「最大15時間のデータチェックを数分で」
UXデザインが生んだ、ラクスルの新たな価値

毎年恒例、HCD-Net認定人間中心設計専門家へのインタビュー。2018年は、印刷通販業界をリードするラクスルの中村隆俊さんに、ユーザー中心のサービス設計の方法についてお聞きしました。

競争の激化する印刷通販の業界で、UXデザインの力で差別化をしている会社があります。印刷・広告・物流のシェアリングプラットフォームを運営するラクスル株式会社です。

デザインスプリントなど、UXデザインの手法をフルに使いこなし、ユーザー中心のサービス設計をすることで、優位性を生み出しています。その方法について、ラクスルの中村隆俊さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)に聞きました。(聞き手:HCD-Net 羽山祥樹)

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中村隆俊さん(最左)

印刷まで最大15時間かかっていた入稿データのチェックを自動化し、アップした瞬間に確認できるように

――中村さんが取り組んだプロジェクトには、どのようなものがあるのでしょうか。

ラクスルは印刷、広告、それから物流と、3つの大きな事業部があります。その印刷サービスの、UXデザインをしています。

印刷通販というのは、競争の激しい業界です。どんどん差別化を図っていかないといけない。われわれが着目しているのは、ユーザー体験です。他社がまねできないような体験を、ユーザーに提供する。

印刷通販のサービスでは、ユーザーに印刷データをアップロードしてもらったら、データに問題がないかどうか、かならず、われわれはチェックしないといけない。問題ないことが確認できたら、はじめて印刷工場にデータが渡る。そして印刷されて、ユーザーに届く、という流れになっています。

そのデータチェックのために、社内にDTPオペレーターを抱えています。ユーザーがアップロードしたデータを、DTPオペレーターがひとつひとつ開いて確認して、データに問題がないかどうかというのをチェックする。それから、問題ない、という連絡を、ユーザーにします。

それで、ユーザーがメールを見て、合意の返信をして、それで工場での印刷工程がスタートする。

このデータチェックの工程が、印刷を早くするうえで、ボトルネックになっていました。確認したうえで、ユーザーの連絡を待たないといけないですから。アップロードから実際にデータが印刷工場に回るまで、長い場合は約15時間ほどかかっていたんです。

そこで、データチェックを自動化するプロジェクトが立ち上がりました

ユーザーのゴールは「印刷」ではなく、ビジネスの課題を解決すること

――プロジェクトはどのように進めていったのですか。

まずはユーザーの課題を見つめ直しました。ユーザーは誰か、彼らの課題はそもそも何か。

プロジェクトメンバーを全員集めて、ワークショップをして、ユーザー像を明確にするところからはじめました。そして、大きく3タイプのユーザーがいるという共通認識を持ちペルソナを設定しました。

次に、設定したユーザーにどんどんインタビューしました。実際に、ペルソナに近しいユーザーに、ひたすらインタビューして、ユーザーがラクスルを使うなかで、課題は何か、いろいろ調べました。

ユーザーのゴールは、例えば不動産業の営業なら「契約を取る」ことなんです。「契約を取る」までの流れのなかで、印刷物を使っている。物件の情報、新しい情報をなるべく早く刷って、集合住宅に配っていく、ということをしている。

では、今、ラクスルを使うなかで困っていることはありますか、というと、みんな、声をそろえて「欲しいタイミングで届くか届かないかが、よくわからない」と言う。

欲しい日になぜ届いていないのか、深掘りしていくと、データチェックの工程に行き着きました。

データチェックでは、データをアップロードしたあとに、ユーザー側に待ち時間が発生します。体感的に数時間かかる。

そうすると、ユーザーは、いったん席を離れるわけです。営業であれば、外に出かける。パソコンから離れてしまう。メールできてもすぐにチェックできない。そうすると、印刷データの確定ができない。そのうちに、翌朝になってしまって、チラシが届くのが遅れてしまう。

ユーザーのゴールである「契約を取る」という意味で、チラシがまけない、というのは、ダメージが大きいことも、よくわかりました。不動産だけなくて、保険会社でも同様でした。必要になる期日までが短い中でキャンペーンを打ちたいのに、欲しいときに配れないとか、イベントで配りたいのに、イベントまでに届かない。

印刷は、ユーザーにとっては、仕事道具のひとつ、ツールのひとつなんです。ツールを使って何かをする、その先の目的がある。

それで、データチェックの工程を解決すべきだ、というところに、プロジェクトをフォーカスしました。データチェックを自動化しよう、と。

課題解決するソリューション。DTPオペレーターによる目視チェックでは15時間かかっていたものが、全自動チェックによって数分まで短縮された。

「デザインスタジオ」と「デザインスプリント」で早期に検証を回す

まず「デザインスタジオ」というワークショップをしました。デザイナー、エンジニア、ビジネス部門が全員集まって、ユーザーのタスクや、自動化をするために必要な機能を一気に洗い出したうえで、思い思いのワイヤーフレームを描いてプレゼンする、というセッションです。アイデアを出し切ってもらう。

そうやって、良いところや、絶対に必要な要素や機能を吸い上げて、優先度をつけていきました。

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ワークショップの様子

――御社では、「デザインスタジオ」をよくするのですか。

もちろん状況によります。手の込んだユーザーインターフェースが発生しそうなときや、いくつかバリエーションが発生しそうなときに、このテクニックを使います。

重要なのが、デザイナー、エンジニア、それからビジネス部門。三位一体でやっていくことです。それぞれからアイデアを出してもらうことで、関係者の意見をぜんぶ吸い上げることができる。複数の視点から見て、あと戻りのない、漏れのない要件をつくることができる。

さて、デザインスタジオの次にしたのが、「デザインスプリント」です。6週間、走り続けました。

デザインスプリントでは、1週間の単位で、日ごとにやることが決まっています。月曜日にフォーカスすべきユーザーの課題を定義して、火、水でクリッカブルなプロトタイプをつくり、ユーザビリティテストの設計をします。木曜日にユーザー2名に会いにいって、現場観察と、ユーザビリティテストをしてもらう。金曜日に、その結果をチームにフィードバックする。ユーザビリティテストの結果で、問題なく使えることがわかった部分については、エンジニアに渡して開発に回す。まだ確定できないところは、よりブラッシュアップして、翌週のスプリントにかける。これを6週間、やっていきました。

インパクトが大きなサービスになることは見えていました。多くのユーザーに使ってもらうためには、しっかりユーザーインターフェースを設計しないといけない。しかし、開発してから直すのでは、工数がかかりすぎます。ならば、開発前にしっかりプロトタイプで、ユーザビリティを検証しよう。それでデザインスプリントを選びました。

――すごいですね。相当にハードだったのではないですか。

ギュッと凝縮した6週間でした。計15名にテストをして、ユーザビリティは問題ないというレベルまで、最終的には持っていきました。そうして、予定どおりにリリースすることができました。

ユーザーの「スピードチェック入稿」の利用率は、1日目から目標値の2倍以上でした。予想をはるかに上回って、利用率やリピート率がぐっと上がりました。今では半分以上の人が使っているサービスにまで成長しています。

「スピードチェック入稿」は、利用者アンケートでも、たいへんに好評でした。

ビジネスインパクトも、ものすごく大きかったです。それまで、DTPオペレーターが手間をかけていたことを自動化できた。非常に成功したプロジェクトです。

ユーザーの「これはいい」という声が続けるモチベーションになった

――デザインスプリントを6週間続けるのは、モチベーションがいったと思います。どうやって維持したのでしょうか。

ユーザーに実際に会いに行って、プロトタイプを操作してもらって、クリックして、できた瞬間のユーザーの「これはいい」という声です。これは絶対に間違っていない、という感触。いちばん大きなモチベーションになりました。

それから、どうしても迷ったインターフェースの部分については、社外のイベントで、Pivotal Labsさんがナイトイベントで主催されている「デザインクリティーク」というイベントに持ち込んで、参加者に品評してもらう、ということもしました。

実は、サービスのネーミングに、苦労したんです。ユーザビリティテストを何度しても、どうしても引っかかる。「スピードチェック入稿」という名前はまだなくて、自動データチェック、オートデータチェック、お任せデータチェックとか、いろいろ試していました。

デザインクリティークで、みなさんに見てもらった。そうしたら、「スピード」がユーザーにとっての最大のメリットだ、というところに着目された。それで「スピードチェック入稿」という名称に落ち着きました。例えば「自動データチェック」だと「機械が見ると不安だな」という反応があったのですが、「スピード」なら払拭できる。

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ラクスル社内

――積極的にUXデザインのプロセスを取り込んでいらっしゃいますが、社内の理解はどのようにつくりあげて行ったのですか。

「われわれはIT企業だ」と、自分たちでは認識しています。プラットフォームを提供する会社だと。われわれは、印刷機を持っていない。注文いただいたデータを、日本中にいるパートナーの印刷会社に送って、印刷会社の空いている時間を使って印刷をしてもらう、いわゆるシェアリングのサービスなんです。

そういう仕組みのなかで、われわれとしての差別化をする。それには、ユーザー体験にフォーカスすることだ。そのように、会社全体で認識しています。

わかりやすい例として、Amazonがあります。Amazonは価格は安いけれど、いちばんというわけじゃない。もっと安いところもある。品質で勝っているかというと、コモディティ商品なので、モノは同じです。では、何で優っているのかというと、利便性を中心としたユーザー体験です。

ラクスルも会社として、ユーザー体験にフォーカスしています。実際、デザイナーだけでなく、ビジネス部門のメンバーも、お客様先で積極的にヒアリングしたりして、どうしたらユーザー中心のサービスをつくれるか考えている。また、最初にUXデザインのプロセスを自社に取り入れたのは、CTOの思い入れからでした。

ユーザー体験を軸にする、という考えは、会社全体としてあります。

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ラクスルの開放的なオフィス

資格があることで、実践している人間だと証明できる

――中村さんは「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」の資格を取られています。取得されていかがでしたか。

「ラクスルには専門家がいる」ということを、社員が社外にアピールできるという効果がありました。専門家がちゃんといる。UXデザインをしている。その証明ができる。

あとは、社外の勉強会などに出たとき、名刺に入れておくと、話題になります。しっかり実践をしている人間だということが証明できる。今、UXデザインという言葉が流行りすぎてしまったせいで「UXデザイナー」という肩書きだけだと、ユーザビリティテストができるのか、それともビジュアルデザインをするデザイナーなのか、判断がつかない。「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」の肩書きがあれば、実践者だとすぐわかります。

もうひとつは、HCD-Netのイベントを通じて、HCDやUXデザインに携わる様々な方々にお会いできるコミュニティに参加できること。UXデザイナーでも認知心理学に詳しい方や高度なレベルでユーザビリティテストをされている方など様々な専門性をお持ちの方がいらっしゃいます。そういった方々とお会いして新しい知見を共有しあえる場があるのは非常に有意義と感じています。

――ありがとうございました。

取材・文:羽山祥樹 写真提供:ラクスル株式会社

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公開: 2018年11月21日
著者: 羽山祥樹