インターフェース上の文言は意思決定に影響を及ぼす
インターフェース上で利用される言葉は、ユーザーがおこなう意思決定に影響を及ぼす。操るような文言は、最善の利益に反する選択をするようにユーザーを仕向ける。
我々はオンラインのいたるところで意思決定をしている。リンクを開いたり、記事を読んだり、何かを購入したり、ウィンドウを閉じたりするたびに、我々は選択をしてきているからだ。そのため、オンラインエクスペリエンスの要素はどれも、ユーザーがおこなう意思決定に影響を与える可能性がある。ビジュアルデザインやインタラクションデザイン、インターフェース要素、デジタル向けの文言はすべて、ユーザーが選択するものを変える力をもっているのである。
インターフェースが提供する選択肢の中にあるデジタルの文言は強い影響力をもっている。インターフェース上に表示する言葉によって、最適な意思決定ができるようにユーザーをサポートすることもできれば、最善の利益に反するような行動を取るようにユーザーを仕向けることもできるからである。
選択アーキテクチャー
Richard ThalerとCass Sunsteinは、彼らの2008年の著書、Nudge(邦訳『実践 行動経済学』)で、選択肢の中立的な提示の仕方は存在しない、と主張した。つまり、誰かに選択を求めるとき、選択肢をどのように提示するかに回答は影響を受ける。(この効果はフレーミングとして知られ、一部の世論調査を疑う理由になっている)。質問に返ってくる答えの方向を変えられるとわかっていれば、どのように質問するだろうか、というわけだ。
選択肢の提示の仕方によって、最適な意思決定をサポートすることもできれば、後で後悔しそうな選択肢を選ばせることもできる。「ナッジ」(nudge)とは、ユーザーが特定の意思決定をおこなう可能性を高める選択アーキテクチャー(Choice architecture)の要素なのである。
訳注:2017年ノーベル経済学賞受賞のThaler博士が提唱するナッジ(nudge:注意や合図のために肘で軽く人を突く、というのが本来の意味)とは、肘で軽く突くように、小さな後押しをすることで、相手に適切な選択を促したり、危険を回避させようとしたりすること。現在、この理論はマーケティングに幅広く応用されている。
ユーザーエクスペリエンスにおける選択アーキテクチャー
Webサイトやアプリのインターフェースなどのデジタル製品をデザインする際、我々はユーザーの思考の方向性を形づくっていっている。すなわち、選択肢の提示の仕方に、ユーザーの何をするかという意思決定は影響を受ける。ユーザーエクスペリエンスのデザイン要素の多くは、オンラインでの選択アーキテクチャーに関与しているからである。
選択アーキテクチャーに影響を与えるデザインの要素(Design elements)には、次のようなものがある:
- ビジュアルデザイン(Visual design):インターフェース内の選択肢のビジュアルスタイルは、ユーザーが取る行動に影響を与える。たとえば、ある選択肢が他のものよりも大きかったり、見やすい場所に配置されていたり、視覚的な重みが特に与えられていたりする。
- インタラクションデザイン(Interaction design):インタラクションフローのデザインによって、ユーザーをある選択に導くことが可能である。インタラクションの経路のデザインを、十分な情報を与えないまま、選択を促すようなものにすれば、ユーザーは情報不足の状態で意思決定をすることになる。
- インターフェース要素(Interface elements):選択肢を提示する際に使うインターフェース要素によって、ユーザーが利用可能な選択肢を制限したり、増やしたりすることができる。選択肢をラジオボタンで提示すると、ユーザーは1つの選択肢しか選択できない。しかし、その同じ選択肢を一連のチェックボックスで提供すれば、ユーザーは自分が正しいと思う回答をいくつでも選択できる。
- 言葉(Language):我々が利用する言葉によって、ユーザーがおこなう選択は変わる。Webサイトのメインコンテンツ内とそのインターフェース自体で利用されるデジタルの文言によって、コンテキストが構築され、ユーザーの選択が作り上げられるからだ。
こうした要素はどれもオンラインでユーザーがおこなう意思決定に影響を与える可能性がある。この記事では、インターフェース自体で利用される言葉に焦点を当てる。インターフェース上の文言は、ユーザーが利用する選択肢で使う表現を変化させることで、ユーザーの意思決定を方向づける。人を思いどおりに操ろうとする、注目を求める言い回しを利用する傾向がインターフェース上のさまざまな文言に広がるのを我々は見てきた。ユーザーが利用する選択肢が、人を操るような言い回しを使って提示されている場合、そのインターフェース上の文言はダークパターンということになる。
選択アーキテクチャーのダークパターン
脅し戦術と損失の強調
人は利益に対する喜びよりも損失の痛みをより強く感じる。そのため、我々は失うことを恐れて非合理的な行動を取ることがしばしばある。こうした恐怖心を選択肢の提示に利用して、損失の可能性に直面したときに感じる感情的苦痛が最小限になるような行動を取るようにユーザーを誘導することができる。
上のスクリーンショットで示されているのは、旅行予約のプロテクションの売り込みである。プロテクションを選択する方向にこの会社がユーザーをナッジしているのは明らかだ。キャンセルプロテクションを選ぶ選択肢のほうが視覚的に強調されているからだ。すなわち、この選択肢のほうが先に表示され、テキストは太字になっていて、予約した旅行の総額が確認できるリンクまで付いている(はい、私の旅行費用の1821.97ドルを保護してください)。その下には、キャンセルプロテクションを拒否するための選択肢があるが、こちらではインターフェース上の言葉によって、ユーザーに損失の可能性に対する注意を喚起している。文言では、旅行をキャンセルした場合に失う正確な金額が繰り返され、シンプルな選択肢に不安な感じが付け加えられている(いいえ、結構です。私の旅行費用の1821.97ドルは保護されないままにしておいてください)。
文言で損失の可能性を強調すると、ユーザーが自分の選択を変更する可能性を高めることができる。ユーザーは良くないエクスペリエンスに対しては有益なエクスペリエンス以上に関心を払うからだ。恐怖心は選択アーキテクチャーを変更させる強力な動機なのである。
希少性の人為的な創出
希少性は需要を刺激すると、経済学者たちはよく言う。我々は希少なものや期間限定のセールはより貴重だと感じるからだ。そして、選択できる時間が限定されていると、すぐに行動しなければならない。ある選択肢を利用できる可能性が突然、制限されると、ユーザーは迅速に対応しなければならなくなり、可能なすべての選択肢を評価することができなくなる。
ミールキットサービスのBlue Apronは、登録プロセス中にモーダルポップアップを表示する。そのポップアップでは、消極的な顧客の気を引いて購入させようとするタイムセールが提示される。こうした選択肢をモーダルウィンドウで提示すると、インタラクションフローが変わる。突然、びっくりさせられるようことが提示されて、ユーザーがそれまでにしていたことがぼやけるからだ。差し迫ったような書き方になっている文言は、「ちょっと待って!」(Hold on!)、タイムセールを利用して、と読者に懇願してくる。そして、そこには、「50ドルの割引を拒否する」(Reject $50 Off)か「50ドルの割引を得る」(Get $50 Off)という選択肢しかないのである。
このデザインには人為的な希少性が導入されていて、その上、特別な1回限りの割引を受け入れるか拒否するかをユーザーが決めなければならないようにフレーミングされている(:フレーミングについては次セッション参照)。インターフェース上の文言には、あと30分しかこの割引を利用できない理由の説明はない。希少性を作り出したことで選択アーキテクチャーが変わってしまった。ユーザーはサービスを試すか利用しないことにするかを選ぶ代わりに、今度は突然の割引を受け入れるか拒否するかを選択しなければならなくなったのである。
不必要な時間的プレッシャーをかけて選択させようとしたり、差し迫った言い方をしたりするのは、最適な意思決定をサポートするものではない。そのサービスの売り込みに対して、顧客が好きなだけ時間をかけて検討できるサービスを作り出すことに力を入れてほしい。
感情的なフレーミング
フレーミング効果とは、質問や意思決定を表すのに使われるコンテキストがユーザーからの返答に影響を与えることである。たとえば、選択アーキテクチャーに注目を求めるパターンが含まれていると、通常なら強い感情を伴わないはずの意思決定に感情的なコンテキストが追加される。フレーミング効果は次のいずれかの形を取る:
- そのユーザーの本質を反映するものとして選択肢を記述する(たとえば、その選択肢を選ぶとは、なんて寛大な/賢い/非常に趣味の良い人だろう、といったことを示唆することによって)。
- 選択肢に感情をかきたてる言葉を使って、インターフェース上の普通の選択肢を崇高な決断であったり、恐ろしい間違いであったりするかのように見せる。
クレジットカードの支払処理に関するコストは顧客に負担してもらうと決めている企業は少なくない。しかし、上記のWebサイトのインターフェースは、そうした手数料を追加で払うことが寛大な行為であるとフレーミングしている。このインターフェース上の文言には、「寄付の手数料を負担するために2.20ドルを追加で払うことを私は選びます」とあり、その横に出ているチェックボックスには最初からチェックが入っている。多くのWebサイトは、ユーザーがクレジットカードで支払うことにした場合、手数料が追加でかかることだけを指摘する。しかし、このサイトで使われている言葉は、オンラインでの日常生活の一部を、異常に感情的な瞬間に変えている。
説明されている選択肢と、実際に表示されている選択肢の不一致
インターフェースのデザインで、システムと現実世界が一致していると、ユーザーはオンラインシステムでの移動方法をすぐに理解できる。同様に、デジタルの文言によって説明されている選択肢はインターフェースで利用できるアクションと一致している必要がある。
Trunk Clubの文言は、実際の提供内容以上に柔軟だと謳っている。メインの見出し(必要なときにトランクを手に入れよう)と副次的な見出し(サブスクリプションサービスではありません。トランクを1回だけ送ってもらうか、あるいは、継続して送ってもらうかを選んでください。トランクはいつでもキャンセル可能です)の言葉は、ユーザーが選べる選択肢と合っていない。まず、ユーザーが選べる配達の頻度の選択肢は3種類しか出ていない。次に、そうした選択肢はどれも、サブスクリプション型プランだ(毎月、2か月に1回、3か月に1回)。配達が「1回限り」という選択肢は、この登録プロセスの段階では実際の選択肢として表示されていないからだ。
最新のeコマースレポートのための調査によると、ユーザーは購入の検討をするとき、これまで以上に不正確な情報を許さないことがわかっている。サービスの説明に用いられている文言とユーザーが実際に選べる選択肢がずれていれば、信頼はすぐに失われるだろう。
小さな選択肢も無視できない
ユーザビリティテストでは、ユーザーがインターフェース上にある選択肢を一人称で読み上げるのをよく見る。彼らは思考発話をしているので、自分が何をしたいのか、そして、何をすることにしたのかという観点から、画面に表示されている選択肢について口にする。たとえば、ラジオボタンのリストを読む前に「私ができるのは…」とか、セットになっているボタンのうちの1つをクリックする前に「私がしたいのは…」と言ったりするのである。
インターフェース上の選択肢に利用する文言は、ある文に対してユーザーに同意してもらうためのものだ。多くの場合、そうした文には、ユーザー自身について、または、彼らが取りたい行動のことが書かれている。ユーザーエクスペリエンスやビジネスの観点から重要なのは、意思決定プロセスを損なうのではなく、そうしたプロセスをサポートするインターフェース上の文言を作成することだ。製品への信頼や期待、製品利用時の肯定的な自己イメージはすべて、ユーザーと製品の結びつきを形づくるものであり、選択肢を誠実にそのまま提示することで、信頼と肯定的な感情は生まれるのだ。
あちこちにある数回のコンバージョンよりも、顧客満足度こそが重要であることを忘れてはならない。企業からプレッシャーをかけられたり、あるいはずるい策略を使われたりして、意思決定させられたことをユーザーはずっと覚えている。侵略的な広告や“頼むから行かないで”ポップアップ、人を操るような選択アーキテクチャーなどの短期的な戦略は、多少の手っ取り早い売上にはつながるかもしれない。しかし、こうした戦略は、長期的な顧客ロイヤルティを作り出そうとする企業の取り組みを台無しにすることだろう。
参考文献
Thaler, R.H. & Sunstein, C. R. (2008). Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth and Happiness. New Haven, CT: Yale University Press.(邦訳:実践 行動経済学-健康、富、幸福への聡明な選択)