優先車両と呼ぼうじゃないか

以前あったシルバーシートは、今世紀に入るころから、障害者や妊娠した女性にも開放され、呼び方も優先席と変わった。女性専用車両に障害者や子供も乗れるように変わってきたのなら、これもそのような差別的な呼称でなく、優先車両と呼べばいいのではないか。

女性専用車両が性による差別である、という主張はU-Siteに以前書いたことがあるし、MixiやFBにも書いたことがある。テレビ番組でも話したことがある。そんなわけで、あらためてその理屈(反発する人たちからは屁理屈といわれるが)を書くことはしないが、こうした差別的システムが全国的に普及してしまった日本というのは不思議な国である。

このような主張を書くと、まず必ず、痴漢被害にあった女性の気持ちが分からないでしょう、というような感情的反発を食らう。たしかに女性の性格にもよるだろうから、誰もが安全ピンで手を突き刺すとか、大声で「やめて下さい」と言うわけにも行かないのだろう。しかし、すべての女性がじっと押し黙って触られるまま、見せられるままにしているという訳でもなかろうし、気の小さな女性が気の毒だから、という理由で女性専用車両を設置するというのも、ちょっと筋が違うように思う。男に対してだってホモ痴漢(いわゆる痴女というのは男性の願望のような気がする)がいるわけだが、数が少ない(のだろうと想像する)からといって男性被害者が放置されているのは解せない。また、性同一性障害の人たちに対してはどういう論理が展開されるのだろうか、たとえば男装した(生物学的)女性は女性専用車両に乗っても許容されるのだろうか、と思う。

要するに数の論理だ、ということになるのだろうか。たしかに女性は人類の半分だ。総人口の半分を超した人たちが共通に持っている特性については、多数決の原理ということで特に議論もなく受け入れられることが多いが、半分あたりが一番きわどい。ちなみに高齢者は、平成25年版高齢社会白書によると「まだ」24.1%でしかない。だからだろうか、高齢者専用車両を作ろうという声はあがりにくいし、あがったとしても混雑する時間に乗らなきゃいいだろう、といった筋違いの話になりかねない。

ところで、以前シルバーシートというものがあった。これまた高齢者以外を拒絶する響きをもったネーミングで、ある意味、差別的であったのだが、今世紀に入るころから、高齢者に加えて、障害者(ただし外見でわかりにくい内部障害についての対応はむつかしい)、妊娠した女性、乳幼児を連れた人、怪我をした人などにも、それを開放し、優先席と呼び方も変えるようになってきた。これはとてもリーズナブルな措置だと思う。外国に行って列車に乗るたびに、そうした座席の写真を撮ってきたが、欧米でも、アジアでも、こうした措置は結構取られている。もちろん、少なくとも日本では、優先席に足を広げた兄ちゃんが座っていたり、元気そうなおばはんが座っていることもあるが、僕が都内で見るかぎり、該当すると思われる人たちが座っていることが多く、比較的うまく運用されているように思う。阪急電鉄あたりでは、モラル向上を意図して、優先席を廃止し、全座席を優先席とみなすように乗客に求めているようだが、こうした理想主義がどこまで現実にうまくいくのかは分からない。

ところで最近は、女性専用車両に障害者や子供、高齢者などが乗れるように運用基準が変わってきたという。そもそも法的には女性以外の乗車を拒否できる根拠はないという。そりゃそうでしょう。であれば、呼称も変えませんか、というのが今回の提案である。女性専用車両などという差別的なネーミングでなく、優先車両と呼べばいい。そうなれば、該当すると思う人たちは遠慮無く乗車できるし、該当しないと思う女性は一般車両に移動してくれるのではないかと期待する。痴漢被害にあう女性は、再度被害にあう確率が高いと聞いたことがある。それなら、そうした女性は優先車両に乗ればいいのだ。

自分の特性に適合した人工物を利用できるようにするのがユニバーサルデザインの考え方だとすれば、優先車両はその実現手段の一つであって欲しい。ただ、そうなるためには、理想的にはもう少しハードウェア的な改善が必要なようにも思う。車椅子で乗車するには相変わらずスロープを持って駆けつけてくる駅員の補助が必要だが、それが必要ないようにスロープがスライドしてでてくるようになっているといい。そもそも、電車とホームの間のギャップは、ロンドンの地下鉄で”Mind the Gap”とアナウンスされているように危険なものであり、特に体の小さな子供にとっては恐怖の対象でもある。そうしたことを考えると、スロープがでてきてギャップが無くなるのは、車椅子利用者に対してだけの配慮ではないことになる。座席の配置やポールの付け方、手すりの高さや形状など、その他にも配慮した方がいいことは多い。もちろん予算が、という話になってしまうのだろうが、理想は理想として、その方向性を具体的に検討し、頭に入れておくことくらいはやっておくべきだろう。

公開:2014年7月28日
著者:黒須教授

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