HCP(Human Centred Planning)の提案

  • 黒須教授
  • 2002年1月28日

人間中心設計、すなわちHCD(Human Centred Design)という概念は、ISO13407のおかげでかなり普及してきたと思う。この規格では、a) 利用の状況の把握と明示、b) ユーザーと組織の要求事項の明示、c) 設計による解決案の作成、d) 要求事項に対する設計の評価、という4つのプロセスが明確化された。また、その周辺文書の一つであるISO/TR16982では、それをどのような方法によって推進すべきかも整理された。人間中心設計を推進しようとする企業では、今、こうした方向に沿って設計活動の見直しと改善が進められており、ユーザビリティ活動の活性化という意味では大変好ましい状況になってきたと考えている。

ただ、ISO13407では、a)の前に、スタート位置として「人間中心設計の必要性の特定」というプロセスが位置づけられているが、その内容についてはあまり明確にされていない。規格の中では、「人間中心設計プロセスは、プロジェクトの最も早い段階(たとえば、製品又はシステムの最初のコンセプトが作られるとき)から始め、システムが要求事項を満たすまで繰り返して行われることが望ましい。」と書かれている。しかし、a)のプロセスではコンセプト作りそのものについては触れられてなく「新製品や新システムの場合は、利用の状況に関する情報を収集することが望ましい。」と書かれているだけである。したがって、a)のプロセスで特定すべき情報としては、a) 対象とするユーザの特徴、b) ユーザが行う仕事、c) ユーザがシステムを利用する環境の三つとなっている。「最初のコンセプトが作られる」ことに関連する活動は、a)の前に行われていることを想定していると解釈できる。

要するに、コンセプトはすでに作られており、そのコンセプトの方向に沿って、ユーザに関連した情報を集め、コンセプトを確認するのがa)の段階だということになる。いいかえれば、プランニングのプロセスというものはISO13407で規定されている人間中心設計の中には入っていない、ということである。a)のプロセスは、プランニングによって生成された仮説を検証し確認するプロセスといっていいわけで、その際に仮説に対する見直しや修正をすることはもちろんあり得るが、それはプランニングそのものではない。

それではプランニングというプロセスは人間中心という考え方からはずれてしまってもいいものだろうか。否、である。そもそものプランが適切でなかった場合に、そのあとの設計プロセスでプランそのものをひっくり返すことは不可能ではないし、時には開発の中止を提案することもできなくはない。しかし、それは大変効率が悪い。その意味で、製品開発のライフサイクル全体を人間中心の考え方から進めるべきだという考え方があっていい。ISO13407の発展形として既定されたISO/TR18529や、さらにそれを拡張したHSL(Human System Lifecycle)、またMayhewの提案しているUsability Engineering Lifecycle(ただし、これは少し視野が限定されている)は、そうした観点から、人間中心の考え方をライフサイクル全体に拡張しようとしたものである。

しかし、これらの考え方は、ライフサイクル全体を対象にしているため、個々のプロセスについての明細化は必ずしも十分ではない。したがって、それらは、ここで問題にしているプランニングのプロセスについて、人間中心の考え方からどのように展開すべきかを具体的に提案しているものではない。

この意味で、私は人間中心企画(HCP: Human Centred Planning)という概念を提唱したいと考える。具体的に説明を行うスペースはここにはないが、基本的には、前述のa)のプロセスで検証・確認されるべき仮説を生成するのがこのプロセスの機能である。こうした活動は、基本的には従来のマーケティングの活動の中でも行われてきたが、私は、特に定性的アプローチ、より具体的にはマイクロエスノグラフィーを応用した仮説生成の方法論を確立する必要があると考えている。Holtzblattらの提案している文脈における質問の手法は、このプロセスに該当するものの一つといえるだろう。こうした既存のアプローチを見直しながら、HCPに関するプロセスモデルを明確化し、執り行われるべき活動の内容を規定していくことが今後必要になるし企業活動を活性化するためにも重要である、と考えている。

なお、人間中心という概念は、生物学的な観点からは、人間という種を中心とし、類人猿などの近縁の種をないがしろにするという批判(たとえばGreat Apes Projectを参照)もあり、かならずしも適切な用語ではないと考えている。その意味では、「人間」の代わりに「ユーザ」を用いて、ユーザ工学(user-centred engineering)という技術分野の中に、ユーザ中心企画(UCP)とユーザ中心設計(UCD)とを位置づける、という方がいいかもしれない、などと考えている。