技術を生かすべきとき
IT 業界は成熟しつつある。この結果、新しい機能を性急に導入する動きに歯止めがかかることになればいうことはない。そうすれば、企業の意識もリソースも、既存の技術をユーザにもっと役立つものにすることに集中していくだろう。
情報技術は成熟しつつある。この事実を知って落胆する人が、シリコンバレーにはたくさんいる。ハードウェア、ソフトウェアともに、利益マージンが圧縮されるにつれ、ソフトウェア開発を標準化したり、より安価な地域に持って行こうとする企業がもっとたくさん増えるに違いない。主な外注先諸国のユーザビリティの実施状況が貧弱なため、このことはいくつかの問題もはらんでいる。
こうした意思決定は、IT 企業の収支改善に役立つかもしれない。だが、IT 顧客の不安を解消する役には立ちそうにない。全世界の CIO たちは、エンタープライズソフトウェアへの投資に飽き飽きしている。実装や維持が複雑すぎるため、所有コストの総額が、それによる経費節減の見込みをはるかに上回っているからだ。世界中の CEO たちは、絶え間ない新技術導入のための資金作りに飽き飽きしている。むしろ、IT 部門には従業員の生産性向上や、既存の機能の活性化に力を入れてほしいのだ。
IT を生かす
今年に入って、Harvard Business Review が、企業の競争力と「IT は無関係」と断言したのは有名だ。もちろん、かつては確かにそうだった。コンピュータ技術への投資は利益率と負の相関関係にあり、合衆国その他の先進国では、生産性の成長率は長年にわたって減少し続けている。いずれの場合も、その主な原因は、あまりにも性急に、人間向きでない新しい技術を導入したことにある。
最近になって、新しい技術への投資は沈静化し、生産性は急騰した。なぜなら、企業が最新の流行を追うことをやめ、既存の技術を生かすことに集中しだしたからだ。
技術を活用する上で、私が希望することを短いリストにしてみた:
- ノー・バグ。不具合があると、ユーザのそのシステムに対する理解に疑問が生じ、誤ったメンタルモデルが形成されてしまう。
- セキュリティを初期設定に。ユーザにセキュリティ機能をインストールさせたり、署名方式をあれこれやらせたりすべきではない。こんなやり方では、間違いなくほとんどのシステムが無防備になってしまう。また、電子メールは、読み書きの瞬間を除いて、常時暗号化すべきである。
- 統合化。プラグ・アンド・プレイはぜひ実現させなくてはならない。ハードウェアに限らず、ソフトウェアやサービスにおいてもそうであるべきだ。
- 信頼できるワイヤレス。(このポイントは、主に合衆国に該当するものである。その他のほとんどの国ではワイヤレスサービスは実用になるからだ)。常時利用できる安定した信号があることの方が、3G 機能よりも重要である。広域無線エリア、ショートレンジの WiFi、その他のサービスとの統合化も必要である。そうすれば、あるサービスから次のサービスへと、スムーズに移行できるようになるだろう。こういった移行は、もっとも安価で、接続の安定したサービスに対して行われるべきであり、ユーザには、それぞれのキャリアごとにログインしたり、アカウントを取得したりさせてはいけない。
- 複数機器間のユーザ体験。ユーザが使う機器はひとつではないし、場所も一箇所に限らない。ネットワークとはユーザ体験である。同期はネットワーク経由で自動的に行うべきであり、そこでユーザの明示的な行動を要求するものであってはならない。
上記の評価基準は、実装しようとすれば大量のプログラマが必要になるだろう。それでも結構だ。同じリソースを使って必要もない新機能をあふれさせるよりは、顧客にとって、はるかに使いやすいものになるだろう。
必要な技術革新
「歴史の終焉」を唱えた Francis Fukuyama が間違っていたように、IT 技術革新の終焉を予言するのも間違っている。いくつかの新しい機能が、まだ必要なのだ。望むらくは、それらがこれまでよりもゆっくりと、より確実なデザイン・実装のもとに普及することを祈りたい。
もっとも重要なことだが、開発者は、現在のパーソナルコンピュータのパラダイムが終焉を迎えているということを理解しなくてはならない。
- ユーザの時間管理を補助し、情報洪水から彼らを守るという新しいタイプのオペレーティングシステムが必要だ。
- ファイルシステムとローカル検索を変更し、ユーザが一生のコンピュータ利用を通じて収集する膨大な量の情報オブジェクトに対応できるものにしなくてはならない。(例えば、私の PC の「マイ ドキュメント」フォルダには、2,039 のサブフォルダに 66,794 のファイルが収まっている)。現在バラバラになっている 2 つの情報空間、すなわち文書と電子メールを一体化する必要もある。
- 電子メールの概念は変えなくてはならない。「メールは通せ」というアプローチから、真のコミュニケーションとコラボレーションに焦点をあわせたアプローチを目指すべきだ(おそらく、大部分のコラボレーション機能は他のインターフェイスに分散することになるだろう)。
- インターネット・コントロールパネルが必要だ。そこに様々な告知を集め、サービスをモニターし、ユーザが興味のあるできごとを集約するのである。RSS アグリゲーターや、eBay オークションモニターなどの現在のアプリケーションは、その初期段階の試作といえる。だが、おそらくは単一の統合化されたコントロールパネルが必要なはずだ。
- コンテンツ生成アプリケーションは、オフィスオートメーションを捨て、印刷物を聖杯のように崇めるのをやめなくてはならい。むしろ、イントラネットコミュニケーション管理ツールになるべきなのだ。(ここで「コンテンツ生成アプリケーション」を複数形で表記したのが、ファンタジーにすぎないことは言うまでもない。関係するのが MS Office 以外にないことは、誰もがみんな知っているのだから。)
Microsoft が考えているアテンショナルユーザインターフェイス(AUI)は、こういった変更の多くをサポートするものと考えられる。残念ながら、GUI から AUI への移行は、そうすぐには起こりそうにない。なにしろ、Microsoft の新製品は、ヴァージョン 3 になるまで使いものにならないことで悪名高いからだ。
ウェブブラウザーの行く末
ウェブ閲覧には、大きな改善が必要だ。私は以前から、Internet Explorer 8.0 が、初の優れたウェブブラウザーになるだろうと予言してきた。Microsoft が公約している検索ツールが実現すれば、確かに、長年待ち望まれてきたウェブ検索とクライアントサイドのナビゲーションの一体化が実現するだろう。例えば、「見たことのあるページ」とか「訪問したことのあるサイト」に検索範囲を限定する機能は必要だ。また、ナビゲーションリンクに、今のユーザの疑問と行き先ページとの関連性を表示する機能も必要になるだろう。
サイトマップ、パンくずリスト、その他の構造的要素は、ブラウザーのコマンドになるべきだ。ウェブサイトから情報空間ナビゲーションを抽出することができれば、ユーザはウェブデザイナーの気まぐれに付き合う必要もないし、一貫性のある標準化されたナビゲーション機能が確保できる。
ウェブの歴史を振り返れば、人々は一般的なコマンドを利用することがわかる。一貫性のない機能よりは、Back ボタンの方をはるかに利用するものだ。そういった新しい機能は、その存在にユーザが気づいたとしても、サイトごとに見た目も機能も違う傾向がある。
オペレーティングシステムにおけるいくつかの新しい機能とパラダイムシフト、この両方が必要なことは言うまでもない。だが、全般的にいって、IT 業界がみんなで深呼吸し、ペースを落として、既存の機能を使えるものにすることは、ユーザのためになるはずだ。
2003年9月15日