再利用 vs. 最適化されたデザイン

印刷物とオンライン、あるいは、デスクトップとモバイルのような分化したメディア間でのコンテンツやデザインの再利用は、費用はかからないが品質を低下させる。上質なUXに必要なのは、プラットフォームとの緊密な統合である。

ユーザーエクスペリエンス戦略には2つの対立する流派がある:

  • 再利用派: 可能な限りデザイン数を減らして、できれば1つだけにし、同じ素材を可能な限り多くのプラットフォームで再利用する。
  • プラットフォーム最適化派: メインプラットフォームごとに異なるユーザーインタフェースをデザインし、ユーザーエクスペリエンスのレイヤーを可能な限り強固に統合する。

再利用はコスト面で非常に優れている。作業のほとんどを1度きりで終わらせるものだからである。しかし、その結果、ほとんどのプラットフォームではユーザーエクスペリンスが標準以下になってしまいがちだ。これはそのデザインが、当初、1つのプラットフォームに最適化され、その後、最低限の変更だけで別のプラットフォームに移植された場合に特に当てはまる。

17年以上、Alertboxというコラムを書いてきたが、再利用撲滅運動というのは繰り返し登場する重要テーマとなっている。初期の頃の問題は、印刷デザインのやり方を再利用しようとした冊子的ウェブサイトだった:

プラットフォームに最適化されたユーザーエクスペリエンス

Appleの歴史は、強固な統合デザインの最も有名な事例を提供してくれる:

  • Macintoshはマウス主導のソフトウェアを必要としたが、何年もカーソルキーを提供することすらしなかった。ソフトウェアベンダーがそれを簡単にDOS製品へ移植することを防ぐためである。
  • iPodiPhoneは、物理的機器、画面上のユーザーインタフェース、音楽やアプリをダウンロードするためのインフラを統合した(この関係においては、iTunesのアプリケーションは出来の悪い義姉妹であり、デザイナーを何人か雇えばよかったのにとは思う)。

対照的に、Microsoft Windowsはユーザーの嗜好に合わせるため、プラグアンドプレイ機器を付けて、さまざまなハードウェアシステムで機能する一般的能力を重視した。したがって、開発者はWindows機上で自分たちのアプリケーションがどんなハードウェアやサービスによってサポートされるか、まったくわからなかった。Windows 1はマウスなしでも使えるデザインですらあった。その結果、全体的なユーザーエクスペリエンスはMacintoshに比べて、かなり統合性に劣っていた。

Windows CEは再利用手法の特にひどい例である。デスクトップコンピューター上で非常によく機能するデザインを採用して、それをポケットサイズの機器に移植したからだ。結果、それはなさけないほど機能しなかった。

ここ10年間、Microsoftは混乱したユーザーエクスペリエンスという遺産と戦い続けており、最近の製品は大幅に進歩している。その一方、Windows 8はタッチスクリーンでの使用に最適化されすぎているとも思われ、主流であるデスクトップコンピューターではうまく機能しない可能性がある。またしても、複数プラットフォームでの単一デザインの再利用がいき過ぎてしまったのかもしれない。

iPhoneの登場以降、他の多くの電話会社が競合品を発売した。それらはハードウェアではタッチスクリーンを模倣していたが、提供するソフトウェアは、他のプラットフォームに最適化されたシステムを移植しただけの、統合性に乏しいものだった。

以下のビデオは2009年初めに実施したモバイルユーザーテストからのものである。そこではこのようなiPhoneの半クローン機を何台かテストした。ビデオでは、この気の毒なユーザーはデパートの最寄りの支店を探そうとして、店舗検索機能を利用しようとしてみている:


Touchscreen Dropdown Difficulties (vimeo.com)

(テスト参加者のプライバシ-保護と、このサイトを家族でも見られるようにしておくため、音声は消去した。しかし、そのユーザーがこのUIに対して否定的なコメントを発していたのは確かである)

携帯電話上で大きなタッチスクリーンを提供するだけでは不十分だったことがわかる。ソフトウェアのユーザーインタフェースもこのプラットフォームの特性に最適化する必要があったのである。

費用便益分析

プラットフォームに最適化されたユーザーインタフェースのメリットは明白である:

  1. ユーザビリティが向上する。
  2. ユーザーが目的を達成する可能性が上がる。
  3. コンバージョンレートが上がる。
  4. 利益が増える。

しかし、もちろん、最適化は再利用よりコストがかかる。したがって、問題は、このコストがユーザビリティの向上によって追加される利益より多いか少ないか、である。

(私がウェブサイトから「利益を出す」ことについて言うときには、eコマースサイトに限って話をしているわけではない。ROIの例は、例えば、最近、評価が上がったB2Bサイトにもまさに当てはまるし、低コストで寄付を集める非営利サイトミッションを遂行する政府サイトも同様である)

ほとんどの場合、費用便益分析では統合されたデザインのほうが評価が高い。例えば、デスクトップ用のウェブサイトをデザインするとき、PCユーザー用とMacユーザー用に異なるバージョンを創り出す必要はない。なぜならば、その2つのプラットフォームは現在では非常に似通っているからである。同様に、レスポンシブデザインやそれに関連したデザインを利用すれば、1つのサイトで19インチモニターを持っているユーザーにも24インチモニターを持っているユーザーにも対応することは可能である。前者はアバブ・ザ・フォールド(ファーストビュー)の情報がやや少なくなるだろうが。

こうした事例では、複数のデスクトップデザインをするほどには、デザインを個別に最適化するメリットはない。そして、同じことはモバイルでのiPhoneとAndroidの間にも当てはまる。

タブレットに関しては、iPad vs. Kindle Fireということで考えてみたい。我々の実施したユーザー調査によると、7インチ画面のKindle Fireのユーザビリティ上の必要条件は十分に違うものなので、(テストはしてないが、他の中型タブレット用のサイト及び)Fire用のサイトを別個にデザインすることはメリットがあると思われる。その一方、調査からわかったのは、一般的な携帯電話向けに最適化されたサイトは、Kindle Fireの画面で利用しても、そこそこ機能するということである。たいていの企業にとっては、通常のモバイルサイトを提供することと、Fireに最適化されたサイトを創り出すことによるコンバージョンレートの違いは極めて小さいだろう。

Kindle Fire用インタフェースを別個にデザインして維持することで追加される小さな利益のために、余分なコストをかける価値はあるだろうか。Amazon.comがその価値があると考えていることは確かだが、それは彼らが半人質状態にある自分のところのユーザーにそれが大量に売れると見込んでいるからである。しかし、圧倒的多数の企業にとって、この費用便益分析は別の結果になるだろう。つまり、モバイルサイトを再利用するほうがいいだろう。

ほとんどの企業がユーザーインタフェースを分けようとしないもう1つの例が、障害のあるユーザー向けの対応である。目の不自由なユーザーを完璧にサポートするには、聴覚メディアでのリニアな表示に最適化されたデザインが必要だ。視覚メディアで二次元表示に最適化されたデザインを読み上げるだけでは優れたユーザビリティを創り出すアクセシビリティが足りないからである。

実際のところ、目の不自由なユーザーは少数なので、彼らのためだけに優れたデザインをしても利益は出ない。障害のあるすべてのユーザーに対して完璧なサービスを提供するには、幅広い障害に各々最適化された異なったユーザーインタフェースがさらに大規模に必要になるだろう。それには気が遠くなるようなコストがかかるが、そこからの利益は極めて小さい。というのも、障害別にみたユーザー数というのは極めて少ないものになるからである。通常のウェブサイトをアクセシブルにするというよくあるやり方が、障害のあるユーザーに不利益をもたらし、障害のないユーザーに比べて、非生産的にして、成功率を下げてしまうのは間違いない。しかし、そうしたアクセシビリティ戦略を良いとは思わなくても、費用対効果の高い唯一の解決策であることは認めなければならない。したがって不本意ではあるがこのやり方を推奨したい。

印刷向けコンテンツのオンラインへの再利用という課題に戻ると、古くからある新聞や雑誌のほとんどはこのやり方を続けている。その結果、彼らはウェブ向けのライティングのためのガイドラインを利用してコンテンツを創り出しているサイトに比べて、インターネットでは成功していない。従来的な観点ではまったく優れているわけでも、詳細なわけでもないが、CNN.comやDrudge Report、Huffington Post、Craigslistのようなサイトのほうが新聞のサイトよりはるかに成功しているのである。

新聞は自分たちの印刷向けコンテンツを放棄し、ゼロからオンラインコンテンツを創り出すべきなのだろうか。そうすることによって、彼らのウェブサイトが改善されるのは間違いない。しかし、費用対効果は悪くなるだろう。既存の記事の再利用にはほとんどコストはかからないが、第二のニュース編集室を運営するには多大なコストがかかるからである。

レスポンシブデザイン: 高いモバイルユーザビリティを達成できるのか

携帯電話とデスクトップコンピューターではプラットフォームがあまりに異なるため、デザインを2つ創り出すことのメリットは大きい。さらに言うと、どちらのプラットフォームも裕福なユーザーを多数抱えているので、コンバージョンレートを最大化することによる利益は莫大なものになる可能性もある。

それでもなお、サイトを2つ作ることに真に費用対効果があるのか、それとも単一サイトにこだわるほうが利益があがるのか、という疑問は残る。

そのためには、まず、あなた方の組織の規模と、モバイルユーザーとデスクトップユーザーで行っているビジネスの規模を考える必要がある。企業の中には、規模が小さいため、高いコンバージョンレートをあげても、2つのデザインに値するだけの費用にならないところもあるだろう。また、モバイルユーザーだけ、あるいはデスクトップユーザーだけを狙ったサービスを提供しているため、逆のプラットフォームの数少ないユーザーによるコンバージョンレートが低くても、たいした損害にならないところもあるかもしれない。

あなた方の組織がモバイルとデスクトップのデザインを分けても利益があがるほど大きいとしても、モバイルサイト vs. フルサイトのコラムでコメントした人の中には、それにはコストがかかり過ぎるので、代わりにレスポンシブデザインにしたほうがよい、と主張した人もいた。

が、まず第一に、レスポンシブデザインはインタラクションデザインや、コーディング、実装を考えると、ただというわけではない。とはいえ、中には、そのほうが他の実装戦略より安くあがるサイトもあるだろう。よって、それがあなた方に当てはまるなら、その道を行けばよいのである。

しかし、最も重要なのは、レスポンシブデザインというのは、正しく行われればだが、プラットフォームごとに別のユーザーインタフェースを創り出すことを必要とする。結局のところ、デザインがそのユーザー固有のプラットフォームの機能に適合する(あるいは「反応する」)かどうかだからである。

私が見たレスポンシブデザインの事例のほとんどは、非常に原始的で、モバイルユースとデスクトップユースに必要な、十分に異なったユーザーインタフェースを創り出すまでには至っていない。画面の周辺部にある要素を動かしたり、特定のデザイン要素を拡大縮小したりしてレイアウトを修正するだけでは不十分だからである。このやり方が機能するのは、19インチモニターと24インチモニターに1つのデスクトップデザインを適合させたり、iPhoneとKindle Fireに対して1つのモバイルデザインを適合させたりするときだけである。

モバイルとデスクトップのデザインの違いはレイアウトの話だけにはとどまらない

  • なによりもまず、コンテンツを変えることが必要だ。小さな画面には簡潔でシンプルなライティングが必須である。コンテキストの欠如によって、テキストの理解度が下がるからである。
  • そう、Kindle等のタブレットで小説を読むことは可能である。しかし、それは主に、わかりやすい順序だった筋書きのシンプルなフィクションに向いている。小さな画面で、ハイレベルの認知処理を要するビジネス向けコンテンツ等のノンフィクションを読むのは、ずっと困難である。
  • テキスト以外のコンテンツのフォーマットもメディアに合わせてデザインされるべきである。例えば、ディテールを目立たせるための大きな画像とは異なり、小さな画像はトリミングして、拡大する必要がある。1枚の画像を与えられた画面サイズの空きを満たすため、拡大縮小し直すだけでは十分ではないのである(例としては、モバイル画面で、韓国のポップグループを表示する画像についての、4回のデザイン反復を参照)。
  • モバイル機器では二次的なコンテンツを次のページに先送りするようにIAを変更する。
  • 入力が指主導かマウス主導かによってインタラクションテクニックを変更する。
  • モバイルでは複雑さを減らし、小さな画面に適合させるために、機能を削減する。

コーディングを十分にしてあれば、こうした違いはレスポンシブデザインによって全部サポート可能である。しかし、実際には、1つのデザインで、違いの大きなプラットフォームすべてに対応すると、レスポンスが不足してしまうこともある。しかしながら、違いのすべてがよくわかったことと思うので、別個の2つのデザイン、というスタート地点に戻りたい。

プラットフォームに最適化するタイミング

ユーザビリティはコンバージョンレートを最大化するものだが、デザインは利益を最大化するものである。その結果、経営上の意志決定を慎重に行ったことで、純粋なユーザビリティの観点から見て、まるで望ましくないUIが生まれてしまうこともあるだろう。

1つのデザインを複数プラットフォームに再利用しても構わないのは以下の2つの場合である:

  • プラットフォーム同士が非常に似ているため、小さな焼き直しによって同一デザインを両方の場所で十分よく機能させられるとき。
  • 片方のプラットフォームからのビジネス価値をごくわずかしか期待していないとき、あるいは単に2つめのデザインを創り出す余裕がないとき。顧客に標準以下のユーザーエクスペリエンスを与えているとわかっている(そして、それに伴うコンバージョンレートの低下に耐えられる)限りは、ビジネス上の判断としてこうすることは、不愉快ではあるが、合理的である。

反対に、これら2つの場合にはプラットフォームごとに最適化されたデザインを別々に創り出すべきである:

  • プラットフォーム間の違いが大きく、異なるインタラクションテクニックや機能、IA、コンテンツが必要なとき。あるいはレスポンシブデザインではうまくいかないほど劇的にレイアウトが異なるとき。
  • コンバージョンレートを最大にしたいプラットフォームのユーザーによって、大規模なビジネスをしようと考えているとき。プラットフォーム同士が比較的似ていたとしても、賭けに勝ったときの見返りが大きいなら、ユーザーインタフェースは別にするのが賢い。

要素をいくつかあちこち動かす以外に何の修正もせず、3.5インチの画面と30インチの画面に最適なユーザーインタフェースが同じでよいと考えるのはまったく常識に反している。インタラクティブなプラットフォームの多様性が必要とするのは、多様なインタラクションデザインなのである。