ATMにおけるヒューマンウェアとの棲み分け

人工物には、ハードウェア、ソフトウェアだけでなくヒューマンウェアも含まれる。ヒューマンウェアは、挨拶の仕方や給仕のやり方など、人間の動作や行動について規定されたこととか、人間が行うサービス行為などの意味を持っている。

最近のニュースで、千葉県の銀行(千葉銀行、千葉興業銀行、京葉銀行)が、視覚障害者の銀行窓口料金(振込手数料)をATMと同額にしたという話があった。

これまで、自動機というのは、全自動洗濯機におけるようにユーザの手数軽減やユーザビリティの向上を期して開発されてきた。それと同時に、ATMにおけるようにサービス提供側の経費節減にも有効と考えられた。その結果、ATM(Automatic Teller Machine)は、それまで、現金の引き出しに使われていたCD(Cash Dispenser)に代わって、1970年代に登場し、1980年代以降、爆発的に普及するようになった。特にATMの場合には、窓口係員のいない時間帯にもお金の処理ができること、設置面積が小さいため、コンビニなど多数の場所に設置できることが、その設置増に拍車をかけることとなった。

しかし、一般にハイテク機器が苦手とされる高齢者やハイテク弱者の人たちには困惑の種をばらまくこととなり、いまだに複数台のATMのある銀行支店などでは係員が脇についていてヒューマンサポートを行うことが多い。また、障害者についてのアクセシビリティも課題とされ、車いすでも利用しやすい形状の研究も行われた。ようするに銀行側は、可能な限り窓口業務を縮小して人件費を削減しようとしているが、そのためには「誰でも」利用できるインタフェースにしなければならないということで、機器製造メーカーは苦労を重ねてきた。

視覚障害者についての対応も色々と検討され、タッチパネルの脇に数字ボタンなどを設けるとか、音声アナウンスを出すといった工夫がなされることがあった。しかしそれらの対策にもかかわらず、結局のところ、視覚障害者は脇についている電話機で係員にサポートを依頼することが多かったようだ。むしろ、それなら窓口に直接行ったほうが早い、というわけで、視覚障害者は窓口を利用する頻度が高かった。しかるに、窓口料金の手数料315円(3万円未満の振込)はATMの手数料105円(同)に比べて高く、視覚障害者はヒューマンウェアによるサポートを受ける代わりに経済的不利益を被ってきたといえる。いいかえれば、技術開発において、さまざまな工夫が視覚障害者の利用について検討されてきたものの、結局はハードウェアやソフトウェアでは解消することができず、ヒューマンウェアを必要とした、ということになる。

ユニバーサルデザインの基本は、多様な特性を持っている人々が、自分の特性や利用状況に適合した手段によって目標を有効にまた効率的に達成できることを目指す。もちろんこれはユーザビリティの向上ということである。その場合、すべての利用者を強引にATMに移動させるというのは銀行側の思慮不足やエゴであり、実際には多様な特性への適合が最適化されていなかったといえる。千葉県障害者計画推進室の田端主幹の「障害者だから手厚く対応したのではなく、ATMの普及が視覚障害者にもたらした不利益を、銀行の協力を得て解消した」といっているが(前記サイトより引用)、まさにその通りといえる。

この意味で、今回の千葉県における改革は、ハードウェアやソフトウェアが使いにくい場合には、それをヒューマンウェアによって補う、というユニバーサルデザインの原則に合致したものといえる。とかく技術者はハードウェアやソフトウェアの改善によってユーザビリティを高めていこうと考える傾向があるが、開発されたシステムを設置する銀行などサービスを提供する側には、多様なユーザに対して、ハードウェアやソフトウェア、そしてヒューマンウェアの適切な組み合わせが望ましいということをもっと自覚してもらいたい。たとえば、これはハードウェアの改善ではなくヒューマンウェアで対応する、という方針を明確に出してもらう必要がある。いいかえれば、視覚障害者のためのハードやソフトの開発に投入してきた資金は、クライアントである銀行のシステムプランが不適切であったために、無駄な投資になってしまった、ということになる。このような柔軟な運用プランが最初からできていれば、そういう開発経費や時間の無駄もなくすことができたし、視覚障害者の不便も発生しなかっただろう。

それにしても、視覚障害者への社会的対応には良く理解できないものが多い。駅構内やホテルなどの公共施設の壁面に貼ってある点字表示は、そもそも視覚障害者が「そこ」に点字表示があることをどうやって知るのかが疑問である。また、車いす利用者からはガタガタして移動の邪魔になると言われている点字ブロックも、どこまで視覚障害者にとって利便性が高いのか疑問である。私が観察してきた範囲では、点字ブロックを有効に利用していると思われる視覚障害者を見ることはとても少なかった。

こうした問題は、もっと社会的インフラとしての整備が必要であり、末端施設における戸別対応では対処しきれない部分が大きいだろう。もっと議論が喚起され、本当に視覚障害者の特性やニーズに適合した社会的インタフェースの最適化が図られるべきだろう。

公開:2010年4月25日
著者:黒須教授

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