企業におけるISO/JIS規格の受け止め方

HCDに関するISO/JIS規格が設計現場でどのように受け取られているのか、各企業の実践現場でHCDに関与している方々にインタビュー調査を行った。簡単に、その調査から得られた情報の一部をここに紹介する。

  • 黒須教授
  • 2021年12月13日

切っ掛け

人間中心設計におけるISO/JIS規格が、国内の設計現場でどのように受け取られているのかが気になって、法政大学の橋爪さんと一緒に設計関係者のインタビューを行った。

規格を制定する関係者は、とても一生懸命になって規格の作成や改定、翻訳などの作業をおこなっているが、世間の受け入れ方はそれに見合ったものなのだろうか。もしかして、規格関係者だけがせっせと規格について打合わせを行い、文案に腐心しているだけなのではないだろうか…こんなようなことはTC159/SC4/WG6の国内会議のメンバーだったころから気になっていたことだ。また、ISO 9241-210:2010の段階になってサービスHCDの対象とされるようになったが、いわゆる製造業の人達に加えてサービスの開発に携わっている人達がどのように受け止めているかも知りたいことだった。

そこで、各企業の実践現場でHCDに関与している方々にインタビュー調査を行ってみたのである。

理論的サンプリング

リサーチクエスチョンをまとめ上げた次には、どなたにインタビューするかを考えねばならなかった。規格について知っていることが前提になるので、知らないであろう人達は切り捨てることとなった。となると、途端に母集団は絞られてきてしまう。そして、規格のことを知っていると思われる人達のなかから、知り合いの人々を選ぶことにした。全く知らない方よりは連絡がとりやすいし、ラポール形成やアイスブレーキングがやりやすいからでもある。

ただ、そうした点でサンプリングバイアスがかかってしまった可能性は否定できない。また、アンケート調査ではなくインタビュー調査なので、対象となる人数は限られてしまう。およそ10名程度を目途にして、インタビューを行いつつ、次のような基準でサンプルを追加しながらインタビューを進めていった。いわゆる理論的サンプリングの典型ともいえるやり方である。

1. 製造業とサービス業を半々程度にする

ISO 13407:1999の頃、人間中心設計は製品を対象にしていた。しかし、ISO 9241-210:2010になってから、対象が、製品、サービス、システムと拡大された。現実にも、ウェブを利用したサービス業は盛んになっており、いわゆるウェブユーザビリティの活性化がユーザビリティへの関心を高めたという歴史的経緯もある。そこで製造業とサービス業とでサンプル数を半々程度とすることにした。

2. 企業規模

大企業と中小企業では、縦割りの弊害などが起きる可能性が異なるのではないかと予想された。また、中小では情報の流動性が高いのではないかとも思われたので、企業規模によりおおよそではあるが大企業と中小企業を区別することにした。

3. 年齢

企業に入ったばかりの場合と、ある程度の年齢に達している場合では、職位が異なったり、実務経験が異なっていることが考えられる。それは社内での発言力にも関係していると思われたので、年齢についてもある程度ばらけるように配慮した。

結果的には、製造業6名とサービス業6名の方から情報を得ることができた。企業規模については、製造業はやや大企業が多く、サービス業はやや中小企業が多くなった。年齢的には中間から高めの層の方々が多くなった。

企業における規格の受容の実際

そのような訳で、ここには企業が全く特定されないような形で、浮かび上がってきたポイントの主なものを略記することにした。

1. 規格になっていることの意義

やはりISO/JISの規格になっていることは一般的に大企業では重視されていた。規格一般についてその遵守が徹底しているところもあったが、他方、規格になっていても無視に近い扱いをしているところもあった。

2. デザイン思考やUXとの比較

デザイン思考UXについては基本的には知られていたが、人間中心設計に比べると、フワッとした直観的なもの、というイメージを持たれていた。特に、デザイン思考は規格になっていないことも関係しているようだった。それでも、企業によってはデザイン部署でデザイン思考が中心になっているところもあったし、またその反対に、デザイン部署でありながらデザイン思考に否定的なところもあった。

3. 規格の全体的な受容

規格の内容がすべて受容されているケースはなかった。特に細部については無視されているケースが多かった。基本的な部分についても、そこの部分は対応していないという言い方をされる場合もあったし、そこまでは対応しきれないという場合もあった。ただ、対応はできていなくても、規格が存在しなくても良いという訳ではなく、規範を示してくれているという点には価値を認めているようなことが多かった。

4. 反復設計について

人間中心設計では反復設計を基本として提唱しているが、特に大規模な製品やサービスを扱う場合には、手戻りの大きな繰り返しはできないため、ウォーターフォールを基本としているという場合が多かった。繰り返しを認めつつも、その回数を最初から一回だけと決めているような場合もあった。

5. 上層部の重要さ

上層部に理解のある人物がいる場合といない場合とで、人間中心設計の導入の容易さもしくは困難さは大きく違うようだった。いいかえれば、企業文化と言っても、基本は人であり、人が文化を作るということである。したがって、上層部の人が異動になると雰囲気がガラッとかわってしまうこともあるようだった。筆者の経験と照らし合わせると、こうした傾向は昔と変わっていないように思われた。

6. 縦割り構造

特に大きな企業の場合には、縦割り構造や部署間の壁の厚さが、ユーザに関する適切な情報の流れを阻害しているケースが見られた。壁の厚さについては、担当部署にユーザの情報が届くまでに何層もの壁がある、というケースもあった。その反面、中小企業の場合には風通しが良く、さらにユーザにかんする情報がデータベース化されていて自由に参照できる、というケースもあった。

7. プロセスのトレーサビリティ

人間中心設計を首尾一貫して実施するというトレーサビリティに関しては、ユーザ調査だけを実施するとか、評価だけを実施するという形が今でも一部に生き残っているようだった。ユーザ調査や評価を外注するというケースもあり、どこまでユーザと現場の持つ空気感が設計の場に伝わるかについて心配させられた。

8. 規格の改定

たとえば、ISO 13407:1999がISO 9241-210:2010となり、ISO 9241-210:2019となったような規格の改定については、改定されたことがほとんど現場には伝わっていないことがわかった。それについては、講習会などが開催されるタイミングで知るということが多いようだった。また、規格の骨格がかわっているのでなければ改定されてもそれほど強い関心はないというケースもあった。

以上、簡単ではあるが、インタビュー調査から得られた情報の一部をここにご紹介した次第である。これらの内容は、匿名性を厳密に担保した形で書籍にする予定でいる。出版される時期になったら、またここで紹介させていただこうと考えている。