モバイル機器:
あと一息で実用的

新しいモバイル機器は、前世代のものに比べると飛躍的によくなっているが、本当の勝利といえるほどのものではない。この目標を達成するには、PC と一体化したアプリケーションと専用のモバイル・サービスが必要だ。ウェブサイトのコンテンツを再利用するだけでは不十分である。

最新のモバイル機器は実用性という面でかなりいい線まできているが、本格的な普及のために必要な決定的なユーザビリティ特性に欠けている。

私は PDA と携帯電話の兼用機器として T-Mobile の 「Sidekick」を半年の間利用してきた。Sidekick はまたの名を「Danger」、あるいは「Hiptop」として知られている。私は初期の Denger のデモを 2 年前に見ているが、その可能性に非常に興奮させられた。そして今、実際にこれを使ってみて、真のユーザビリティを実現した機器デザインの登場にはあと 1 ~ 2 世代はかかるだろうという結論づけるに至った。

デザイン上優れた点

小さな機器の中に電子メール、IM、オンライン情報、それに音声通話を統合した点は、大きな成果である。後に述べるように、Sidekick の統合化はまだ甘い。だが、オフィスを離れた際に必要になる主な機能を、1 台の PDA ですべて網羅していることのメリットはいうまでもない。連絡先リストの検索は簡単だし、電話をかけたければ、ボタンを押すだけでいいのだ。

ほとんどのモバイル用途は、トランプ大の画面サイズがあれば事足りる。アドレス帳の操作も、短い電子メールの送信も問題ない。初期のデータフォンの画面はあきれるほど小さくて、アドレス帳の項目を見たり、電子メールを閲覧するのは大変だった。もちろん、もっと画面が大きければ、ユーザ・インターフェースはさらに向上するだろう。だが、トランプ大の大きさがあれば、オプションや情報の視認性は十分だ。モバイル機器は一日中持ち歩かねばならないものであることを考えれば、十分許容できる妥協点である。

タスクに関連した情報という点では、QWERTY キーボードは、テンキーよりはるかにユーザビリティが高い。電子メールを書くのに便利?もちろん。だが、オンライン情報サービスを閲覧したり、電話をかけるときアドレス帳を検索するのにも重宝する。

デザイン上の欠点

Sidekick の最大の問題点は、それが T-Mobile の対応エリアに縛られているということだ。T-Mobile の対応エリアが達成している品質を言い表そうと思うと、辞書をみても穏便な言葉が見つからない。ヨーロッパ、アジア、オーストラリアの読者には、こんな問題は理解してもらえないだろう。なぜなら、こういった地域の携帯電話は本当に使えるからである。アメリカ人には私の言っていることがわかってもらえるだろう。なぜなら、合衆国のサービス・プロバイダのほとんどは、T-Mobile なみにお粗末だからだ。たとえば、主要な空港が圏外というのはよくある話で、そういうところでこそ、電子メールが本当に必要になるのだ。なにしろ、機内や搭乗中は、その先数時間、連絡不能になるのだから。問題は空港に限らない。シリコンバレーでさえ、圏外ということがあった。

サービス・プロバイダの質が低いということは、モバイル・コンピューティングにとって本質的な問題ではない。よりよいネットワークができる可能性はあるからだ。だが、電波強度は、明らかに実際的な問題だ。このせいで、合衆国が、モバイル・サービスの進展で遅れをとる可能性がある。

とはいうものの、この新機種のナビゲーションは WAP 携帯電話 よりはるかに快適だ。画面で一覧できるオプションは多いし、ページめくりも比較的高速である。だが、インタラクションが密になると、ページのダウンロードは非常に遅い。記事をひとつふたつ読む分には問題ないが、モバイル機器でウェブサイトを探索する気にはならないだろう。

また、本格的なユーザ・インターフェイスを扱う上で、スクロール・ホイールは入力機器として不快である。理由はふたつある。

  • 本格的な画面のおかげで、本格的なグラフィカル・ユーザ・インターフェイスが実現した。そこにはボタンとコントロールが 2 次元で配置されている。GUI部品を操作するには、1 次元のコントローラは使いにくい。
  • オンライン・サービスは、ページを短く制限することができていない。ネットからダウンロードするページのほとんどは長く、小さな画面上で、えんえんとスクロールが続く。

1 行ずつホイールを手動でスクロールするよりは、2D の入力機器があったほうがいい。そうすれば、大量のデータの中を簡単に移動できるようになるだろう。私が特に注目しているのは、ティルト式スクロールである。軽くはじくだけで、機器が反応してくれる。物理的動作が大きくなるとスクロールが速まり、2 回はじくとページの最上部、最下部へ移動できる。

求められるさらなる統合化

その名前に反して、Sidekick (訳注:「相棒」の意)は、他との連携がよくない。特に、メインとなるコンピューティング・プラットフォームとの統合がなされていない。確かに連絡先データベースを Outlook から Sidekick に転送することはできる。だが、この 2 つを同期させることはできない。どちらかのマシンでスケジュールを更新しても、他方には反映されない。結果:二度手間をかけるか、あるいは(より現実的には)、モバイル機器が実際のオフィスの状況を反映したものではなくなる。

Sidekick は、インターネットに常時接続できる。ほとんどのオフィスの PC も同様だ。だったら、ユーザが何もしなくても、この 2 台を自動的にバックグラウンドで同期するようにしておけばいいはずだ。

同期ができないというのは理解に苦しむ。同期が簡単というのが、オンライン以前の世代の PDA におけるデザイン上の大成果だったからだ。Palm Pilot は同期できた。Newton にはそれができなかった。ほとんど全員が Palm を買った。

同様に、電子メールも、もっとうまく電話機能と統合できたはずである。メッセージの中に電話番号が書いてあれば、それを自動的に認識して、押すだけで通話できるようにしておくべきだった。

モバイルに特化したオンライン・サービスを

モバイル機器においては、電子メールのコンセプトを再編成すべきである。「このアドレスに宛てたものはすべてこのメールボックスに」式の古いモデルは、モバイルではうまくいかない。メールの本数が極端に少なくなるか(誰も知らない特別なアドレスを使っているから)、たくさん来過ぎるか(メインのアドレスを機器に転送しているから)のどちらかだ。より優れたフィルタリングと、オフィスに到着したメールを要約する手段があれば、外出先で必要なものが入手でき、不急のメッセージに押しつぶされる心配もない。

情報ブラウジングも変えなくてはならない。今のところ望みうる最良のものは、ウェブサイトを基本的にスケールダウン、再デザインして、グラフィックと複数コラムのレイアウトを排除したものだ。最悪の場合、モバイル版が用意されていないこともある。画像はつぶれ、コラムの幅は狭すぎてほとんど読むに耐えない。

ご承知のとおり、従来のウェブサイトは、大画面でのユーザ体験を想定したものだ。それを小さな画面に詰め込むのは、犬に神の奇跡を歌わせるようなものだ。技術的にはたいした功績かもしれないが、ユーザビリティは絶対によくならない。

モバイル機器を対象にするウェブサイトやサービスには、次のようなことが求められる。

  • もっとずっと短い記事
  • 劇的にシンプルにしたナビゲーション
  • モバイル状況で必要なことだけにしぼって、選び抜いた機能

今のところ、相当額を投資してデザインや特化したサービスを実現しても、モバイル機器を使っている人の数は、それに見合うほど多くない。このために、モバイル・ユーザは、再利用したコンテンツで我慢するしかないのだ。残念ながら、これは「ニワトリと卵」問題である。なぜなら、より特化したサービスが利用できるようにならない限り、モバイル機器を使う人も増えないからだ。

成功をねらうなら、モバイル機器はメイン・マシンの延長のように感じられるものでなければならない。必要なものは提供するべきだが、それ以上は不要だ。家に置いてきたものが必要になったとき、それを手に入れられるような機能は付加しなくてはならない。開発者はもう一度アプリケーションを考え直して、新しいタスク分析にもとづいたものにすべきだ。すなわち、それはモバイルのコンテキストと利用状況に特化したものである。

全体として、私の予想は楽観的だ。Sidekick の利用経験から、モバイル・データ・サービスと統合型 PDA の可能性は証明された。もう 1~2 世代先には、何かいいものが出てくるだろう。

2003年8月18日