デザインプロセスについて 3/4

デザイン思考の特徴は、スタンフォード大学のd.schoolが提唱したデザインプロセス図によく示されている。この図をISOのプロセス図と比較してみると、いくつかの違いが目につく。

  • 黒須教授
  • 2020年1月30日

(「デザインプロセスについて 2/4」からのつづき)

デザイン思考

近年、急速に普及し、あちらこちら、特にデザイン領域で活動していない人たちの間で使われるようになったデザイン思考(design thinking)という言葉だが、Wikipedia(英語版)によると、最初にデザイン思考という言い方をしたのは、機械工学と経営学(business administration)の専門家だったアーノルド(Arnold, J.E. 1913-1963)で1959年のことだったという。ちなみに1956年の講演で、彼は、総合デザイナー(comprehensive designer)の必要性を強調しており、デザインに関心が強かったことは間違いない。Wikipediaの記事によると、アーノルドは、デザイン思考が、(1)新たなニーズを満たし、古いニーズを新たなやり方で満たす新機能、(2)高いパフォーマンスレベル、(3)低い製造コスト、(4)高い販売可能性をもたらすと主張していたとのことであり、これはイノベーション論の嚆矢のひとつともいえるだろう(もちろんイノベーションの大元はシュンペーター(Schumpeter, J.A. 1883-1950)である)。

なお、「デザイン思考」というタイトルの書籍は、ロウ(Rowe, P.G. 生年不詳)によって最初に出されている(1987)。ただし邦訳は『デザインの思考過程』となっている。

デザイン思考が流行するようになったのは、1991年にケリー(Kelly, D. 1951-)やモグリッジ(Moggridge, B. 1943-2012)達によって設立されたIDEOが、デザイン思考を取り入れた活動を開始して以来のことである。IDEOのCEOだったブラウン(Brown, T. 1962-)は、著書(2009)のなかで、着想(inspiration)、発案(ideation)、実現(implementation)の三つの重要性を指摘し、「一方では発散的プロセスと収束的プロセス、もう一方では分析的プロセスと綜合的プロセスの間を絶え間なく行き来すること、それがデザイン思考の種なのである」とも書いている。

デザイン思考の特徴

ロウの著作が『デザインの思考過程』と訳されたように、デザイン思考は、デザイナーが新しいものや挑戦的、革新的なものを作り出す、その思考過程を応用して、いろいろな分野で改革を行いたい、という願望や期待がベースとなって広まった。ただ、英語としても日本語としてもしっくりこないので、個人的にはいろいろな言い回しを考えてみたことがある。デザイナーの思考過程、デザイナーの考え方、デザインにおける考え方、等々。しかしデザインにおいて重要なのは「考える」という活動だけじゃないから、そもそもthinkingという言い方がおかしい。考えるという心理的活動をあまりに拡張して使いすぎている。だからまともな言い方にすれば「デザイナーのやり方」ということになるだろうが、その言い回しではインパクトがまったくない。革新性も感じられない。それで仕方なく、筆者も、なんとなく耳に馴染んでしまったデザイン思考という言い方を使っている。

デザイン思考におけるデザインプロセス

図
デザイン思考のプロセス(Stanford大学のd.schoolのモデル)

デザイン思考の特徴は、図に示したデザインプロセス図によく示されている。これはスタンフォード大学のd.schoolという組織が提唱したものだが、この図には、もう一つのバージョンがあって、そこでは、最初の「共感する」の代わりに「理解する(understand)」と「観察する(observe)」が入っている。たしかに、目標もなしにいきなり「共感する」のはありえない。筆者は、少なくとも何を目指して活動を開始するのか、つまり図には企画のような段階が抜けているではないか、と思っていたので、そちらの方が了解性は高かった。

この図は、デザインのプロセス図と考えられるので、これをISOのプロセス図と比較してみると、いくつかの違いが目につく。まず、デザイン思考では、デザイナーの心理過程に焦点があたっているので、デザイナーを暗黙の主語とした動詞で各活動が表現されている。それに対してISOのプロセス図は、プロセス管理的な観点から、どのような活動を行うかが書かれている。また、ISOのプロセス図では7.3「ユーザ要求事項の明示」という部分が解釈しづらく、必ずしも必要とも思えないのに対し、デザイン思考では、デザインの上流の活動が「共感する(あるいは理解する、観察する)」と「定義する」になっていてわかりやすい。そして一番大きな違いは、図に含まれる「考える(Ideate)」である。これは贔屓目に見れば、ISOでは、7.4の「ユーザ要求事項に対応した設計解の作成」に含意されていると考えることもできるが、暗黙裡に表現されるべきものではなく、明確に表現されるべきものだ。このあたり、ISOの図はISO 13407:1999で提示してしまった図の呪縛から逃れられないでいるように思われる。

また、ちょっと古いが、2013年にダウンロードしたIDEOの資料では、デザイン思考は考え方(mindset)であるとして、人間中心的であること、協同的であること、楽観的であること、実験的であることを特徴とすると書かれている。このうち、人間中心的であること、は「人間中心デザイン」と訳されている概念に関係するものである。

IDEOのデザインプロセス

また、その資料には、デザイン思考のプロセスが表のようにまとめられている。図と若干異なっているが、趣旨は同じと考えていいだろう。

IDEOによるデザイン思考のプロセス(部分的に編集)
1 2 3 4 5
発見 解釈 着想 実験 改革
挑戦したいことがあるけど、どうやってアプローチすればいいのか 情報を手に入れたのだけど、どうやって解釈すればいいのか いい思いつきがあるんだけど、どうやって具体化たらいいのか アイデアがあるんだけど、どうやって作ればいいのか ちょっと新しいことをやってみたんだけど、どう展開したらいいのか
1. 挑戦の内容を理解し洗練する

2. 調査の準備をする

3. 現場に浸って謙虚にインスピレーションを得る

1. 印象や情報をまとめてストーリーにする

2. 主題を考えて情報に意味づけをする

3. 情報を視覚化する

1. ブレインストーミングをやってアイデアを集める

2. 実現可能性を確認し、アイデアを洗練する

1. ストーリーボードやモックアップでプロトタイプを作る

2. 関係者にプロトタイプを提示してフィードバックを得、何が必要かを確認する

1. 学んだことをまとめて文書化する

2. 次のプランを立て、関係者を巻き込んでコミュニティを作り、前に進める

参考文献

Rowe, P.G. (1987) “Design Thinking”, MIT Press (奥山健二訳 (1990) 『デザインの思考過程』、SDライブラリー6、鹿島出版会)

IDEO (2013?) “Design Thinking for Educators, Toolkit 2nd Edition”, IDEO

(「デザインプロセスについて 4/4」へつづく)