交通機関のサービスのUCD

交通機関はすべての社会構成員に関係するものであり、その公共性の視点に立ったUCD的な配慮や改善が求められる。今回は交通機関が提供しているサービス機能のうち、ICカード乗車券による入場の問題を取り上げる。

今回のテーマ

交通機関はすべての社会構成員に関係するものであり、その公共性の視点に立ったUCD的な配慮や改善が求められる。今回は交通機関が提供しているサービス機能のうち、ICカード乗車券による入場の問題を取り上げる。調べてみると、これはサービス提供側の都合によって利用者の不便や不満を引き起こしているケースであり、UCDの観点から改善が求められるべきものである。

ICカード乗車券による入場

SUICAやPASMOなどのICカード乗車券では入場ができないということは知っていたが、先日、新宿駅で京王線に乗ろうとして、東口のJR改札からJR構内を「通過」して、京王線に入る連絡改札を通ろうとしたらブザーが鳴ってストップさせられた。新宿で京王線を下車して新宿駅の東口にゆくまで、JR構内を「通過」することは可能である。それなのに何故逆はできないのかと不快に思った。

すると駅員は、またこういう客がいる、というあからさまな表情を浮かべて、東口には特定の改札があるから、そこから入らなきゃ駄目なんですよ、と言う。今回は特別ですよ、的な態度で通してくれたが、やはり不愉快であった。特別でも何でも、結果的に通してくれるんなら最初から通せよ、と言いたかった。

そこで改めて、乗車券の他になぜ入場券があるのか、そしてSUICAやPASMOはなぜ入場券として使えないのかを検索してみた。その結果、乗車と入場という概念が違うこと、当然ではあったが、まずそうしたことが確認された。入場券とは、特定の場に入るための証票であって、乗車を目的とした乗車券や定期券、そしてICカード乗車券とはカテゴリーが違うのだ。

さて、その理由は、と調べると、キセル防止という話がでてきた。キセルをしようとする時には、たとえば遠隔地の双方で最短距離の定期券を購入するとか、最短距離の定期券と最短乗車券やSUICAを組み合わせるとか、SUICA二枚を入場券として使うことによって可能になるだろうが、特にSUICAの場合には入場日時が記録されているので、長い時間の後に出場したとなると、事故などが発生した場合以外は怪しいと判別できるだろう。同じ駅での滞在時間を最大3時間とする、というような対応もあるだろう。だからIC乗車券を入場券として利用できないようにすることがキセル防止になるとは言えないだろうと考えた。

もう少し調べてみると、JRの旅客営業規則第294条に「次の各号に掲げる者が、乗車以外の目的で乗降場に入場しようとする場合は、入場券を購入し、これを所持しなければならない。この場合、入場者の年齢別の区分については、第73条第1項の規定を準用する。」という記述があったが、その根拠は明示されていなかった。

まあ、要するに、乗車と入場とは違う概念です、ということなのだろう。ちょっと構造は異なるが、世の中には、遊園地で入場料の他に乗り物などの利用料がかかる場合があることだし、「そういうものなんだから、ルールに従って利用せよ」と言われれば、施設を利用「させていただいている」ユーザとしてはその言葉に従わざるを得ないのだが、どうも不愉快である。概念の違いから、両者を区別する規則ができていて、規則だからといってICカード乗車券では入場できませんとなり、それで利用者が不便や不満を持つことになっているのなら、規則を変えればいいだけの話だ。事業者の都合で利用者が不便をかこっている、そういう構図をもったUCD的な問題のようである。

不合理の解消

世の中は不合理性に満ちている。面倒だが、それをひとつひとつ潰して行かないと望ましい経験を行える世の中にはならない。UCD社会の実現に向けて、さまざまな問題点に気づきそれを指摘すること。各個人が声をあげ、それを集約すること。当面は、それがUCD社会を実現するための唯一の方策ではないだろうか。黙っていれば、企業側の思うままなのだから。

解決のための方策はその次に考えるべきことだ。それが技術的なことであろうと法律や規定に関係したことであろうと、問題解決は、その問題の性質に応じて考えていくべきもの。いいかえれば、問題の原因がどこにあるか特定できなくても、とにかく問題であることを自覚するのがユーザ工学の第一歩である。

公開: 2016年10月11日
著者: 黒須教授

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