HCDの立ち位置

HCDの立ち位置が、ユーザの味方から企業の味方に方向付けられるようになった。HCDが、ユーザと企業、両方の味方となる方向性を考えることは、社会の経済的発展と質的向上を目指す上で重要なことだ。

  • 黒須教授
  • 2013年4月25日

人間中心設計という表現は、結構中立的な表現だが、それ故にそのスタンスを常に確認しておく必要があるように思う。HCD-Netが設立された当初は、その中心メンバーがヒューマンインタフェース学会のユーザビリティ専門研究会から流れてきたという背景もあり、ユーザビリティ活動をしている人たちが多かった。当時のISO13407もユーザビリティに関するプロセス規格ということで、それを拠り所にした活動が行われていた。したがって、ユーザビリティ活動は、ユーザに対してユーザビリティの高い製品を提供しようというスタンスであり、そうした活動をしていた専門家たちは、単純にいってしまえば、「ユーザの味方」、ユーザの代弁者という位置づけだったといえる。また、その立場から、ユーザビリティの高い製品を作ればユーザは満足し、製品の購入サイクルに貢献する結果となるんですよ、というロジックがそれなりに通用していた。

ただ、そうしたユーザビリティ重視の方向性は、新しいものを作りたい、独創的なものを作りたいというエンジニアやデザイナのモチベーションとは必ずしも軌を一にしたものではなかったように思う。何らかの製品の設計をしていても、ユーザビリティを強調しすぎると、デザインの独創性を押さえ込んでしまったり損なったりする結果になることもあり、双方がいささか遠慮しあっていた時期、あるいはその困惑した状況をどうやって解決したらいいか考えあぐねていた時期だったとも思う。

こうした状況に変化が生じたのは、ウェブユーザビリティが盛んになったことに関係している。当初は、ウェブユーザビリティやウェブアクセシビリティが、ユニバーサルデザインという標題のもとに、「ユーザの味方」というスタンスで行われてもいたが、インターネットビジネスの隆盛にともなうマーケティング関係者の参入もあり、売れるモノ作りを目指す方向にシフトしてきたように思う。

また、ユーザビリティに代わって新たな標題となったUXは、定義が曖昧であったことも関係して、人間中心設計を、ユーザに対してうれしい経験、楽しい経験、快適な経験をさせるデザインをすることだと解釈されるように方向付けた。もちろん、そのなかには分かりづらい製品やシステム、使いづらい製品やシステムではいけないというnon-negativeな方向性も含まれてはいたが、声高に表だって言われるようになったのはpositiveな方向性の方である。私自身、そうした方向性に加担してしまったこともあり、その点、ちょっと反省しているのだが、non-negativeなユーザビリティはもう古い、新しい方向のユーザビリティを考えるべきだ、製品の魅力づくりに力を入れるべきだ、という方向性が共通意識にのぼるようになってきた。

こうなると、人間中心設計は、売れるものづくりを目指す活動につながるものとなり、「企業の味方」という性格を持つようになってきた。もちろん、「企業の味方」にもなるけれど、そのための活動は、結局は「ユーザの味方」になることだから、それはそれで受容されるのだ、という考え方にシフトしてきた。

この動きに触発されて、感性的な魅力が取りざたされるようになり、人間中心設計における感性の扱いが議論され、デザイン的な魅力作りが関心の的になってきた。Hassenzahlのhedonic qualityに関する議論は、それに理論的正当性を与えるものだった。同時に、こうした傾向は、エンジニアやデザイナにとって、望ましい状況が作り出された、ともいえる。

こうした動きに対して、古くからのユーザビリティ関係者からは「最近のHCDの動きには付いてゆけない」という声が聞こえるようになった。極端にいえば、彼らの不満は、「ユーザの味方」であったはずの活動が、体よく「企業の味方」にすり替えられてしまった、という解釈にあるのだろう。僕自身、同じような危機感から、UXの定義を行い、またその要素として品質特性と感性特性に意味性(meaningfulness)を加えた三つの次元を提唱した。もともとユーザ工学という名称を提唱した背景には、あくまでも「ユーザの味方」であろうという気持ちがあったからでもある。

ただ、「企業の味方」をする動きは力強く、多くの人たちを巻き込む結果となっており、それを否定することは無理だし、同時に、それを否定すべきでもないと思っている。その意味で、現在の状況は、人間中心設計を新たに再編する好機であるともいえると考えられる。「ユーザの味方」をすることと「企業の味方」をすることが、共に成立する方向性を考えることは、社会の経済的発展と質的向上を目指す点において重要なことだからである。

なお、誤解を避けるために書いておくと、「企業の味方」とはいっても、最近の動きは、何が何でも企業利益を追求しようとする方向のものにはなっていない、と考える。その点は見逃すべきではないだろう。ただ、ちょっと心配なのは、そうした現状を見た若い世代の人たちが、比較的地味な伝統的ユーザビリティ活動を見ずに、魅力づくりの方向だけに走ってしまわないかどうかという点である。

Original image by: A-dit-ya