モノ、活動、状態の人間中心設計

モノ、活動、状態が提供される対価として金銭の授受が発生する。このモノ、活動、状態ということについて、人間中心設計がどう取り組むべきかを考えてみたい。

  • 黒須教授
  • 2013年5月9日

提供する人と受容する人がいて、その間に提供されるものの対価として金銭の授受が発生する。提供されるものは、モノであったり、活動であったり、状態であったりする。対応する英語は、goods、activity、stateということになるだろう。今回は、このモノ、活動、状態ということについて、人間中心設計がどう取り組むべきかを考えてみたい。

モノの人間中心設計

モノは、それを提供する人によって作られ、受容する人(ユーザ)によって使われることで価値を持つ。そのモノによって何らかが可能になり、ユーザはそのモノの持つ機能を実行し、それによって何らかの変化が生じ、モノの代金は、変化のなかった状態と変化した状態の差分に対して支払われるものである。モノに関する人間中心設計は、そのモノがユーザの期待に対応し、利用に際して有効で効率的であることを実現し、よい印象を残すようにする。このモノを軸にした流れが、従来の人間中心設計の対象だった。モノは、機器であったり、道具であったり、用具であったり、構築物であったりする。

活動の人間中心設計

活動は、それを自らの活動として提供する人がいて、その人の活動が受容されることによって価値を持つ。その活動によって、何らかの変化が生じ、活動に対する料金は、変化のなかった状態と変化した状態の差分に対して支払われる。活動に関する人間中心設計は、その活動が人々の期待に対応し、活動を受容した結果、よい印象を残すようにする。

この活動を軸にした流れは、いわゆるサービスにおいて典型的に見られるものである。たとえば医療行為は、それを受けることによって患者である人々の健康の回復や向上につながることで価値を持つ。

レストランでの調理においては、製品である食事対象が有効に効率的に作成されることを前提にしているが、その食事対象そのものはモノであり、調理という活動は典型的な活動に属するというよりはモノの範疇に包含されているといえる。他方で、レストランでの給仕は、モノである食事対象を客に届けるサービス活動であり、消滅性や同時性といったいわゆるサービスの原則を備えている。また、調理や給仕を総合したレストランでのモノや活動によって、顧客は腹が満ちるという経験と、それが美味であればそのおいしさに満足という経験を抱くことになる。

さらに教育現場においては、教材や教具はモノであり、モノとしての人間中心設計の原則が適用されるが、授業を行う教師の行為は活動である。教育における効果測定指標については教育界でいろいろな議論があるが、基本的には学力であれ、クラスメートとのコミュニケーションであれ、何らかの変化が生じることを必要としており、教育費はその差分に対する対価という位置づけになる。

なお、この食事や教育のように、モノと活動が同時に併用されていることは多い。従来の人間中心設計は、モノを中心的対象としてきたが、モノの価値が活動によって左右される、つまり美味な食事であっても客あしらいが悪ければ全体的価値を減ずることになるわけであり、特にサービスのあり方に関する設計についても適用されるべきである。

食事を例にとれば、ファーストフード店やファミリーレストランにおけるようなマニュアル化された活動は、それなりにそこそこの水準の満足を与える可能性はあるが、顧客の方でもそれを当然のこととし、反復的な顧客にとっては意味がないこともある。こうした時にそこで提供される食品だけでなく、サービスによっても顧客の満足度を向上させるようにすることが、いわゆるマニュアル的サービスの現場における人間中心設計的課題であるといえるだろう。

特に医療現場のように、個別に症状も異なり、顧客である患者の性格もまちまちであるような場合には、マニュアル的に対応されたのではむしろ不愉快さが募ることもあるだろう。サービスの人間中心設計が必要なのは、まずこうしたサービスの現場における顧客心理の把握であり、次にそれをどのようにすれば良いかというアプローチの設計である。当然ながら、色々なアプローチを試みた後には、それを評価することも必要となる。

ウェブサービスのように個別対応が困難と思われる場面でも、単にカスタマイズができるというだけでなく、またone-to-oneマーケティングを実現するというだけでなく、ウェブのくせに実に気持ちのいい対応をしてくれた、と思えるようなサービスを実現することが望ましい。

状態の人間中心設計

状態は、ある状態を提供する人がいて、受容する人はその状態のなかに持続的に存在する。これは美容院で髪を切ってもらっている状態、美術館や博物館でその中を散策している状態、会議室に入って議論をしている状態など、多様な状態を含む。もちろん、そこにはモノもあるだろうし、活動も行われるだろうが、ある状態に一定時間滞在しなければならない、あるいは滞在しようと思ってやってきた顧客に対して、どのような環境設計が望ましいか、そこにどのような活動やモノを付加することが望ましいかを考えることが状態の人間中心設計ということになる。

Original image by: Robert S. Donovan