UXデザインにおける自律性・関係性・有能性
製品でこの3つの基本的な心理的欲求に応えることで、ユーザーのモチベーションと幸福感が高まる。その結果、デザインに対するユーザーの関心も高まり、デザインをより利用してもらえるようになるだろう。
Nielsen Norman Groupでは、ユーザーは怠惰なのではなく、効率的であると言いたいと思っている。Webサイトやアプリの利用を含め、ユーザーが行うことはすべて、ある程度のエネルギーと集中力を必要とする。人はエネルギーや時間を無限に持っているわけではないので、自分が最もやろうと思うことだけをやることで効率を維持しているのである。しかし、ユーザーは、それをやる必要があるからやろうとすることもあれば、やりたいからやることもある。
心理学者のRichard RyanとEdward Deciは、人間の動機づけを深く研究し、自己決定理論と呼ばれる動機づけの理論を構築した。その理論によると、すべての人間には3つの基本的な心理的欲求があり、そうした欲求によって時間とエネルギーの使い方が決まるという:
- 自律性の欲求
- 関係性の欲求
- 有能性の欲求
人はこの3つの欲求を満たせることであれば、何でもしようとする傾向があることがわかっている。また、これらの欲求が満たされると、精神的に大きく充足する。これらの欲求は相互に関連しているため、このうちのいずれか、あるいはすべての欲求を満たすのに役立つものであればほとんど何でも、何らかの効果を発揮する可能性がある。これらの欲求をより満たせるものであればあるほど、強い動機づけになるし、幸福感も得られる。この記事では、この人間の3つの欲求をそれぞれ順番に見ていき、優れたUXデザインによってどのように対応すれば、ユーザーを効果的に動機づけすることができるのかを考えてみたい。
3つの基本的な心理的欲求
自律性
人は自律性が確保できていると、自分の優先順位や価値観に沿った選択をすることができ、他人が決めたやり方でやるように強制されずに済む。たとえば、なぜたいていの人は、週末を楽しみにしているのか。それは、平日の間はずっと、時間の使い方に関する自律性に制限があるからだ。我々は、起床し、学校や職場に行き、会議に出席し、締め切りを守り、誰かが決めたやり方で仕事をしなければならないからである。しかし、週末は、時間の使い方を自由に決めることができる。すなわち、我々は、週末にはより多くの自律性を確保できるのである。
関係性
他者と関わり合うというのは、意味のある一貫した方法で他者に理解され、支持されていると感じることを意味する。人は本質的に社会的な生き物だ。つまり、性格が内向的であろうと外向的であろうと、あるいはその中間であろうと、他者と有意義に交流することで健全に成長することができる。新しい仕事に就いた人のことについて考えてみよう。最初は、毎日仕事に行くことにストレスを感じるだろう。なぜならば、そこには自分とつながりを感じられる人が誰もいないからだ。しかし、職場の人たちと知り合いになり、そこでの人間関係が深くなっていくにつれて、同僚と交流するようになり、職場にいることが楽しくなってくる。それは彼らの仕事が関係性の欲求を満たしてくれるようになったからである。
有能性
人々は無能であると感じるのが好きではない。有能性とは、タスクに取り組むときに効率よく成功できることを意味する。初めてスキーに行く人は、用具の扱いに苦労し、何度も転び、体が冷えてしまって、周りの経験豊富なスキーヤーを見るたびに挫折感を味わうだろう。そして、もう一度スキーに行かないかと誘われても、躊躇するかもしれない。うまくできると思えないからだ。この人は、十分な時間をかけ、技術を身につけて初めて、スキーを楽しむのに十分な有能性を獲得できるのである。
なぜUXデザインにおいて人間の3つの欲求を気にする必要があるのか
ユーザーがあなた方の製品を使うのは、その「必要がある」からなのと、そう「したい」からなのではどちらがいいだろうか。
人の基本的な欲求に応えるデザインは、快適で使いやすい。こうした品質が、ユーザーが製品やサービスを使い続けようという動機になるのである。我々はよくこうしたエクスペリエンスを深い喜びと呼んでいる。ユーザーが実行する必要のあるタスクの種類を常に変更できるわけではない業界もあるが(製造業や官公庁のタスクなど)、自律性や関係性、有能性を考慮してデザインすることで、そうしたタスクを実行するときのユーザーのエクスペリエンスを向上させることは可能だ。
これらの欲求のいくつかについては、別の記事で詳しく説明することにしている。この記事では、いくつかのデザインを詳しく調べて、そうしたデザインが人間の3つの基本的な欲求のそれぞれを満たしているかどうかを分析する。
自律性
デザインに自律性を取り入れると、ユーザーが主導権を持てるようになる(主導権は、10のユーザビリティヒューリスティックスの1つである)。
インタフェースの使い方をユーザーが選択できるようにすると、彼らはそのエクスペリエンスを自分のものと感じられるようになり、その結果、自分の時間とエネルギーを投資した分、その製品に対して大きな価値を個人的に見出せるようになることが多い。自律性は、ユーザーがアプリの設定をできるようにしたり、カスタマイズされた色を選択できたり、コンテンツを自分のペースで表示したりできるようにするといった、シンプルなことで実現できる場合もある。
ゲーム化されたエクスペリエンスでは、デザインに自律性を取り入れていることがよくある。適切にデザインされたゲーミフィケーションは、そのエクスペリエンスでたどる経路をユーザーが多かれ少なかれ自由に選択できるようにしている。たとえば、Duolingo(語学学習アプリ)とMimo(コーディング学習アプリ)は、どのコンテンツとやり取りし、いつ他のレベルに進むかを、ユーザーが自由に選択できるようにしている。
あらかじめ決められた方法を強制するデザインは、ユーザーの自律性を不必要に制限する。
Justanswer.com(訳注:個別に専門家に相談できるサイト)では、ユーザーは、チャット機能に情報を入力することを求められ、それ以外にコンテンツにアクセスする手段がない。このデザインは、弁護士事務所で依頼者が経験するエクスペリエンスを反映したものではあるが、ユーザーはあらかじめ決められたやり方でサイトとインタラクストするしかない(また、ユーザーがテキスト入力機能しか使えないようにすることも我々は推奨していない)。このサイトは、カテゴリーやよくある相談、あるいはFAQページを表示することによって、このKansas Lawの提供するものについて知ることができる方法をさらに提供できたはずだ。
関係性
人は、他の人が自分と見方が同じだったり、自分の状況を理解してくれていると感じるとうれしくなるものだ。とはいえ、ユーザーがさまざまなタイミングでどのように感じているか、そしてユーザーに関係がある製品をどのように構築するかを見出すのは難しい課題だ。ほとんどの場合、関係性は長い時間をかけて形成されるし、さまざまな小さなインタラクションの影響を受けるからだ。ユーザーとの関係を強化する機会を発見する最も一般的な方法は、ユーザーインタビューや日記調査などの従来からあるUX調査手法だ。また、こうした関係性に対するユーザーの欲求を満たす機会は、カスタマージャーニーマップで表現できることが多い。
デザイナーがユーザーのニーズを理解していることを示す方法の1つが、最も役に立つ関係性の高いコンテンツとしてユーザーが確実に感じるものだけにメッセージを限定することだ。タイミングの良いシンプルで役に立つ内容のメッセージほど、自分は理解されているとユーザーに確信させるものはないからだ。システムが、効果的なメッセージの間に、無関係で役に立たない内容のメッセージを送信しないことにすれば、特にそう思ってもらえるだろう。
親しいと思っていた人から名前を間違われると、そこからなかなか立ち直れないものだ。同様に、組織がユーザーの現在の状況を理解していない(あるいは気にかけていない)ことをあからさまに示してしまうと、それを挽回することは難しい。
Peel(:スマホケースのブランド)は、新しいスマホケースを購入した直後に、週に4回も宣伝メールを送ってきて、さらにスマホケースを売りつけようとしたのだ! これらのメッセージは、ユーザーのニーズを理解していないということを示すものである。
ユーザーは、その企業や組織を信頼することができると感じると、そのサイトを今後も閲覧してくれる可能性が高い。信頼性についての判断は、Webサイトの閲覧やモバイルアプリケーションの利用、メッセージの受信をしながら行われる。ユーザーそれぞれのニーズを理解していると感じてもらえるようにすれば、共感を示せるし、組織に対する彼らの親近感を強めることも可能だろう。
ユーザーの関係性への欲求を満たすもう1つの方法が、個人間のコミュニケーションを促進すること、すなわち、ユーザー同士でつながりを持てるようにすることだ。この種の関係性を最も実現しやすいのは通信機器製造業界であるが、ユーザーがコンテンツを他のユーザーと共有しやすくしたり、ワークフローに取り込んだりできるようにするだけでも、このことは達成することができる。
有能性
デザイナーとして、我々は役に立つ機能やサービスをできるだけ多く製品の中に作り出したいと考えている。可能な限り効果的なデザインを作り出すことが我々の仕事であるが、そうした機能をユーザーが使いこなせるようにしておかなければ、多くの機能が使われなくなる可能性もある。システムは適切に使ってもらってこそ、高い満足度や安全性、効率性など、さまざまな肯定的な結果が得られるのである。
そうは言っても、シンプルなモバイルアプリケーションのような製品では、チュートリアルやオンボーディングが、ユーザーが製品を使いこなせるようになるために、必ずしも効率的であるとは限らない。マニュアルを読むという行為は、インタラクションコストが高く、認知的緊張をもたらすので、アプリケーションを利用する前からそれをユーザーに期待することはできないからだ。
ユーザーが何をしたらいいかわからない状況に陥ったときには、その場で参考になるツールチップやオーバーレイを導入するほうがはるかに効果的なことが多い(つまり、プッシュ型表示よりもプル型表示を優先するほうがよい)。こうした支援の仕方が最近のデザインの多くで一般的になってきているが、誤用されている事例も依然としてよく目にする。絶対に覚えておかなければならないのは、すべてのオリエンテーション方法の最終的な成功の指標は、ユーザーがさらにうまく製品を使うことができるようになることを効率的に支援できるかどうかだ。ユーザーテストで、オリエンテーションの方法による効果に大きな違いがないことが明らかになった場合は、説明書の作成のためではなく、デザインそのものの改善に時間と労力を割くべきだろう。
すぐに使いこなせるようになれるシステムこそが非常にユーザブルなシステムだからだ。
複雑なデザインが効率的なタスク遂行の助けにならないと、ユーザーは非常にイライラして、落胆するものだ。その製品をうまく使いこなそうと、彼らは他の場所(インターネット検索やサードパーティによる動画チュートリアルなど)に助けを求めて、かなりの時間を無駄にしてしまうこともある。これは複雑なアプリケーションの領域では特にそうだ。
3つの欲求は競合することもある
場合によっては、自律性と関係性、さらに有能性を1つのインタフェースやデザインに収めるのが難しいこともある。こうした競合の例に、ウィザードの利用がある。確かに、ウィザードを利用すると、複雑な情報を大量に入力したり複雑な分岐処理を行う必要があるユーザーは、自分の処理能力を大幅に向上させることができる。しかし、ウィザードは、当然のことながら自律性を制限する。そこでは、システムに主導権が渡され、ユーザーは主導権を失うからである。
このような場合、潜在的なユーザーにデザインをテストしてもらい、3つの欲求のうちのどれを優先すべきなのかを判断することが重要だ。TurboTaxの事例のように、タスクを効率よく処理するために自律性を放棄するほうが有益なのか、それとももう少し複雑な操作を頑張ってもらって自律性を維持するほうがよいのか、ということだ。
3つの欲求のすべてに対応
ここで、3つの基本的な欲求をすべて満たすことができた2つの業界のやり方を簡潔に紹介するのは意味があることだろう。例に挙げるのは、オープンワールドゲームとコラボレーションデザインツールの2種類である。
オープンワールドゲーム
Minecraftなどのオープンワールドゲームは、以下のようなやり方で3つの欲求を満たしている:
- 自律性:ユーザーは、ほぼ自由に歩き回り、好きなように探索することができる。このようなオープンな環境での選択にエネルギーを費やすことで、ユーザーはカスタマイズした自分の世界と強力につながるようになる。
- 関係性:ユーザーは同じ世界の他のユーザーと一緒に遊んだり、共同で建物を立てたり、楽しんだりすることができる。多くの場合、リアルタイムの通話やチャットがサポートされ、より豊かなコミュニケーションができるようになっている。
- 有能性:こうしたゲームは、すぐ習得できることが多い。また、適切にデザインされていれば、エキスパートユーザーが隠されたショートカットや仕組みを発見して、さらにゲームプレイを効率化できるようにもなっている。
コラボレーションデザインツール
Figmaのようなコラボレーションデザインツールは、オープンワールドゲームとは好対照をなす。というのも、ドメイン固有の生産ツールでありながら、3つの基本的な欲求を以下のように満たしているからだ:
- 自律性:ユーザーは、ツールに用意されたリソースを使って、異なるデザインを実質的に無制限に作成することができる。利用できるアイコンや図形などの数の制限も、そして、ほとんどの場合、記憶容量の制限についても、気にする必要はない。
- 関係性:何人もの同僚とスムーズにデザインを共有できるだけでなく、お互いの作業をサポートする形で同じデザインに同時に取り組むこともできる。
- 有能性:この種のツールは、ドロップダウンメニューのキーボードコマンド、新機能のチュートリアル、質問やヘルプのための活発なフォーラムなど、多数の役立つガイダンスが提供されていることが多い(このようなフォーラムは、関係性の欲求を満たすことにも役立つ)。
結論
現在人気のあるデジタル製品をよく観察すると、これらの製品が自律性・関係性・有能性という人々の欲求にどのように対応しているかがわかるのはほぼ間違いない。こうした欲求に対する取り組みの仕方は、一般的に業界や中心的なユーザータスクによって異なるように見える。しかし、人間は誰でもこの3つの欲求を持っていて、それを満たしてくれる製品であれば、業界を問わず、より意欲的に使おうという気持ちになることは間違いない。
すべてのデザインにおいて、自律性・関係性・有能性を考慮することが重要なのである。なぜなら:
- その結果、ユーザーは製品を使ってみようという気持ちがさらに高まり、そのエクスペリエンスを楽しむことができるようになる。
- 我々にはユーザーの幸福と満足度を高めるデザインを創造する義務がある。
参考文献
Edward L. Deci and Richard M. Ryan. 2012. The Oxford Handbook of Human Motivation (1st ed.). Oxford University Press, Oxford, UK.