人間中心設計の規格は誰がどう使うのか

ステイクホルダーの位置づけをめぐって

規格はまずコンパクトであるべし、と思う。いろいろな概念に関係づけることは内容を複雑にし、理解を困難にしてしまう。さらに、規格における定義は、「内容に即して」厳密であるべし、とも思う。特別な意味でステイクホルダーという言葉を使っているのなら、その使い方に即して定義を行うべきだっただろう。

ISO 13407とISO 9241-210の場合

そもそも、ISO規格というのは誰に読まれたり参照されたりすることを目的にしているのだろう。人間中心設計関連の規格の場合、その活動を実践するのはデザイナーや設計者ということになるが、企業という組織体のなかで、人間中心設計のアプローチを担当者のレベルで勝手に採用しようと決めるわけにはいかないだろう。だから、デザイナーや設計者のマネージメントを行っている人たちは、当然読者として想定されていた筈である。いや、むしろマネージメントサイドの人たちこそが読者であるべきだったろう。

ISO 9241-210 (Ergonomics of human-system interaction — Part 210: Human-centred design for interactive systems)には「この規格に含まれている情報は、インタラクティブシステムの設計や開発を計画したり管理したりする責任者によって使われることを想定している」と書かれている。その後に「人間中心設計に携わる人間工学やユーザビリティの専門家のために枠組みを提供する」と追記されている。このことは、いま書いた仮説を裏付けるものである。

しかし実際はどうだったろう。日本におけるISO 13407 (Human-centred design processes for interactive systems/特に説明は必要ないと思うがISO 9241-210の旧版である)の受容のされ方を振り返ってみると、どうもマネージメントサイドからのトップダウンではなく、担当者レベルからボトムアップ的に広まってきたような経緯があった。つまり、それまでユーザビリティ活動を実践してきたユーザビリティの専門家や人間工学の専門家がまずそれに着目し、周囲のデザイナーや設計者を巻き込もうと努力していたように思う。

いいかえれば、本来、読者として想定されていたマネージメントサイドへの普及は後回しになってしまった。いや、それは意図的に後回しにされたというより、マネージメント関係者の関心が薄すぎたため、といえるだろう。現在、当時のユーザビリティ専門家たちが、年を経て、管理職の立場になって、ようやくマネージメントの視点からの人間中心設計の取り込み方が議論され検討されるようになったといえる。

ISO 9241-11の場合

ISO 13407やISO 9241-210の場合には、人間中心設計というプロセスを提案し、それをどのように実践するかが書かれているものだったので、メインの読者としてマネージメントサイドを狙っていた。

しかし、ISO 9241-11 (Ergonomic requirements for office work with visual display terminals (VDTs) — Part 11: Guidance on usability)の場合はちょっと違う。それは、この規格が実践に関わるものというよりは、ユーザビリティという概念の定義に関わるものであることに関係している。

以下の内容は、現在審議中のISO 9241-11の改訂版によるものであり、最終版(IS)が確定するまでは変動する可能性がある。そこでは、まずメインユーザとしては、

  • ユーザビリティの専門家
  • 労働科学や人間工学の専門家
  • 健康や安全に関する専門家

があげられている。要するに「専門家」がメインユーザなのである。これは、概念的な整理を目的にした規格であれば当然のことといえるだろう。

次にISO 9241-210とは異なり、ステイクホルダー(利害関係者)について明示的に言及されている。ステイクホルダーという概念は二つのグループに分けられていて、まずユーザビリティ概念が自分たちの活動にどのように関係しているかをより良く理解することができ、結果的に利便性を得ることができるだろうという人たちとして、

  • システムや製品やサービスのデザイナーや開発者
  • 企業の購入者や公的部門の購入者
  • 消費者のグループ
  • プロジェクトマネージャー

がリストアップされている。そして、二つ目のステイクホルダーとして、

  • 学生や訓練生
  • 教師や訓練者
  • 研究者

となっていて、彼らにはこの規格で設定されたユーザビリティの枠組みや概念が役に立つだろうとされている。

全体として見ると、そこそこ妥当な書き方になっている。

両規格におけるステイクホルダーという用語の使い方

ISO 13407とISO 9241-210が実践的な規格であることから「規格のユーザ」についてだけ言及しているのに対し、ISO 9241-11は概念的な規格であることから「ユーザだけでなくステイクホルダー」にも参考になるだろう、と書き分けられているあたりは、これまであまり注目されなかったように思うが、それなりに妥当な目標設定になっているといえる。

ただし、ISO 9241-210でステイクホルダーに全く言及していないかというと、そうではなく、その定義をISO/IEC 15288:2008 (Systems and software engineering — System life cycle processes)を引用して「システムに,権利,持分,請求権若しくは関心をもっている個人若しくは組織,又は,ニーズ及び期待に合致する特性をシステムがもつことに,権利,持分,請求権若しくは関心をもっている個人若しくは組織。」(JIS X 0170:2013より)としている。

ISO規格には他所で定義されていればそれを引用する習慣があるといっても、ここでステイクホルダーについて安直にISO/IEC 15288:2008をそのまま引用してしまったのは失敗だったと思う。なぜなら、ISO/IEC 15288は、システムライフサイクルプロセスに関する規格であり、ISO 9241-210の人間中心設計よりも遙かに視野が広いものだからである。定義のなかに「持分とか請求権」などと書いてあるように、ここには当該企業の株主も想定されているだろうと思う。

ISO 9241-210でISO/IEC 15288を引用した背景には、「関係する人たち」といった軽い気持ちがあったように想像する。ステイクホルダーという言葉を新規に定義するのを怠り、ISO/IEC 15288を引用してしまうのであれば、その意味の差分について注記(note)を付けておくべきだったろう。なぜなら、人間中心設計におけるステイクホルダーは、株主や営業担当者など、必ずしもユーザビリティの向上を目指すのではなく、主として自分たちの利益や売り上げを追求する人たちを含まない筈だからである。

ISO 9241-11の場合には、その改訂版で、やはりISO/IEC 15288のステイクホルダーの定義を引用しているが、その下に「ステイクホルダーというのは、化学工場の近くに住んでいる人たちのように、システムや製品、サービスを操作することによって間接的に影響を受けるであろう人たちを含んでいる」という注記をつけており、その点は多少評価できる。しかし、「ここでいうステイクホルダーは・・・である」という注記ではなく「・・・を含んでいる」という注記では、株主や販売担当者を除外していないし、しかも事例が化学工場の近くに住んでいる人たち、というのでは、ピントがずれている。

ステイクホルダーについて

ステイクホルダーについては、2016年に「ステイクホルダー中心設計」というタイトルで既に原稿を書いたのだが、現在の結論として、ISO 9241-210やISO 9241-11の改訂版におけるステイクホルダーの位置づけは、その原稿で危惧していたようなステイクホルダー中心設計というニュアンス(これはNigel Bevanが以前僕に語ったことがあるものだから、委員のなかにそうした考え方が全くなかった訳ではないにしろ)ではなかった。少なくとも、両規格は、規格のメインユーザを明確にしており、ステイクホルダーはあくまでも補足的な位置づけであった。

もともとISO 9241-11の1998年版にも、また1999年に発行されたISO 13407にもステイクホルダーという語は一回もでてきていない。ちなみにISO 13407ではother relevant partiesという表現を使っている。つまり、最初の発行から10年かそこらが経過して、どちらの規格も、その内容をどんどん膨らませてきたことが、ステイクホルダーという概念を導入したことと関係があるといえる。

総評として

私見だが、規格はまずコンパクトであるべし、と思う。いろいろな概念に関係づけることは内容を複雑にし、理解を困難にしてしまう。さらに、規格における定義は、「内容に即して」厳密であるべし、とも思う。特別な意味でステイクホルダーという言葉を使っているのなら、その使い方に即して定義を行うべきだっただろう。

公開:2017年8月4日
著者:黒須教授

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