ユーザーインタフェースにおける記憶の再認と再生
ゼロから事柄を再生することは、選択肢のリストの中から正しいものを再認するよりも難しい。なぜなら、ユーザーが記憶から情報を想起することを、追加のコンテキストが助けるからである。
10のユーザビリティヒューリスティックスの1つは、ユーザーインタフェースのデザインにおいて、再生よりも再認を促すことを勧めている。再認と再生とは何なのか、そして、なぜ再生よりも再認のほうが優れているのだろうか。
記憶想起の2つのタイプ:再認と再生
心理学者は、記憶の想起の種類を再認と再生の2つに区別することを好む。
通りで人に会ったときのことを考えてみよう。以前にその人に会ったことがあるかどうかはすぐにわかることが多いが、(その人に面識があった場合)その人の名前を思い浮かべるのはずっと難しい。最初のプロセスが再認(その人を見覚えがあると認識すること)であり、2番目のプロセスが再生ということになる。
再認とは、ある出来事や情報を知っていると「認識する」能力のことである。それに対して、再生は、記憶から関連する詳細情報を想起することを指す。
再認と再生の違い、そして、ユーザーインタフェースにおいて、なぜ再認が望ましいのかをもっとよく理解するには、人間の記憶の仕組みについて少し詳しく見ていく必要がある。
記憶内のコンテンツの活性化
多くの心理学者は、記憶はチャンク(相互接続された基本的な単位)で構成されていると考えている。各チャンクは活性度(記憶からそのチャンクをどれだけ容易に想起できるかの尺度)によって説明することができる。
たとえば、自分の名前は記憶の中にあるチャンクの1つであり、非常に活性度が高い。言いかえると、もし夜中に誰かに起こされて自分の名前を聞かれても、かなりすばやく答えることができるだろう。一方、小学校1年生のときの担任の先生の名前を思い出さなければならないとしたら、その答えはなかなか出てこない。すなわち、後者は活性度が低いということになる。
チャンクの活性度は以下の3つの要素の影響を受ける:
- 実行頻度:過去にどれだけそのチャンクが使われたか。
- 新近性:どのくらい最近、そのチャンクが使われたか。
- コンテキスト:その人の関心はどこに向いているか。
このそれぞれを簡潔に説明しよう。
実行頻度
習うより慣れよ、とはよく言ったものだ。実際、情報は使えば使うほど、思い出せる可能性が高まる。チャンクの活性化は、そのチャンクがどれだけ反復されたかに左右される。あなたの名前が小学1年生の時の担任の先生よりはるかに馴染みがあるのもそのためだ。より多く使ってきたからである。
新近性
活性化に影響するのは実行頻度だけではない。新近性、つまり、チャンクを過去に使用してからどれだけ時間が経ったかも、どれだけ情報を思い出せるかに影響する。すなわち、ごく最近使った情報は、しばらく使っていない情報(たとえば、小学校1年生のときの担任の先生の名前など)よりも活性度が高い。
コンテキスト
実行頻度と新近性に加えて、活性化に影響を与える3つ目の要素がコンテキストだ。それが何を意味するのかを理解するために、ここで少し立ち止まり、記憶の連合について説明する必要がある。
このセクションの冒頭で、チャンクが、相互接続された記憶の単位であると述べた。さらに、2つのチャンクの間の接続を連合と呼ぶ。「パリ」という言葉を聞いてどんな言葉を思い浮かべるかと尋ねられたら、あなたは「フランス」、「食べ物」、「エッフェル塔」、「ナポレオン」などを思いつくかもしれない。これらの単語はすべて「パリ」と強い連合関係にある。そして、「パリ」に関心が向くと(つまり、「パリ」という言葉を聞いたり読んだりすると)、そうした関心によって、「パリ」と連合している他のチャンクにまで活性が広がっていく。結果、記憶の中で最も活性化されたチャンクが最初の回答として選択され、次に活性度の高いチャンクが2番目の回答に、というふうになっていくのである。(概念間の連合は、人それぞれ、という性格が強く、過去の経験に左右されることには注意を要する。たとえば、フランス人は「パリ」という言葉にアメリカ人とは異なる連合を行う可能性がある)。
連合という概念は心理学において非常に重要であり、学習や問題解決の基礎となる。連合によって、我々は適切な会話をすることができるし、新しい発見も可能になるからだ。連合とは、現在(我々が置かれている現在のコンテキスト)と、我々の過去の経験や知識とを結びつけるものといえる。
しかし、コンテキストは、記憶からの情報想起にどのような影響を与えるのだろうか。それにはプルーストのマドレーヌ(訳注:プルーストの著作『失われた時を求めて』内のエピソード)が例としてわかりやすい。つまり、現在の環境における何か(ここでは、マドレーヌの匂いや味)が記憶の中にあるチャンクと強い連合関係にあると、そうした手がかりによって、活性化が連合の関係にある記憶内のチャンクにまで伝播し、そのチャンクの活性度も上昇する。プルーストの子ども時代のマドレーヌのエピソードは(記憶の奥深くに埋もれていて、当初は非常に活性度が低かったが)現在のコンテキストに存在した手がかりによって活性化され、突然活性度が高くなったのである。
(我々のトレーニング「The Human Mind and Usability」(人間の心とユーザビリティ)では、記憶と活性化の概念について詳しく論じている)。
再認と再生
再認と再生の違いは、記憶想起に役立つ手がかりの数にある。具体的にいうと、再生は再認よりも手がかりの数が少ない。
「ハーマン・メルヴィルは『白鯨』を書いたか」というような質問に答えるのに必要なのは、「再認」だ。提供された情報が正しいかどうかを認識するだけでいいからだ。そうではなく、「誰が『白鯨』を書いたか」と問われた場合には、記憶から正しい答えを想起する再生のプロセスを使うことになる。
手がかりが豊富だから、再認は再生より容易なのだ。そうした手がかりにより、関連する情報へと記憶内で活性化が広がることで、回答にあたる情報の活性度が上昇し、その情報が選択されやすくなる。これが多肢選択式の質問が自由回答形式の質問よりも回答しやすい理由である。一方、後者では、回答者が答えを思いつく必要がある。
日常生活では、我々はしばしば再認と再生を組み合わせて、記憶から情報を想起しようとする。多くの場合、我々はまず選択肢を絞り込むために、容易に再生できる情報から思い出そうとする。そして、そこから得られた選択肢を1つずつ見ていって、適切なものを再認するのである。
例を挙げると、ユーザーが以前訪れたことのあるサイトに移動する方法がそうだ。たとえば、我々のサイトにアクセスしたいとしよう。このサイトに何度も来たことがある人なら、nngroup.comというサイト名を再生し、すばやくここにたどり着けるかもしれない。しかし、多くのユーザーは、多分、「ユーザビリティ」、「ユーザーエクスペリエンス」、「ニールセン」といった、このサイトから連想されるいくつかの言葉しか再生できないだろう。幸運なことに、これらの言葉を主要な検索エンジンに入力すると、最初のページのエントリーの1つとしてこのウェブサイトは出てくる。その結果、あなたのタスクは、SERP(検索エンジン結果ページ)を流し読みして、リストアップされている選択肢の中から、目的のこのウェブサイトを選び出すための再認に変わる。(実際、Eytan Adar、Jaime Teevan、Susan Dumaisによる論文によれば、以前のページへの経路をたどるこの方法は、ウェブ上のコンテンツを再訪する際に好まれる方法とのことだ)。
検索では、ユーザーがクエリーの言葉をゼロから生成することが必ず必要だが、このタスクはほとんどのユーザーが苦手とするところだ。しかし、ユーザーは、その後は、再認に頼りながら検索結果を利用すればよい。これが、検索エンジンがウェブを利用する上で必要不可欠なツールとなった理由の1つだ。検索サジェストは、検索のユーザビリティを大きく進歩させた。なぜなら、クエリーの生成というタスクの一部を再生のタスクから再認のタスクに変えたからである。
ユーザーインタフェースにおける再生
インタフェースにおける再生の典型的な例がログインだ。サイトにログインするときは、ユーザー名(またはEメール)とパスワードの両方を覚えておく必要があるが、その記憶の想起に役立つ手がかりが提供されることはほとんどなく、通常はただサイトが表示されるだけである。ユーザーの中には、ウェブではすべて同じ認証情報を使うことで、楽にログインできるようにしている人もいる。また、パスワードをそのサイトに関連のあるものにして(たとえば、Amazon.comなら「amazonpassword」、zappos.com(訳注:靴のネット通販サイト)なら「buyshoes」など)、サイト自体を強力な手がかりにすることでパスワードを再生しやすくしている人もいる。さらには、パスワードをコンピュータのどこかに保存したり、パスワードマネージャーに入れたり、紙に書いたりしている人も多い。
ユーザーインタフェースにおける再認
メニューは、再認ベースのユーザーインタフェースの最も典型的な例といえる。メニューとは、コンピュータが表示する利用可能なコマンドから、ユーザーが必要なものを再認するというシステムだからだ。
たとえば、ワープロ機能を使っているときに、ある文章に線を引いて、その文章がもはや有効ではないことを示したいとしよう。直接操作やグラフィカルユーザーインタフェースが登場する前なら、めったに使われないこの書式設定機能の名前をユーザーは再生する必要があった。これは難しく、ミスを犯しやすいタスクである。しかし今では、書式設定オプションのメニューを見れば、「取り消し線」という用語が自分の探しているものだとすぐに再認することができる。
ユーザーインタフェースで再認を促す
では、どうすれば再認を促すことができるだろうか。それには、情報やインタフェースの機能を可視化し、アクセスしやすくするとよい。
アプリケーションやウェブサイトには通常、以下の2つの要素が存在する:
- クロームまたはインタフェース:すなわち、ユーザーが目標に達するのを手助けするためにあるすべてのボタン、ナビゲーションなどの要素。
- コンテンツ:ユーザーが目標を達成するために必要な情報。
コンテンツであれ、インタフェースであれ、そのどちらもすぐに思い出せるようにすることは可能だ。それには両者とも、再生ではなく再認するデザインにするとよい。
では次に、再認を通じて情報想起の支援に成功した例と、あまりうまくいかなかった例を見ていくことにする。
履歴と過去に閲覧したコンテンツ
最近訪問したページや、少し前に行った検索へのアクセスを提供することで、完了していないタスクや、再生するのが困難なタスクをユーザーが再開することを支援できる。GoogleやBingのような検索エンジンは、過去の履歴を提供することで、ユーザーが自分の検索履歴をたどれるようにしていることが多い。
Amazon(および他の多くのECサイト)は、ユーザーが最近アクセスした商品のリストを表示する。こうしたリストによって、ユーザーは数日前に始めた買い物を終わらせようと思い出すことができる。このリストは再認を促す。なぜなら、そのおかげで、ユーザーは過去に見た、関心のあった情報を思い出す必要もなければ、その商品の名前を再生する必要もなくなるからだ。
他にも、ユーザーがアプリやウェブサイトに情報を保存できるツール(お気に入り商品、ほしい物リスト、買い物リストなど)はすべて、再認を通じてコンテンツへのアクセスしやすさを助けるものである。
目に見える、直感的なクローム
コマンドラインインタフェースは再生が前提になっている。UNIXシステムで「myfile」というファイル名を変更したい場合は、「mv myfile yourfile」というコマンドを入力しなければならないが、「mv」がファイルを移動(または名前を変更)するコマンドであるということだけでなく、引数の正しい順序も再生できる必要がある。
直接操作やWYSIWYGが導入された際の意図は、これらのコマンドのいくつかを直感的な操作に置き換えて、ユーザーが何も再生しなくていいようにすることだった。また、ボタンやメニューベースのコマンド言語も開発されたが、そこでは、利用可能なコマンドがインタフェースに表示され、ユーザーはそれを選択すればよい。
ジェスチャーインタフェースも再生に大きく依存している。なぜなら、ユーザーはあるコンテキストで行えるジェスチャーを覚えておく必要があるからである。ヒントや段階的開示、ジェスチャーのための優れたシグニファイアはすべて、ジェスチャーの再生を容易にするための手がかりである。
多くのモバイルアプリは、アプリの使い方を説明するチュートリアルから始まる。ユーザーがその情報を記憶し、必要なときに思い出すことが前提となっているのである。しかし、現実はそうはならない。チュートリアルには多くの情報が記載されているが、それでの練習はあまりないし、ユーザーがチュートリアルの情報と実際のインタフェースの間の記憶の連合を確立するための時間はほとんどない。したがって、一般的なチュートリアルを表示する代わりに、ユーザーが閲覧しているページに合わせたコンテキストヒントを採用するとよい。コンテキストヒントがあれば、ユーザーはどのアクションをどのように行えばよいのかを再認することができる。
結論
記憶から情報を想起しやすいかどうかは、その情報に遭遇した頻度、その情報を使った時期、その情報と現在のコンテキストとの関連度合いによって決まる。(再生ではなく再認を用いるときに存在するような)豊かなコンテキストは、記憶の想起を容易にする。インタフェースが情報の再認を促せば、その情報が、ユーザーが以前に見たタスクや事柄に関するものであれ、インタフェースの機能に関するものであれ、彼らがそれを思い出す大きな助けとなることだろう。
参考文献
Eytan Adar, Jaime Teevan, and Susan T. Dumais. 2008. Large scale analysis of web revisitation patterns. In Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ’08). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, 1197–1206. https://doi.org/10.1145/1357054.1357241