力して欲しい。

Photo By: Aslak Raanes