デザイン思考の基礎

デザイン思考とは何か。なぜそれに関心を持つべきなのか。ここでは、その歴史と背景に加え、簡単な概要と、6段階のプロセス図を提供する。実践的なユーザー中心の考え方による問題解決型アプローチがイノベーションにつながり、イノベーションを起こせれば、差別化ができ、競争上の強みを作り出せるようになる。

デザイン思考の歴史

デザイン思考が新しいものであるというのはよくある誤解だ。デザインという行為自体は長い間おこなわれてきており、モニュメントや橋、自動車、地下鉄のシステムはどれもデザインというプロセスから生まれた最終製品といえる。そして、昔から、優秀なデザイナーは人間中心の創造的なプロセスによって、意味のある、有効なソリューションを構築してきているからだ。

1900年代の初め、デザイナー夫婦である、CharlesとRayのEames夫妻は「体験による学習(learning by doing)」を実践し、70年経った今も生産され続けているイームズチェアをデザインする前に、ニーズや制約を幅広く探ることをした。1960年代、婦人服のデザイナー、Jean Muirは洋服のデザインに「常識的」アプローチを取ることで有名で、周りにどう見えるのかと同じくらい、服の着心地を重視していた。こうしたデザイナーたちはその時代のイノベーターであり、彼らのアプローチはデザイン思考の初期の事例と見なすことができる。どちらのデザイナーも自分のユーザーの生活や満たされていないニーズを深く理解するようにしていたからである。I ♥ NYという有名なロゴのデザイナーであるMilton Glaserはこの概念をうまく説明している。「我々は常に何かを見てはいるが、実際には何もわかっていない…注意を傾けるという行為によってこそ、対象の姿を実際につかめるようになり、それについて完全に理解できるようになるのである」。

人間中心の製品についての初期の時代のこうした(そして、ほかの)の事例にもかかわらず、ビジネスの世界でのデザインは、歴史的にみて、ずっと付け足しという扱いであり、製品の見た目を修正するためにしか利用されてこなかった。このように表面的にデザインを利用してきたことにより、企業の作り出すソリューションは顧客の実際のニーズに合わないものになってしまった。その結果として、企業の中には、デザイナーを製品開発プロセスの最終プロセスから(デザイナーの活躍の場はここだけだった)、最初のプロセスに移動させるところが出てきた。そして、彼らによる人間中心のデザインアプローチは差別化の要因になることが証明された。このやり方を採用した企業は、人のニーズにしたがう製品を作り出すことによって、金銭的な恩恵を受けているからである。

このアプローチを大規模な組織で採用するには、標準化が必要だった。これがデザイン思考のきっかけである。伝統的なビジネス課題に創造的なデザインプロセスを適用するためのフレームワークは、正式にはこうして始まったのである。

デザイン思考とは1990年代にIDEOのDavid KelleyとTim BrownがRoger Martinと一緒に作り出した言葉だ。彼らが長年あたためてきた手法や考え方を要約して、1つの統一したコンセプトに落とし込んだものである。

What - デザイン思考の定義

デザイン思考とは考え方の1つで、それをサポートするプロセスがセットになったものである。したがって、これを完全に定義するには、プロセスと考え方の両方を理解する必要がある。

定義:デザイン思考の考え方では、実践的なユーザー中心のアプローチで問題解決に取り組むことがイノベーションにつながり、イノベーションが起こせれば、差別化ができて、競争上の優位性を作り出せる、と主張する。この実践的なユーザー中心のアプローチはデザイン思考プロセスによって規定され、以下で定義し、図示しているように、6つの段階から構成されている。

How - プロセス

デザイン思考のフレームワークは、1:理解する(understand)、 2:探求する(explore)、 3:具現化する(materialize)、という全体の流れからなっている。この大きなバケツたちの中身は次の6つの段階に落とし込まれている:共感する(empathize)、問題定義する(define)、創造する(ideate)、 プロトタイプを作る(prototype)、テストする(test)、実装する(implement)。

デザイン思考のプロセス図
  • 共感する:調査を実施し、ユーザーが何をして、どう言い、考え、感じるかについての知識を深めよう。
    新規ユーザーが初めて利用するときのエクスペリエンスの向上が自分たちの目標であると想定するとよい。この段階では、実際のさまざまなユーザーと話をすることになる。また、彼らが何をして、どう考え、何を欲しがるかを直接観察して、“ユーザーをやる気にさせている、あるいはやる気を失わせているものは何か”、もしくは、“どこでイライラしているのか”といったことについて自問しよう。ユーザーとその視点に心から共感できるようになるまで、しっかりと観察をするのがここでの目標である。
  • 問題定義する:ユーザーにとっての問題のありかについて、調べたこと、観察したことを、すべてまとめよう。そして、ユーザーのニーズを正確に特定し、その中にあるイノベーションの機会を浮き彫りにすることをここで始めよう。
    初めて利用する場合のことをここでも考えてみよう。問題定義の段階では、共感の段階で集めたデータから、知見を探り出すとよい。観察したことをすべて整理し、その時点のユーザーのエクスペリエンス全体から、類似点を探そう。さまざまなユーザーに共通する問題点がないか。そして、ユーザーの満たされていないニーズを特定しよう。
  • 創造する:問題定義の段階で特定された、ユーザーの満たされていないニーズに取り組むために、ブレインストーミングをして、常識はずれな創造的なアイデアをいろいろと出してみよう。自分もチームも完全に自由に考えていいものとしよう。つまり、不可能なアイデアはないということにして、質より量を優先しよう。
    この段階でチームメンバーを呼び集め、さまざまなアイデアについて大まかに話し合おう。それから、お互いにアイデアをシェアし、他人のアイデアを混ぜたり、練り直したりして、さらに発展させよう。
  • プロトタイプを作る:アイデアの一部を実際にさわって確認できるように、リアルに再現しよう。この段階での目標は、アイデアの中のどの要素がうまく機能し、どれがうまく機能しないかを理解することにある。プロトタイプに対するフィードバックをとおして、アイデアの効果と実現性を天秤にかけて検討することを、この段階で始めなければならない。
    アイデアをさわって確認できるようにしよう。ランディングページが新規のものなら、ワイヤーフレームを抜き出して、社内でフィードバックをもらおう。そのフィードバックをベースに変更を加え、クイック&ダーティなコードでふたたびプロトタイプ化しよう。そして、それを今度は別のグループのメンバーに見せよう。
  • テストする:ユーザーから再びフィードバックをもらおう。ここで自問することは、“このソリューションでユーザーのニーズに応えられるか”、そして、“ユーザーの感じ方、意見、タスクのやり方が改善したか”である。
    実際の顧客の前にプロトタイプを置き、それが自分たちの目標を達成できているかどうかを検証しよう。初めての利用時におけるユーザーの見方は改善されたか。新しいランディングページによって、サイトにより長く滞在してもらえたり、より多くお金を使ってもらえるだろうか。自分たちのビジョンを実行しながら、その間もずっと継続的にテストをしよう。
  • 実装する:ビジョンを具体化しよう。自分たちのソリューションをしっかりと具現化し、エンドユーザーの生活に確実に関係させよう。
    デザイン思考の最も重要なパートであるにもかかわらず、最も忘れられがちなのがこの段階だ。Don Normanが説くように、「我々はもっとデザインをする必要がある」のである。デザイン思考をするからといって、実際のデザインの作業から開放されるわけではない。デザイン思考は魔法ではないからだ。ここで心に響くのがMilton Glaserの言葉だ。「創造的な人などというようなものはない。創造性というのは動詞、実行するのに非常に時間のかかる動詞のようなものだ。つまり、頭の中にあるアイデアを検討し、そのアイデアを現実のものにするということなのだ。そして、そうしたプロセスは常に長く、困難なものになる。こうしたことを正しくおこなえば、機能していると感じるようになる」。
    デザイン思考は企業にとって非常にインパクトがあるので、ビジョンが実行されれば、真のイノベーションが起こるはずである。デザイン思考の成功はエンドユーザーの生活の場面を変容させられるかにかかっている。したがって、この6番目の段階である“実装”はきわめて重要なのである。

Why - 優位性

なぜ我々が製品開発についての新しい考え方を紹介するのか。デザイン思考に取り組む理由は、それだけで1つの記事にできるほど、いくらでもある。しかし、要するに、以下のような優位性を“すべて”一度に確立できるからといえる:

  • ユーザー中心のプロセスであり、ユーザーのデータからスタートしていて、空想から来るものではない現実のユーザーニーズに対処するデザインアーティファクト(生成物)を作成して、実際のユーザーでそれをテストできる。
  • 蓄積された専門知識を活用して、チーム内に共通言語と合意を形成する。
  • 1つの問題にさまざまな手段を講じることで、イノベーションを促進する。

すばらしいインタフェースも見当違いの課題にあてられては失敗に終わるだけだ」とニールセン博士も言っている。デザイン思考とは創造的なエネルギーを解き放ち、それを適切な課題に向けてくれるものなのである。

フレキシビリティ - 自分たちのニーズに適合させよう

上記のプロセスは最初は難解に感じられるだろう。しかし、このやり方を所定の詳細な手順がある成功のレシピであるかのように考える必要はない。そうではなく、必要なとき、必要な状況でサポートしてくれる足場のようなものとして利用するとよい。料理長になるべきであって、使われて作業するだけのコックになる必要はない。つまり、この方策はフレームワークとして利用し、必要に応じて微調整をしよう。

各段階は繰り返し、反復するようになっており、下の図にあるような、完全にリニアなプロセスにはなっていない。たとえば、最初のプロトタイプを作成して、テストした後に、共感と問題定義という理解のための2つの段階を繰り返すのはよくあることだ。ワイヤーフレームがプロトタイプ化され、自分たちのアイデアが実際に操作できるものになって初めて、そのデザインを真に再現できたことになる。そして、そこで初めて、自分たちのソリューションが実際にうまく機能するかを正確に評価できるようになるからだ。この時点で、ユーザー調査をもう一度おこなうのは非常に有益といえる。すなわち、決断をしたり、開発の優先順位をつけるために、そのユーザーについてほかには何を知る必要があるのか。また、前回、調査していないこのプロトタイプから、どんな新しいユースケースが発生するのか。

それぞれの段階自体を繰り返すのもよい。ある段階の中で何度も課題に取り組まないと、先に進むために必要な成果にたどり着けないことも多い。たとえば、問題定義の段階で、チームメンバーが変われば、メンバーの背景も専門知識も変わることになり、その結果、問題を特定するためのアプローチも変わってくるものだ。問題定義の段階では、期間を延長して、重視するテーマをチーム内ですり合わせることがよくおこなわれる。合意の確立の障害になるものがあるなら、さらに反復が必要だ。各段階の成果はしっかりと妥当なものであるべきだ。その後の段階で、指針としてずっと機能し、自分たちの重視するテーマから大きく外れることを防いでくれるものでなければならないからである。

それぞれの段階自体が繰り返されている、デザイン思考のプロセス図

スケーラビリティ - 広い視野で考えよう

デザイン思考はとっつきやすく、パッケージ化されているので、いろいろな規模で利用可能だ。過去には自分たちの思考方法を切り替えられなかった企業にも、専門知識がなくても理解できるガイドが今回はある。そのため、デザイナーがあまりいなくても、成功の確率も上がるだろう。製品デザインのような伝統的な「デザイン業」に関わるテーマだけでなく、社会、環境、経済といったさまざまな課題にもこの考え方は適用可能だ。デザイン思考はシンプルなので、さまざまな領域で実践可能である。すなわち、どうしようもないような厄介で漠然とした問題にも当てはめることができるのだ。そして、検索のような、小さな機能を徐々に改善していくといった課題にも利用できるし、優秀な人材をとどめておくために教師のキャリアパスを再構築するといったような、既存の仕組みを破壊し、変革をもたらすソリューションにも適応が可能なのである。

結論

今、我々は、その対象がサービスであろうと製品であろうと、エクスペリエンスの時代(訳注:ブランド価値が顧客のエクスペリエンスの総和によって形成される時代)に生きており、サービスや製品のエクスペリエンスに対する我々の期待は高いものになってしまっている。情報やテクノロジーが進化を続けるにつれて、製品やサービスの質はますます複雑なものになっているし、進化が起こるたびに、満たされていないニーズが新たに発生してきている。デザイン思考は問題解決のための1つのアプローチにすぎない。しかしそれは、成功や画期的なイノベーションの確率を上げてくれるものなのである。

デザイン思考について、さらに詳しくは、1日トレーニングコース「ニーズ記述書からの大きなアイデアの創出」にて。

以下のリンクから、この記事に出ている図が高解像度でダウンロード可能である(ポスターなどの希望のサイズに印刷可能):