精神作業と疲労や集中力

精神的作業を行う際、時間経過による集中力の低下を考慮し、経験値をもとにすれば、受動的場面では60分程度を、能動的場面でも最大で120分を限度とすべきだといえるだろう。

  • 黒須教授
  • 2021年9月13日

時間と疲労・集中力

今回は、時間につれて疲労が蓄積され、集中力が低下していくという話をしたかったのだが、手元にある数冊の人間工学関係のハンドブックを調べたところ、残念ながら期待したデータは手に入らなかった。期待していたものとは、何かの作業を連続的にしていると、時間経過とともに疲労が蓄積され、集中力が単調に低下してゆくというグラフやデータである。Google Scholarやその他のネット検索をしても、そのようなデータは見つからなかった。

簡単に見つかって良さそうなものだとは思うが、どのようにして作業の負荷を与えるかとか、どのようにして集中力を測定するための治具を設定するかが難しいのかもしれない。

というわけで、今回は筆者の経験値をもとにして原稿を書くことをお許しいただきたい。

授業時間

まず最初は、学校での授業時間の長さである。小学館のHugKumによると、現在、小学校では一コマは45分、休憩は5-10分だそうだ。子どもたちは集中力が保たないだろうからということで45分という長さが設定されているようで、それはそれで良いように思う。ちなみに、中学校になると一コマは50分になるようだし、高校も同じく50分が一般的なようだ。(編注:授業時数の一単位時間については、学校教育法施行規則の附則別表の備考で、45分(小学校)または50分(中学校・高等学校)として計算されている旨の説明があります)

そして大学になると、以前は90分で15回だったのが、最近は100分で14回に変更したところが多く、なかには東京大学のように105分のところもある。しかし筆者の経験では、90分でも長いと思うのに100分は明らかに長過ぎるように思われる。僕は100分の真ん中あたりに5分の仮眠休憩ないしはトイレ休憩を入れている。無理をして規則どおりにやって身につかない学習を学生に強いても仕方ないと思っているからだ。

以前、僕はオランダの大学で講義をしたことがあるが、そこでは一コマが45分で休憩が15分であった。これは学生にとって、そして教える側にとってもとてもいい長さであった。もちろん居眠りをしているような学生はいなかった。

ともかく、少なくとも日本においては、大学の一コマの時間の長さは単位数や学期制によっても異なっているようだが、中等教育に比べて長くなっていることは確かなようだ。

要するに、今の日本の教育現場では、年齢が上がるにつれ、我慢の限度が伸びるように単純に考えているような傾向があるようだ。これについては人間工学などの学問的な裏付けがあるのだろうか、疑問に思う点である。年齢が上がれば、たしかに意思の力で我慢をしようとすることはできる。しかし、それにも生理的な限度はあるようで、実際、筆者が遠隔講演を2時間ほど聞いていたときには、途中で頭が疲れてきて、オンライン講演だったのを良いことに、お茶を淹れに中座してしまったこともある。まあ、筆者の年齢(72歳)ということも関係あるのかもしれないが…。

講演時間

いまも書いたように、長時間、受動的な立場で講演やレクチャーを受けているのには限度があると思う。一方の講師は、一種の興奮状態にあるので2時間ほどの時間は、喉の疲れの問題を別にすれば、さほど問題になるものではない。しかし、経験的に考えると、やはり講演の時間は60分程度を限度として、小休止を挟むのが適当なように思う。

対話時間

二人以上で話をしている場合には、ちょっと事情が異なる。発話という活動は、能動的な行動であり、それが適宜交代することにより、眠気などが発生する可能性は低くなるだろう。

それに関連して、インタビューを行っている場合も同様に対話の状況であり、ここでは受動的に話を聞いている状況よりも長い時間、それなりの覚醒状態が持続できるだろう。ただ、そうはいっても疲労は蓄積してくるわけで、しばしば言われているように、やはり120分、つまり2時間程度を上限と考えたほうが良いだろう。

また、経験的にも、リサーチクエスチョンに用意した内容を聞き取っていくにしても、2時間程度が経過すると、だいたい話は完了の状態に近づいてくる。またインフォーマントの立場にたってみれば、やはり疲労の問題を考慮する必要がある。特に高齢のインフォーマントの場合には、その状態をよく観察し、疲れてきたかなと思ったら小休止を挟むようにするのが良い。もちろんリサーチクエスチョンに用意した質問がどれも重要であり、まだ話を聞き終えていないと思ったときには、改めて別の日にセッションを設定させてもらうのが良いだろう。

ユーザビリティテストの時間

ユーザビリティテストについても、最大2時間と考えておくのが良いということはしばしば指摘されるとおりである。テストによっては、ビデオ記録をとっておき、テストが終わってから回顧的手法でさらに調査を行うことがあるが、その場合にはテストを2時間やってから回顧的調査をやるのではなく、1時間くらいでテストを終え、残りの時間で回顧的インタビューを行うような配慮が望ましい。

テスト終了から時間がたった頃合いで回顧的手法の適用を行うと、インフォーマントの疲労が大きくなりすぎるし、記憶があやふやになってしまっている可能性があるので、テストを2時間やって、ちょっと休憩をはさんでから回顧的手法のセッションをやる、というようなやり方はオーバーロードになるといえる。

まとめ

筆者がちょっと調べた限りでは適切な人間工学的データを見つけることができなかったが、経験値をベースにしていえば、精神的作業を行う場合、特に受動的な態度でそれを行う場合には、60分程度を限度とし、対話的な能動的場面でも最大で120分を限度とするように考慮すべきだといえるだろう。