原典への旅(2):KJ法と『発想法』その1
ポストイットで情報をまとめるKJ法は今では広く使われている。またaffinity diagramや親和図法という表現を耳にした読者も多いことと思う。皆ほとんど同じことなのだが、今回はそのあたりの謎解きに迫る。
ポストイットを使った、それぞれにアイデアや情報の断片を書き込んで、その配置を入れ替えながら情報をまとめてゆくKJ法は今では広く使われている。また英語の文献などを読んでいてアフィニティ・ダイアグラム(affinity diagram)という表現を耳にした読者も多いことと思う。親和図法という名前を聞いたことのある方もいるだろう。結局は皆ほとんど同じことなのだが、今回はそのあたりの謎解きに迫る。
KJ法
KJ法は1964年に川喜田二郎が原理を提唱し、1967年に体系的に提示した手法である。川喜田が専門とした人類学ではフィールドワークで多様で大量の情報が集まってくるが、それをうまくまとめて概念化するための手法が必要となり、川喜田は、類似したり関連したりする情報をまず局所的に部分集合とし、その部分集合をさらに段階的に上位の集合としてまとめていくという手法を提案し、それをKJ法と名付けたのである。いうまでもないが、KJはKawakita Jiroのイニシャルに由来する。当初は情報を図式的に整理するA型と文章によって整理するB型が提唱されており、まずAをやって次にBをやるAB型と、その逆のBA型とが考えられていた。このオリジナルの手法については、参考文献として以下のものがある。
川喜田二郎 (1964) 『パーティー学-人の創造性を開発する法』社会思想社
誤解されやすい標題の本である。著者も気になっていたらしく「この本の標題は、一切出版社の方にお任せすることにしました。私はあまり本の標題など考える才能がないことを、自分でもよく知っているからです」などと書いている。しかし本書は宴会の学問的解説書ではない。これは出版担当のミスリードである。ここに書かれているのは、人々が集まって創発的な活動をするための知恵であり、野外科学(フィールドワーク)における方法論を中心とした川喜田の思想の原点である。その第三章が「発想法」となっており、データを仮説に総動員する、といった表現で分類を基本にした発想法の要点が書かれている。ただし、まだKJ法という名前はつけられていない。
ちなみに、本書での紹介が反響を呼び、資料に何気なく書いておいたKJ法という自分のイニシャルを入れた名称が日本独創性協会によって正式に使われるようになったため、1965年以後、自分でもKJ法と呼ぶようになった、とのことである。
川喜田二郎 (1967) 『発想法』中央公論新社
KJ法の実質的な原典である。ここではKJ法の出発点となった野外科学の方法の説明からKJ法の考え方に至り、A型、B型が説明されている。川喜田は、あくまでも発想法としてKJ法を考案しており、単なる分類整理のためのものとは考えていない点、注意が必要である。
川喜田二郎 (1970) 『続・発想法』中央公論新社
W型問題解決モデルというものを提示し、KJ法の問題解決プロセスにおける位置づけを明確にしつつ、A型とB型をくわしく説明し、具体的事例を多数掲載することで創造的発想のための使い方を説明している。
親和図法
1977年に日科技連のQC手法開発部会(部会長、納谷嘉信)が、KJ法のうちA型を多少修正し、親和図法(Affinity Diagram Method)としてTQC(1996年からTQMと呼ばれている)のための新QC七つ道具のなかに組み込んだ。カードに書かれた断片的情報を文章の形に整理するB型の方ではない。なお、日科技連では、これを新QC七つ道具に組み込むにあたり、KJ法という名称が(株)川喜田研究所によって商標登録されていること(登録商標日本第4867036号)、TQCが品質に関する問題点を発見し整理する活動に焦点化するものだったため、親和図法という名称で新QC七つ道具に含めることにした。その参考文献には以下のものがある。
納谷嘉信(ed.) (1987) 『おはなし新QC七つ道具』日本規格協会
親和図法という名称をつけた納谷による解説書である。親和図法については「未知・未経験の分野、あるいは未来・将来の問題など、モヤモヤしてハッキリしていない、つまり混沌とした状態の中から、事実あるいは推定、予測、発想、意見などを言語データとしてとらえ、それらの言語データを相互の親和性によってまとめあげ、構造を明らかにする方法」と定義されている。
水野滋(監修) (1979) 『全社的品質管理推進のための管理者・スタッフの新QC七つ道具』日科技連
前掲の納谷(1987)より前に出版された本書では、「KJ法(登録商標)」という章タイトルが使われており、「われわれは、KJ法A型図解を親和図法(affinity diagram)ともいう」と注記してある。これは、KJ法という名称が前述したように登録商標となったため、もっと自由に使えるようにとの趣旨で新たな名称がつけられたことによる。欧米への普及においても、こちらの名称が使われる結果となった。
なお、日本以外の国々への国際的展開について触れておくと、まず川喜田自身は、KJ法に関する英語の著作を出していない。親和図法の情報については、Nayataniたち(1994)が英語での解説書を出版している。
Nayatani, Y. et al. (1994) “Seven New QC Tools”, Productivity Tools
Amazonで33,604円もするので、購入は見合わせた。大学の研究費でもあれば、と思うと残念である。
また、それ以前に次の本が出ている。
Mizuno, S. (1988) ”Management for Quality Improvement: The 7 New QC Tools” Productivity Tools
当時は、QFDや新QC七つ道具などのTQC関連の日本の手技法が欧米から注目されるようになっていた時期で、米国から調査団なども来日していた。そして日科技連や生産性本部を経由して情報が海外にわたったため、KJ法ではなくAffinity Diagramという名称が一般化したものである。これが今回の謎解きの部分である。
なお、ホルツブラットたちはそれ以前に出版されたブラッサード(Brassard,M. 1989)を参照したと書いている。また2000年にはブリッツ(Britz, G.C.)等の書籍が、2016にはキュアデイル(Curedale, R.)の書籍が出版されている。
Brassard, M. (1989) “The Memory Jogger Plus+ – Featuring the Seven Management and Planning Tools” GOAL/QPC
本書では、affinity diagramが七つの手法の先頭に位置付けられていて、”This tool gathers large amounts of language data (ideas, opinions, issues, etc.), organizes it into groupings based on the natural relationship between each item, and defines groups of items. It is largely a creative rather than a logical process”と説明されており、創造的プロセスであるという、KJ法や新QC七つ道具の本来の趣旨が言及されている。
Britz, G.C. et al. (2000) “Improving Performance Through Statistical Thinking”McGraw-Hill
本書は、統計的な考え方を説明したビジネス書だが、終わりの方のNew Management Tools to Identify Implementation Barriersという章で、affinity diagramが4ページほど紹介されている。
Curedale, R. (2016) “Affinity Diagrams – The Tool to Tame Complexity” Design Community College Inc.
Affinity diagramをタイトルにした書籍だが、前半ではデザイン思考やペルソナなどについても説明しており、affinity diagramについては後半で説明されている。
近年では、ホルツブラット(Holtzblatt, K.)とベイヤー(Beyer, H.) によるContextual Designの枠組みのなかに組み込まれることによって、欧米でも情報集約や問題整理の目的で頻繁に利用されている。
Beyer, H. and Holtzblatt, K. (1993) “Contextual Design: Defining Customer-Centered Systems” Morgan Kaufmann
Contextual designという一貫した設計システムの一部として、フィールドワークで集めた情報をwork modelという形で抽象化することが説明されている。そこには、Flow Model, Sequence Model, Artifact Model, Cultural Model, Physical Modelという5つのモデル化の手法が説明されている。Affinity diagram(親和図式)は、個々のフィールドワークデータをモデル化したのちに、それらの個別モデルを集約する(consolidation)する段階で利用するものとして位置づけられている。
Holtzblatt, K. and Beyer, H. (2016) “Contextual Design: Design for Life” Morgan Kaufmann
前著の改訂版である。本書では、モデル群はwork modelではなくexperience modelと呼ばれており、day-in-the-life model, identity model, relationship model, collaboration model、およびsensation boardとから構成される形になっているが、affinity diagramは、それらのモデルを構成する前に解説されている。つまり、フィールドワークの情報をモデル化するために有効な手法である、という位置づけに変化している。
要約
謎解きの回答を要約すると以下のようになる。まずKJ法の考え方は川喜田二郎(1964)で示されたが、KJ法という名称は1965年に命名され、『発想法』(1967)で公にされた。しかし、KJ法という名称が登録商標となったことが関係して、1977年に日科技連のQC手法開発部会は、KJ法のうちA型をベースとして親和図法(Affinity Diagram Method)という名称をつけ、それを新QC七つ道具のなかに組み込んだ。それにもとづいて水野滋(監修) (1979)などが出版された。それがMizuno, S. (1988)やNayatani, Y. et al. (1994)によって、英語圏に紹介され、さらにBrassard, M. (1989)などの人々によって、英語での紹介が活性化し、Beyer, H. and Holtzblatt, K. (1993)によりユーザビリティやデザインの関係者に広まった、ということである。