意思決定ワークフローからスラッジを取り除く

意思決定ワークフローをシンプルにすることで、ユーザーが満足できる選択を可能にし、満足度と顧客維持率を向上させよう。

最近、スラッジについて考えることが多い。スラッジとは、古いパイプに徐々に蓄積し、最終的には物の流れを完全に止めてしまう汚泥のことだ。不適切にデザインされた意思決定ワークフローは、スラッジが詰まってしまったパイプによく似ている。つまり、流れが滞り、混乱を招き、ユーザーにとって負担となる。

ナッジ創出やめ、スラッジの削減から始めよう

我々の新しいレポート『Helping Users Make Decisions: Reduce Choice Overload and Avoid Overwhelming Users』では、ユーザーを苦しめるスラッジだらけの意思決定ワークフローを整理することに焦点を当てている。

パイプ内に蓄積するスラッジは、複雑で混乱を招く意思決定フローに似たところがある。

ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者Richard Thalerは、ナッジ理論で有名である。この理論は、非強制的で小さな介入を通じて、人々が最も有益な選択肢を選べるようにし、彼らの選択の自由を損なうことなく、より良い決断をさりげなく支援する方法を説明したものである。

選択アーキテクチャにおいて次に注目される領域について尋ねられたThalerは、ナッジの限界と、焦点を当てるべきと思われる分野について、以下のような知見を示した:

”ナッジの創出からスラッジの削減、つまり、良い決断を困難にしている障壁の除去にシフトしたほうが生産的かもしれない。”
-Richard Thaler

言い換えると、選択をデザインする人(いわゆる選択アーキテクト)は、意思決定者に特定の「良い」選択をさせるよう、ナッジを試みるかもしれないが、こうした取り組みの効果はごくわずかにすぎないということだ。ユーザーは以下のような理由から、最終的には自分の好きなように行動するからである:

  • 何を選ぶかをすでに決めている
  • 以前に選んだことのあるものを選ぶことにしている
  • 選択肢がわかりにくく、完全には理解できない
  • 提示された情報のすべてには注意を払っていない

どんなに優れたデザインでも、その組織が望む行動をすべてのユーザーに取らせることは不可能だ。実際、ユーザーの選択を操作しようとする試みは、単に欺瞞的な行為に陥ってしまうことが多い。

ユーザーを説得して「購読してください! 購入してください! 寄付してください!」とこちらが望む行動を取らせようとすることに力を注ぐのではなく、ユーザーがすでに望んでいること、すなわち、彼らが満足できる選択を効率的に行えるよう支援することに重点を置くべきだろう。これが「スラッジを減らす」という意味である。シンプルな意思決定ワークフローは、組織に非常に大きな利益をもたらす。それは以下のような結果につながると考えられるからだ:

  • ユーザー満足度の向上:ユーザージャーニーにおける最大の難関に、意思決定の瞬間がある。特にその決断が複雑であったり、高いリスクを伴う場合はなおさらだ。
  • 顧客維持率の向上:あなたのプロダクトでは意思決定がしやすかった場合、ユーザーは同じ決定を再び行う必要が生じた際に、あなたのところに戻ってくる可能性が高い
  • カスタマーサポートの必要性の低下:ユーザーが最初から満足のいく選択を行えれば、混乱やフラストレーションを感じて問い合わせをする可能性は低くなる
  • 返金や返品の減少:ユーザーが返金を求める主な理由の1つは、購入時に自信をもって満足できる意思決定を行えなかったからである。

ここでいう「決断」とはどのような種類のものか

すべてである。デジタルプロダクトが日々の意思決定に果たす役割はますます増えている。業界が何であれ、あなたがデザインするインタフェースやエクスペリエンスの少なくとも一部には、ユーザーに選択を提示する状況が存在するはずだ。

以下にさまざまな業界における例を挙げる:

  • SaaSツール:契約プランの選択やプリファレンスの設定
  • eコマース/小売:商品の色やサイズ、品質ランクの選択、配送方法の指定
  • 金融:口座の種類の選択や投資商品の選定
  • 医療:治療プランや医療機関の選定
  • 教育:コースや学習進路の選択
  • エンターテイメント:視聴するコンテンツや聴く音楽の選択
  • 旅行・観光サービス:航空便の選択や移動ルートの選定

必須の決断と必須でない決断

決断には、必須で避けられないものもあれば、必須ではなく、ユーザーが選択そのものを完全に放棄できるものもある。いずれの場合も、適切な選択アーキテクチャを構築することで、ユーザーと組織の双方に利益をもたらすことができる。

必須の決断必須でない決断
大学生の次の学期のコースの選択潜在顧客のオンラインでの洋服ショッピング
選択アーキテクチャが適切ユーザー:コース同士を区別しやすいため、最も有益なコースを選択でき、安心し、満足する。
組織:混乱した学生を支援する時間が減り、満足度の高い学習者が増える。
ユーザー:すぐに商品を最適な選択肢として認識できるため、購入に自信が持てる。
組織:購入量が増え、返品が減り、購入ジャーニーでの満足度が向上する。
選択アーキテクチャが不適切ユーザー:どのコースを受講すべきかよくわからず、教授や学科に不満を感じる。
組織:学生の混乱を解消したり、直前にコーススケジュールを調整したりするのに膨大な時間がかかる。
ユーザー:選択肢の中に違いがわからないものがあり、自分の選択が正しかったのか疑問に思う。あるいは選択そのものを完全に諦めてしまう。
組織:高い離脱率や大量の返品に直面する。

選択アーキテクチャをシンプルにする方法

これは容易なことではなく、意思決定者の状況その決断がどれだけ複雑かを理解することから始める必要がある。たとえば、あなたのユーザーが直面する決断について、次の質問に答えてみてほしい:

  • ユーザーは、この種の意思決定を過去にどれほど経験しているか。
  • この決断は、彼らの生活にどの程度の影響を与えるか。
  • ユーザーは、通常何種類の選択肢を比較しようとするか。
  • ユーザーは、提供されている選択肢同士をどれほど容易に区別できるか。

こうした点を深く理解すればするほど、その決断の難易度を予測して、その理由を説明できる。この知識があれば、さまざまなUX戦略や、計算ツール、クイズ比較表、レコメンドシステムといったツール(これらの詳細はレポートで説明)を活用して、スラッジを取り除き、ユーザーが満足できる意思決定を容易に行えるよう支援することができるだろう。

さらに詳しい情報と提言を得るには

ユーザーが意思決定をどのようにとらえているのかを詳しく知りたい、またデザインに特化した提言を得たいのであれば、我々のレポートHelping Users Make Decisions: Reduce Choice Overload and Avoid Overwhelming Users』を参照してほしい。このレポートでは、ユーザーの意思決定の難易度を予測し、インタフェースのデザインパターンを適用して、意思決定をシンプルにするフレームワークを提示している。

このレポートで紹介されているフレームワークと提言は、意思決定や選択時の負担に関する基礎的な学術文献と、デジタルプロダクトに関するユーザーの意思決定方法に関する弊社主催の一次調査から策定されたものである。

参考文献

Thaler, R. 2021. What’s next for nudging and choice architecture? Organizational Behavior and Human Decision Processes. 163, (2021), 4-5. DOI: https://doi.org/10.1016/j.obhdp.2020.04.003. Available at: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0749597820303204.