「人と社会の『うれしさの循環』を目指して」
東芝のUXデザイン

HCD-Net認定人間中心設計専門家の声: 株式会社東芝 深谷美登里さん・加藤善裕さん

毎年恒例、HCD-Net認定人間中心設計専門家へのインタビュー。2015年は、東芝でUXへの取り組みを進めていらっしゃる、深谷さんと加藤さんに、東芝のUXデザインについて伺いました。

  • 羽山祥樹
  • 2015年12月16日

今回、東芝のUXデザインについて伺った、株式会社東芝 デザインセンター デザイン統括部の、深谷美登里さんと加藤善裕さん

株式会社東芝では、ユーザーエクスペリエンス(以下UX)への取り組みを進められています。その範囲は、製品にとどまらず、サービスや事業開発にも活かされています。今回は、株式会社東芝 デザインセンター デザイン統括部の、深谷美登里さんと加藤善裕さん(ともにHCD-Net認定 人間中心設計専門家)に、東芝のUXデザインについて伺いました。

――東芝は、UXデザインに積極的に取り組んでいる印象があります。

深谷: 東芝のUXデザインの特長は、統一したコンセプトを「うれしさの循環」としていることです。それを「あなたがうれしい、みんながうれしい、社会がうれしい」と表現しています。

東芝の製品やサービスを体験した人はうれしくなる。そうすると、その周りにいる人、たとえば、家庭だったら、家族もうれしくなる。それが広がると、社会の全体にうれしさが波及するという循環。そんな姿を目指しています。

東芝のデザインは「うれしさの循環」を実現する
東芝のデザインは「うれしさの循環」を実現する

――「うれしい」という言葉がすてきですね。

加藤: デザインセンターとして、マインドセットを掲げたい、という想いがあり「うれしさの循環」をコンセプトとして定めました。

東芝は、グループスローガンを「人と、地球の、明日のために。」としています。

東芝の創業者には、「人々を喜ばせたい、人々のために何かのモノを作り出したい」との想いがありました。「他者を喜ばせたい」DNAが、東芝では受け継がれているのです。それを「うれしい」という言葉で表現しています。

東芝のビジネス領域は、半導体や家電から、発電所のような社会インフラまで広がっています。「循環」としたのは、ひとつの製品で閉じるのではなく、そこから体験が広がって社会全体をより良くしたい、との想いがあるからです。

――経営理念と会社全体のデザイン戦略がしっかりつながっているのですね。

加藤: それを実現する具体的なアプローチとして、「東芝デザイン手法」を社内に提案しています。

デザインプロセスの最初のステップは、「社会と未来を考える」ことです。さきほどの「うれしさの循環」を出発点とします。

――「うれしさの循環」をデザインプロセスの最初に持ってきたのはなぜですか。

加藤: 理由のひとつは、東芝の仕事には社会インフラが多いから、です。システムや製品ができあがるのは、3年後、5年後となります。だから、中長期の目線が要ります。

デザインプロセスのはじめで、「将来、社会はどうなっていって、そこで自社は何をミッションとして、何を実現したいのか」をまず考える。その目的にむけて、今の姿やあるべき姿を描きましょう、と提案しています。

未来を考えて、将来はこうなるから、社会全体で「うれしさの循環」を実現するために今どうするか、と取り組まなければいけません。だから、デザインの最初に、未来を考える。これが、東芝ならではのデザインプロセスとして、必要なのです。

――UXデザインの具体的な事例にはどのようなものがありますか。

深谷: たとえば、鉄道の輸送計画を立てるシステムがあります。去年のグッドデザイン賞でグッドデザイン・ベスト100に選ばれ「未来づくりデザイン賞」を受賞したものです。

輸送計画ICTソリューションSaaS TrueLine®

日本の鉄道は、時間の正確さや運行密度を世界に誇っています。それは、とても複雑な運行ダイヤになります。そのダイヤグラムを組むために、大手の鉄道会社様は、独自のシステムを開発し利用しています。

しかし、中小規模の鉄道会社様では、手描きやExcelで作図しています。途方もない時間と手間をかけて検討しているのです。しかも、熟練が必要です。ダイヤグラムの線を引く人たちを「スジ屋」と呼びます。ですが、彼らの本来の仕事は、人々がより安全に効率よく鉄道を使うためのダイヤを考えることです。線を引くことではありません。

そこで、「スジ屋」のためのシステムの設計に、ユーザーの行動観察をして鉄道会社様の職員のペルソナを設定しました。

そうしてわかったのは、「スジ屋」という方々は、鉄道が大好きな、鉄道ファンであることです。そのようなユーザーのために、鉄道への誇りや愛着を感じられるシステムを考えました。

たとえば、どんな車両を走らせるかを検討する画面では、鉄道模型をつなげるような操作で、輸送能力を検討できるようにしました。また、運行ダイヤに車両を割り当てる作業では、駅を表す凹凸をパズルのように嵌めていくだけで済むインターフェースにしました。この凹凸は「切符の切り欠き」をモチーフにしました。

TrueLineの、切符の切り欠きをモチーフとしたGUI
TrueLineの、切符の切り欠きをモチーフとしたGUI

加藤: 病院の事例もあります。重粒子線照射システムといって、重粒子、原子力事業で培われた技術を使って、ガンにピンポイントで重粒子線を当て、ガン細胞だけを死滅させるものです。高度先進医療として、大学病院などに導入されているものです。

この重粒子線照射システムは、その機器だけではなく、病院の機器を設置する場所全体をデザインしました。

病院の患者様は、ガンということで不安な気持ちでいます。その人が待合室でどんな気持ちになるかを考え、だからこういうサービスをしましょうとか、こういう動線にしましょう、と設計をしました。また、予約システムもデザインの対象です。患者様をお待たせすることがないようにしたいとの観点と、病院のスタッフもよりスムーズにとの観点から、双方の体験を考えて、バックエンドのシステムまで設計しました。

――東芝のUXデザイン全体について伺ってきました。ここから、おふたりのご業務について伺いたいと思います。

株式会社東芝 デザインセンター デザイン統括部の深谷美登里さん

深谷: 東芝には、多くの部門があり、グループ会社も多岐にわたります。そこで私は、UXデザインを社内に普及するための教育を主に担当しています。

よく「モノ」に加えて「コト」が重要だ、と言いますが、それはわかっていても、目の前の仕事があって、なかなか新しい考え方を取り入れる余裕がなかったりします。それでも「新しいプロセスに取り組みたい」いうニーズをもつ部門が、たくさんあります。

「UXデザインに興味があるけれど、どうしたらいいか」と相談をいただいた部門に対して、UXデザインの紹介や、ワークショップ、座学の教育をしています。出席者は、15人、20人といった人数になることもあります。設計部門だったり、システム系だったり、ハードウェアの部署や海外の事業所だったりします。

――UXデザインを事業部門へ教育していくのはなぜですか。

深谷: 東芝としては、「うれしさの循環」が実現するUXデザインを、家電でもシステムでも社会インフラでもやっていかなければいけません。

東芝の製品やサービスにより、お客様のより良い体験を実現する、そのためのUXデザインを事業部門の中でより多く実践できるようにする、これが最終目標です。

――なるほど。それでは、加藤さんのお仕事もお伺いできますか。

株式会社東芝 デザインセンター デザイン統括部の加藤善裕さん

加藤: 私は、「東芝ならではのデザイン手法は何なのか」を研究しています。

いわゆるUXデザイン、人間中心設計のプロセスを、そのまま現場に適用しようとしてもなかなか難しいことがあります。

自社の仕事の流れにあわせて、UXデザインのエッセンスは残して、かたちを調整する必要があるのです。

わかりやすい例をあげると、東芝は社会インフラに力を入れています。そのような案件では、法律による制約や簡単には入れないような場所があって、なかなか実際の現場に行くことができないことがあります。そのような状況でも、利用状況の把握や顧客理解を担保するアプローチを考える。

自社の案件に何か傾向があるようなら、それに応じた適切なプロセス・手法を用意する。自社で実践するときに効果が上がるプロセスは何か、を考えています。

――おふたりが今後の活動として考えているものがあれば教えてください。

加藤: 東芝のUXデザインについて、より積極的に、外部に発信していきたいです。

当社は、まだ「UXデザイン」という言葉がない時代から、人間中心設計の取り組みをしてきました。長い蓄積があります。ただ、これまではその情報を、お客様や世の中に発信することはあまりしてきませんでした。

他社では、積極的に発信して、それをビジネスの強みにされているところもあります。当社も、積極的に発信して、お客様や世の中に伝えていきたいです。

深谷: 東芝のデザインセンターは、これからもUXデザインに取り組んでいきます。その活動のひとつひとつに、人間中心設計のスキルが役に立ちます。

だから、もっと人間中心設計の専門家を増やさなければと思います。今、デザインセンターに、5人の「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」がいますが、もっと増やしたい。UXデザインを実践して、事業部門をリードできる人材をどんどん増やしていきたいですね。

――ありがとうございました。

取材・文・写真:羽山祥樹(HCD-Net)

※文中に記載されている所属・肩書は、取材当時のものです。

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資格認定制度について
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12月16日17:30変更:TrueLineの、切符の切り欠きをモチーフとしたGUIの図を追加しました。