政府機関や非営利団体はユーザビリティの向上で投資対効果を得られるか?

得られるものは、必ずしも財務上の利益として見えてくるものばかりではない。非営利目的のWebサイトやイントラネットのユーザビリティ向上に議論がつきまとうのは当然だ。ある州政府機関のWebサイトの例では、ごく基本的なユーザビリティの問題を一つ修正するだけで22,000%の投資対効果を実現した。

営利目的のプロジェクトの場合、ユーザビリティの投資対効果(ROI)はかなり明白である。

  • 平均すると、eコマースサイトはユーザ・エクスペリエンスのガイドラインに従うことで、売り上げを2倍に伸ばすことができる。
  • オンラインセールスのないウェブサイトでも、業界で主導権を握る、定期購読者にメール配信のニュースレターを確実に読ませるといったビジネスゴールの達成に向けてコンバージョンレートを2倍に伸ばすことができる。
  • 特に出来の悪いウェブサイト(その中の多くのB2Bサイト)は、訪問者数や白書のダウンロード数、オンラインセミナーへの登録者数などをはじめとする主たる業務のさまざまな側面に関わる主要業績評価指標で劇的な進歩を記録することができる。
  • 企業のイントラネットがユーザビリティを向上すれば、従業員の生産性を高めるという形で相当額の経費節減を実現できる。

さて、非営利目的のデザインプロジェクトについてはどうだろうか? 収益を上げるという形で費用を回収することのできない政府機関や非営利団体が、ユーザビリティの向上に予算を費やすことについてはどのように考えれば良いだろう?

非営利目的のウェブサイト

非営利目的のウェブサイトでも、場合によっては現実的かつ実用的な議論ができる。ウェブサイトでお金を回収する場合 — オペラ公演のチケット、調査レポート、継続的な教育セミナーなど販売されるものは様々だが — コンバージョンレートを上げれば、入ってくるお金も増える。高いコンバージョンレートは、よく出来たユーザビリティの直接的な結果と言える。組織がオンラインでモノを売っているとしたら、それはeコマースに相違ない。提供するモノに自信があるなら、もっとたくさん売りたいと思うはずだ。売り上げの増加は、ユーザビリティの向上を超える大きな意味を持つ。

非営利団体の多くは、ウェブサイトを使って寄付金を集めている。寄付金を募るページは、登録からチェックアウトまでユーザビリティのガイドラインに従っているべきだ。それだけで十分か? 非営利団体のウェブサイトは、人々がお金を使うことのできるさまざまなウェブサイトと競合していることになる。そしてそれらのサイトは、ユーザビリティのガイドラインを意識してデザインされているに違いない。現在、各種チャリティーの “About Us”ページを対象に視線追跡調査を実施中である。その調査の中でよく耳にするのは、ウェブサイトが十分信用に足るものに感じられないという理由で寄付をしようという気にならないというユーザの意見である。

ユーザビリティの改善を貨幣価値に換算できるもう一つの例として、スタッフの募集があげられる。企業が自社のウェブサイトに企業情報をどのように掲載すべきかについてのセミナーを開催するにあたって新たに参考資料を作成しようと、先月ウェブサイトの調査を実施した。U.S. Department of Veterans Affairs(米国復員軍人省/以下VA)のウェブサイトで、医療従事者の皆さんに採用情報のセクションから仕事探しをお願いした。

残念ながら、採用情報ページは些か分かりにくく、3つの場所 に仕事情報が散らばっているものだった。

Veterans Affairs job page with three links: USA jobs, VA Careers, and VHA Executive Recruitment
2007年1月にテストを実施したVAの採用情報ページ(ページの中央に表示されるメインのコンテンツ部分のみを掲載)。仕事情報へつながる3つのリンクが用意されている。

ほとんどのユーザが一番上のリンクをクリックした。複数の選択肢があって、違いがよく分からないときの典型的な反応である。そのリンクは、医療従事者ではなく警察官を募集しているかのような紛らわしいウェブサイトへとつながっている。VAの採用情報ページ(上図)には、リンクを辿って“新しい”仕事情報のページへ行ったら、“Agency Search”というタブをクリックする“だけ”で良いと記されている。あなたがもし同じようなインストラクションを書いているとしたら、間違いなくユーザビリティに問題を抱えている。さらに酷いことに、このサイトにはそんな名前のタブが存在しないのだ。

The top of the homepage for USA Jobs. The screen is dominated by a huge photo of a police officer.
2007年1月にテストを実施したVAの採用情報ページで一番上に表示されたリンクのリンク先(ページの上部のみを掲載)。6つのタブが用意されているが、VAサイトに記されていた “Agency Search”というタブは見当たらない。

ユーザビリティの問題のおかげで、VAはいったい何人の就職志願者を失っただろう? その数は知りようもないが、少なくとも一人は間違いなく失っている。調査に協力してくれたある男性は、自分の専門性に見合う仕事の募集を見つけられず、せっかくのやる気が挫かれてしまった。

就職志願者の数が増えることにどんな価値があるのか? VAの人事部が採用予算を持っている以上、何らかの価値があるはずだ。就職志願者数の価値を大雑把にでも測ろうと思うなら、採用の予算を現在の志願者数で割ってみれば良い。はじき出される数字は、1通の履歴書を受け取るために組織が支払っている金額ということになる。採用情報ページのユーザビリティを改善することで、もっと多くの履歴書を受け取れるようになるだろう。

電子政府の投資対効果

あるユーザビリティの問題に、どれほどの費用対効果があるのか計算してみよう。

California Department of Motor Vehicles(カリフォルニア陸運局/以下DMV)は、www.dmv.ca.gov で自動車登録の更新手続きを所有者が直接実施できるようにしている。年に一度、所有者に郵送される通知の中で、これはしっかりと告知されている。

Excerpt from renewal letter sent to car owners in California. Text reads: RENEW VIA INTERNET OR TELEPHONE. Your Renewal Identification Number is 96116. Visit www.dmv.ca.gov or call 1-800-921-1117.

更新手続きのページにアクセスしたユーザは、次の注意書きを読むことになる。

Excerpt from renewal section on DMV website. The first bullet says that you must have a renewal notice with a special RIN Number.

ウェブサイトは、ユーザに“専用のRIN番号”を用意するように言っているが、郵送されてきた通知にはその番号が見当たらない。“Renewal Identification Number”なる数字はあるが、その頭文字をとってRIN番号と呼んでいることに、果たして全員が気づくことができるだろうか。

どんなエクスペリエンスでも、表現が一致していないことで迷ってしまうユーザが必ずいる。もっとも古くから言われているユーザビリティ・ガイドラインの一つ、「一貫性の確保」が守られていないのだ。どのくらいのユーザが? 大規模な調査をせずにはっきりとした数字は言えないが、このページを訪れたユーザのうち2%が、RIN番号を見つけることができずにページを後にしたとしても驚きはしない。

カリフォルニアでは、およそ1,750万人が車を所有している。そのうち10%が、登録の更新手続きをオンラインでやってみようとしたと仮定すると、35,000人がオンラインでの更新手続きを諦めた計算になる。最初の手順が分かりやすく記述されていなかったことが原因だ。

さらに、この手続きが紙面で行われる場合のコストを$4、オンラインの場合これが$2で済むと仮定してみよう。(すべて仮定の話であり、実際の数字はDMVにご確認を。)このユーザビリティの問題は、年間$70,000のコストに値することになる。

ウェブサイトのデザインを3年に一度見直すものとし、将来のキャッシュフローが年率10%でディスカウントされていくと考えよう。さらに、オンラインシステムを使って更新手続きを済ませようとする所有者の割合が、2年目には15%に、3年目には20%に増えると仮定すると、今後3年間の正味現在価値(NPV)は、$281,000と計算される。

ここで紹介したユーザビリティの問題を修正するのに、どのくらいの費用がかかるだろうか? DVMは、まずこの問題の存在に気づかなければならない。$35,000を費やしてユーザビリティ調査をすれば、平均的なウェブサイトで68個のユーザビリティの問題が特定され、そのうち半分ほどが修正されるという傾向にある。(残りの半分は、即座の対応が難しいとして保留されるか、その他のビジネスがユーザ・エクスペリエンスよりも重要と判断された結果、単に却下されてしまうかのいずれかである。)

$35,000の費用で、ユーザビリティの問題34個が特定され、修正されることになる。問題点1個につき$1,063のコストを要する計算だ。ウェブサイトに修正を加えるとなれば、もっと費用がかかる場合もあるかもしれない。しかし今回の例では、箇条書きの一つを書き直すだけで、高くはならない。テキストを書き直し、承認を得て、ウェブサイトに置くという作業に2時間かかるとしよう。時間単価を$100とすれば、修正に要する費用は$200になる。ユーザビリティの問題を発見し、修正するのにかかる費用の合計は$1,263。ユーザビリティの改善がもたらす価値は$281,000だったから、費用対効果は22,249%という結果になる。

22,000%を超える投資対効果は尋常ではない。しかし、まったくあり得ないわけでもない。修正が難しい問題になればその分、投資対効果も下がることになる。それでも、1,000%を超える投資対効果が得られるのはさほど珍しくはない。

DMVがオンラインの更新手続きを促進することには、もう一つの恩恵がある。郵送での更新手続きは、環境への負担となるからだ。手続きに必要な書面の重さが14gだとしよう。ウェブサイトの記述が分かりにくいために郵送されることとなる35,000通の郵便は、合計0.5トンの重さになる。郵便局がこれを配達すれば、それだけ余分に炭酸ガスが放出されることとなり、シュワルツェネッガー州知事が地球温暖化に歯止めをかけようと掲げている目標の達成を阻むこととなるだろう。ウェブサイトのユーザビリティを改善することで、目標達成を支援することができるのだ。

情報提供のみを目的とするウェブサイト

政府機関や非営利団体のウェブサイトの中で、純粋に情報提供のみを目的とする多くのページについてはどうだろう? 組織が提供する公開情報のページを改善することにどんな価値があるだろうか?

ユーザがたくさんのページを読むようになったとしても、広告が掲載されていないページの場合はなんの貨幣価値にもつながらない。しかし、少し間接的に捉えれば、話は変わってくる。

  1. おそらく、組織の活動には何らかの価値をもたらす。(同意できないようであれば、仕事を辞めた方が良いだろう。)
  2. 価値は、予算からおおよそ計算できる。議会や資金提供機関、援助資金供与者など財政援助をしてくれる方々は、かかる費用の分だけ活動には価値があると考えているに違いない。さもなければ、予算が削られることになるはずだ。
  3. 組織のウェブサイト、発行されるレポートやその他の公開情報は、それらの情報をまとめあげるのに要した金額以上の価値を有しているべきである。さもなければ、組織の予算管理が間違っている。
  4. 情報は、読まれ、理解されてこそ価値を持つ。言い換えれば、先述の価値1~3は、人々にウェブサイトを読み、理解してもらってはじめて成立する。
  5. 使いやすく作られているウェブサイトは、2倍使ってもらえると言われる。オンライン情報の簡略化について調査をした結果、ユーザビリティ・ガイドラインに則して書き直すだけで、ユーザの理解が劇的に向上することが明らかとなった。市民全員に奉仕することを義務とする政府機関にとって、識字能力の低いユーザは特に重要視されるべきである。識字能力の低いユーザの理解は、コンテンツのユーザビリティ向上で格段に上がる。

読者の数を増やし、記載されている内容をより一層理解してもらえるようにすれば、情報をWeb上に置くことの価値も高まる。社会に益することを目的とする政府機関や非営利団体にとって、広く社会に還元される情報の価値は高いはずである。

最後に、電話応答のコストを考えてみよう。コールセンターのスタッフの能力に応じて、そのコストは$10~$100程度になると考えられる。ウェブサイトで疑問を解決できる人が増えれば増えるほど、コールセンターにかかってくる電話の数は減ることになる。純粋に情報提供を目的とするウェブサイトの場合、コールセンターに要する費用を削減することが、もっとも直接的な投資対効果になる。

イントラネットのユーザビリティ改善がもたらす投資対効果

投資対効果に関する議論は、イントラネットのユーザビリティでも同様だ。イントラネットが商用か、非営利目的か、あるいは公的部門のものかには関係しない。いずれの場合も、イントラネットのユーザビリティは、それを利用する従業員の生産性を高めることにつながり、予算を割くに値する。従業員の時間を一時間節約すれば、その従業員の時間単価一時間分を節約したことになるのだ。

毎年、優秀なイントラネットを紹介しているが、最近では、トップ10に2つの非営利団体がランクインした。National Geographic Societyと The Royal Society for the Protection of Birdsである。過去にも、Lulea University of Technology、North Tyneside College、Mayo Clinicなどの非営利団体がランクインした。イントラネットのデザイン向上を重要ととらえ、実現している非営利団体が確かに存在するのだ。

ボランティア中心で運営されている非営利団体は、イントラネットユーザの生産性をあげることにさほど経済価値をみていないかもしれない。しかし、そういった非営利団体こそ、イントラネットのユーザビリティにもっと目を向けるべきである。なぜなら、よく出来るボランティアは貴重な人材だからだ。出来の悪いコンピュータシステムと格闘することなく、組織の大義に大きく貢献していると感じれば感じるほど、ボランティアはより多くの時間を喜んで組織に捧げてくれるようになるだろう。ボランティアの時間を1時間節約するだけで、もしかしたら2時間分 の労働価値を獲得できるかもしれないのだ。

政府機関の場合、イントラネットのユーザビリティ向上がとても大きな意味をなすことになる。なぜなら、多くの従業員を抱えた巨大組織である場合が多く、従業員の労働時間節約が、とてつもなく大きな数字になり得るからだ。たとえば、政府機関のイントラネット・トップ10の一つとして評価されているU.S. Defense Finance and Accounting Service(国防財政会計局)のイントラネットは、ユーザビリティの改善で年間約200人日分の労働時間節約を実現している。U.K. Department for Transportation(イギリスの運輸省)も、デザインの変更で£130,000の節約に成功している。

投資対効果がそこにある

プロジェクトは商業目的ではないかもしれない。しかし、ウェブサイトやイントラネットにいくらかの予算を投じる以上、デザインの改善で価値を高めるべきである。

政府機関は通常、ユーザビリティに配慮することで大きな投資対効果を得られることに気づいている。数百万人規模のウェブサイトユーザ、数百人~数千人規模のイントラネットユーザを相手にしているからだ。

非営利団体は、規模で言えば小さい。しかし、寄付金に頼る組織が多く、ユーザ中心設計を心がけることで、寄付金の額を大きく伸ばすことが可能なのだ。

商用目的のウェブサイトであれば、ユーザビリティの改善効果が目に見えやすく、ウェブサイトの改良で望外な利益をあげられる。しかし、だからと言ってユーザビリティが恩恵をもたらすのが商用目的のウェブサイトに限っての話だと考えるのは大きな間違いである。公共部門や非営利団体も、ユーザビリティの改善で大きな利益を得ることになる。利益の算出方法が、ほんの少し異なっているに過ぎない。

2007 年 2 月 12 日