消費税値上げを契機として、政治のUXを考えよう
ゆで蛙のたとえ話は人間性の本質を突いている。「不快に感じず」「そこそこ満足」できる範囲で、政治家やマーケッターの意図する方向に誘導されても、その時のUXつまり気づきが、大きくネガティブなものでないかぎり、それは受容されてしまうのだ。
消費税値上げ
2019年10月1日から消費税が8%から10%に上がったことは全国民の大多数が知っているだろう。
その周知や関連する騒動にメディアは色めき立ち、どうしたら得できるかというアイデアの提供や、困惑する小売店の様子などが報道されている。まあ、政府の思惑どおり、メディアは政策決定者のお先棒をかついで表面的な事象によって世間を騒がせ、結果的に問題の本質を隠してくれたわけだし、同時に実施された軽減税率の導入やキャッシュレス決済のポイント還元の実施という対策の分かりにくさで、批判の矛先をかわすという政府の作戦も成功したようだ。
これが官僚だけの思いつきなのか、どこぞの広告代理店あたりが絡んでいたのかは分からないが、なかなか巧妙なやり口である。
要するに、過去の消費税導入や増加の時の消費の落ち込みに対する反省から、消費税増加のショックを緩和することが為政者にとっては当面の重要課題になっていた、という訳である。ショックを緩和するためには、国民の目線を「値上げ」という一事から拡散してしまうのが一番と考えたのだろう。そして国民は、期待された通りの反応を示した、ということである。
じわじわとした変化
今回の税率上昇が8%から10%というようなものでなく、一気に20%とか30%とかだったら国民の反発は必至だったろう。人間はじわじわと変化が起きると騒がないが、急に変化が起きると強く反応する。ためしに「ゆで蛙」で検索していただけば、Wikipediaなど幾つかの記事で説明が見つかるだろう。曰く、
2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚できずに死亡する
Wikipediaより
というわけである。実際に実験を試みた研究者もいたようで、事実には反することが確認されて疑似科学的な言説ということにはなっている。
政治におけるUX
この小論では、国のシステムを利用する人間、つまり国家のユーザとしての国民のUXを考え、その自覚すべきポイントを明示することが目的である。
与党の政治家は、国民の反対の声が高まらないように、つまり選挙で落選しないように注意しさえすれば、自分たちの思うような方向に国の行方を決めてゆくことが可能になる。なぜなら国民は政治を自分たちに付託しているのだから。そして、国民のUXを「そこそこ満足」のレベルに維持できる範囲で少しずついじってゆけば、まあ大概のことは実現可能になる。
政治のUXというのは、実はかなり曖昧である。身の回りに何か問題があっても、それが政治のせいなのかどうかが分からないことが多い。あるいは相手が巨大すぎて、端から諦めてしまうこともあるだろう。いいかえれば、それほど「不快に感じること」がなければ、それは「そこそこ満足」できるということであり、特にことを荒立てることもあるまい、というわけだ。
政治のUXがポジティブ側に大きく振れることは少ない。反対に大きくマイナス側に振れると大変なことになるので、政治家たちはそのことには気をつかう。そして、「不快に感じず」「そこそこ満足」できる範囲内で、じわじわと変化を導入する。時間さえかければ、まず大抵の事柄は受容されてしまうからだ。
政治における順応水準
さて、ゆで蛙の話は、たとえ話であるにせよ、人間性の本質を突いている。「不快に感じず」「そこそこ満足」できる範囲で政治家の意図する方向に国政を誘導されても、またそうした動きに気づいたとしても、その時のUXつまり気づきが、大きくネガティブなものでないかぎり、それは受容されてしまう。
心理学的には、Helsonの順応水準の話があてはまる。それは口語的にいうなら、人間は「最近」慣れ親しんでいた、つまり順応した水準を判断基準とし、その近傍を不感域とする、ということだ。基本的にUXという事象にはこの順応水準の理論が適合する。ある経験をポジティブなものと判断するかネガティブなものと判断するかは、その人が順応している基準によって決定されるからだ。だから、操作的に何らかの目標を実現しようとする企業人、特にマーケッターや、政治家などは、この原則を意識的ないし無意識的に利用している。
現在の消費税の騒ぎにも、この順応水準があてはまる。いずれ半年もすれば10%の消費税は不感域に入り、国民にとって常態的なものとなるだろう。もしかすると、制度的に混乱を招いているから、とかいう理由で、軽減税率はやめにしましょうという話がでてくるかもしれない。その時の人々の判断基準において、軽減税率の撤廃が不感域に入っているなら、人々は、多少は不承不承ながらそれを受け入れることになるだろう。
政治におけるUXというのは、こういう仕組みで我々の生活意識を左右するものなのである。