サービスデザインの基礎

サービスデザインとは、組織運営をデザイン・連携・最適化することで、ユーザーと従業員双方のエクスペリエンスを改善して、カスタマージャーニーをよりよくサポートできるようにするものだ。

サービスとは何か

伝統的な経済学では、財(goods)とサービス(services)には明確な区別がある。財は、ペンやサングラス、靴のように、有形であり、消費が可能である。一方、サービスとは、医療や郵便業務、公共交通機関のように、無形で所有権をともなわない瞬間的に交換されるものをいう。

しかし、現在では、財とサービスの間のはっきりとした区別はなくなってきている。財とサービスが連続した1つのつながりとなって、その間に製品とサービスが組み合わさったものが大量に存在するようになったからである。たとえば、曲(mp3ファイル)というのは、SpotifyやApple Musicのようなサービス経由でアクセスすることができる製品である。だが、ユーザーにとっては、製品とサービス、つまり、音声ファイルを所有することと、曲をストリーム配信で聞くことというのは、ほぼ同じだったりする。バックステージでの両者の違いはかなり大きなものだが。

現在では、財とサービスの間のはっきりとした区別はなくなってきていて、財とサービスが連続した1つのつながりとなっている。

サービスが洗練されると、そのサービスへのサポートもより必要になる。複雑なユーザーエクスペリエンスは、組織内で体制が不十分なところ、すなわち、エコシステムの結びつきが弱いところから破綻してしまうことが多い。たとえば、前回、カスタマーサポートに電話したときに、個人情報を提供したのに、別の担当者になっただけで、提供済みの情報とまったく同じ内容をまた教えてほしいと言われたらどうだろうか。この問題は、サービスデザインが欠落していることによって生じた組織内のプロセスの欠陥から来ているのである。

サービスデザインの歴史

「サービスデザイン」という用語は、1982年にLynn Shostackによって作られた。Shostackが提案したのは、バックステージのプロセス同士がどのようにインタラクトしているかについて、組織が理解を深めることである。なぜならば、「サービスを個人の才能任せにして、バラバラに管理し、全体としてみないと、企業が不安定になり、市場のニーズやチャンスに出遅れたサービスを生み出すことになってしまうからである」。

この意見は現在でも有効だ。しかし、20年前、そうだったように、このことは運営や管理だけの責任とは言えなくなってしまっている。サービスデザインの実践は、その組織全体の責任だからである。

サービスデザインの定義

ほとんどの組織では、製品と配送チャネルを重視している。そして、そうした組織のリソース(時間、予算、物流)の多くは、顧客が向き合うアウトプットに割かれて、(その組織の従業員のエクスペリエンスを含む)内部のプロセスは無視されている。だが、サービスデザインの対象となるのは、組織内のこうしたプロセスである。

定義:サービスデザインとは、(1)直接的には従業員のエクスペリエンスを、そして、(2)間接的には顧客のエクスペリエンスを改善するために、ビジネスのリソース(人、小道具、プロセス)を計画し、組織化する活動である。 

給仕長やウェイター、皿洗い、シェフなどのさまざまな従業員がいるレストランを想像してみよう。サービスデザインでは、どのようにレストランを運営して、約束した料理を提供できるか、すなわち、材料を調達して、受け取るところから、新しいシェフを迎え入れたり、客のアレルギーについてウェイターとシェフの間でやり取りをするところまでを重視する。それぞれの実働部隊は、たとえ直接的に客のエクスペリエンスに関与していなくても、客の皿に盛られる料理に関して、何らかの役割を果たしているからである。

サービスデザインの主な構成要素は、人、小道具、プロセスの3つである。

「サービスデザイン」の構成要素

ユーザーエクスペリエンスのデザインでは、ビジュアル、機能とコマンド、広告文、情報アーキテクチャなどの複数の構成要素をデザインする必要がある。各構成要素はそれぞれ正しくデザインされるだけでなく、全体的なユーザーエクスペリエンスを作り出すために統合される必要もある。サービスデザインも基本的な考え方は同じだ。複数の構成要素があって、それぞれ正しくデザインする必要があり、そのすべての構成要素は統合されなければならない。

サービスデザインの主な構成要素は以下の3つである:

人:サービスを作り出したり、利用する人、また、このサービスの影響を間接的に受ける可能性のある人がこの構成要素には含まれる。

例としては:

  • 従業員
  • 顧客
  • サービスを通して出会った顧客同士
  • パートナー

小道具:この構成要素は、サービスをうまく実行するのに必要な、(製品を含む)物理的またはデジタルの人工物のことをいう。

例としては:

  • 物理的な空間:店頭、銀行の窓口、会議室
  • サービスが提供されるデジタル環境
    • Webページ
    • ブログ
    • ソーシャルメディア
  • モノや付帯品
    • デジタルファイル
    • 物理的な製品

プロセス:サービスを通して、従業員またはユーザーによって実行されるワークフローや手続き、定型的な行為のことである。

例としては:

  • ATMからのお金の引き出し
  • サポートを得ながらの課題の解決
  • 新たな従業員との面接
  • ファイルの共有

レストランの例に戻ると、人というのは、農産物を育てる農家やレストランの支配人、シェフ、給仕長、ウェイターになるだろう。小道具には(中でも)、キッチン、材料、POSソフトウェア、制服が該当する。プロセスには、従業員がタイムカードを押すこと、ウェイターが注文を取ること、皿を洗うこと、食品を貯蔵することなどが入るだろう。

フロントステージ 対 バックステージ

サービスの構成要素は、顧客の目に入るかどうかで、フロントステージ(表舞台)とバックステージ(舞台裏)とに分けることができる。舞台の公演を考えてみよう。役者や衣装、オーケストラ、舞台装置などの、バックスクリーンの前にあるものはすべて、聴衆の目に入る。しかしながら、バックスクリーンの裏にも、舞台監督、舞台係、照明コーディネーター、舞台装置デザイナーなどからなる完全なエコシステムが存在しているのである。

表舞台と舞台裏。

聴衆には見えないとはいえ、聴衆のエクスペリエンスを形作ることに関して、バックステージは重要な役割を果たしている。レストランでも、キッチンで起きていることがテーブルに登場するものを左右するのである。

フロントステージの構成要素には以下のようなものがある:

バックステージの構成要素には以下のようなものがある:

  • 方針
  • テクノロジー
  • インフラストラクチャ
  • システム

サービスデザイン 対 サービスのデザイン

サービスデザインとは、単にサービスをデザインすることではない。サービスデザインが取り組むのは、組織が物事をどうやってやり遂げるかであり、考える対象になるのは、「従業員のエクスペリエンス」である。一方、サービスのデザインが取り組むのは、カスタマージャーニーを作り出すタッチポイントについてで、考える対象は、「ユーザーのエクスペリエンス」である。

類例として、すべてのソフトウェアアプリケーションには、初歩的なものであれ、ユーザーインタフェースがある。しかしながら、インタフェースを副産物として作成するためのコードを書く作業を、「ユーザーインタフェースのデザインプロセス」とは言わないだろう。同様に、あるユーザーインタフェースが慎重に計画されたデザインプロセスから作られていたとしても、ユーザーのエクスペリエンスが考慮されていなければ、それは「ユーザーエクスペリエンスデザイン」の産物ではないのである。

なぜ我々は、UXデザイナーとして、サービスデザインと「従業員のエクスペリエンス」に注意を払う必要があるのか。それは、組織のバックステージのプロセス(内部での物事のやり方)は、ユーザーの遭遇するインタラクションの目に見える部分ほどではないまでも、それと同じくらいの影響を全体的なユーザーエクスペリエンスに及ぼすからである。たとえば、ウェイターがアレルギーのことをきちんとシェフに伝えなければ、深刻な結果をもたらす食物を客が摂取してしまうことはありうる。しかし、レストランが混雑していても、テーブルを片付けて、席を割り振るための系統だったプロセスがあれば、顧客が待つことはないし、そもそも混んでいるとはわからないだろう。

サービスデザインの利点

大半の組織では、顧客が向き合うアウトプットにリソース(時間、予算、物流)が割かれる一方、(その組織の従業員のエクスペリエンスを含む)内部のプロセスは無視されている。他の部署のやっていることは知らないという一般的なよく聞く感想は、こうした断絶によって生じているのである。

サービスデザインは、組織内のこうした隙間を以下のような手段によって埋めてくれる:

  • 矛盾を表面化させる。ビジネスモデルとサービスデザインのモデルは矛盾していることが多い。というのも、ビジネスモデルは、組織が提供するサービスと常に連携が取れているとは限らないからだ。製品の全ライフサイクルを通して(場合によっては、それを超えて)適切なサービスを提供するために、サービスデザインは思考を引き起こし、設定されなければならないシステム周辺のコンテキストを提供してくれる。
  • 困難な対話を促す。手続きや方針に焦点を絞った議論は内部の結びつきの弱さやずれを顕在化させるので、組織は協調的で機能横断型のソリューションを考案できるようになる。
  • 俯瞰することで冗長さを減らす。組織内のサービスプロセスのサイクル全体を精密に示すことで、自社サービスのエコシステムが、大きな1つのサービスに収まっているのか、あるいは複数の小さなサービスにまたがっているのか、を企業が俯瞰できるようになる。このプロセスによって、工数が重複していて、従業員の不満やリソースの無駄の原因になりかねない箇所を特定できるようになる。また、冗長性を排除することでエネルギーが節約でき、従業員の効率が上がるので、コストの削減になる。
  • 人間関係を築く。役割やバックステージでの演者、プロセス、ワークフローのような組織内で提供されるサービスと、それに該当するフロントステージの人材を結びつける手助けをする。最初の例に戻ると、サービスデザインを用いることで、1人の担当者に提供された情報を、同じ顧客とやり取りをする担当全員が利用できるようになるはずだ。

結論

バックステージに問題があると、表の舞台にも、貧弱なサービス、顧客の不満、チャネルの一貫性のなさなどの影響が出る。バックステージのプロセスを合理化すれば、従業員のエクスペリエンスが改善され、ひいては、そうした従業員により、さらに優れたユーザーエクスペリエンスが創造されることだろう。

デザイン思考について、さらに詳しくは、我々の1日トレーニングコース「サービスのブループリント」にて。

参考文献

  • Kalbach, Jim. “Mapping Experiences.” O’Reilly Media, Inc, 2016.
  • Shostack, Lynn. “Designing Services that Deliver.” Harvard Business Review, 1984.