人工物発達学のアプローチ(1) その目的と経緯

人工物発達学の最初の着眼点は、特定の目標を達成するために、人類はこれまで様々な人工物を開発してきていることの不思議さだった。発達学という観点で様々な人工物を見直してみると、今後、それがどのように発展しうるかを考えることができるだろう。

人工物発達学もしくは人工物発達研究(ADA: Artifact Development Analysis)という考え方は、僕が2008年前後から提唱してきたもので、「人工物発達研究」(ISSN 1883-0595)という論文誌も年一回の割で刊行していたのだが、そちらは研究予算の打ち切りのおかげで文字通り三号雑誌となってしまった。当初は過去の人工物の発達に関する分析的アプローチとして進めてきたものだったが、しばらくの休止期間を経て、現在は発想支援のアプローチとして捉えてみよう、と考えるようになった。

当時作成したPPTによると、その問題意識は「ユーザが満足していると思っても、それは本当に満足できるものなのか。他の可能性はなかったのか、あり得ないのか」という点にあった。そこにはまた「これまでの文化的・技術的蓄積として人類が使用している人工物を歴史学的・文化人類学的に検討することによって、そこにおける最適性への努力を探る。そこから今後の新しい人工物開発への示唆が得られるだろうとの期待」とも書かれていて、当時から開発への応用を考えていたことは分かるが、積極的にその努力はしてこなかった。

また当時からの引用になるが、その定義は

特定の目標達成のために、ある時代に、ある人々によって利用されてきた、あるいは利用されている人工物について、以下の観点で考察を加えていく研究領域であり、ユーザ工学に連動したものである。

  1. どのようなバリエーションがあるかを調べ、それはそうなる必然性があったのか、また他の選択肢を作り、あるいは選ぶ可能性はなかったのかを探る。
  2. それぞれのバリエーションがユーザビリティの観点からどの程度の目標適合性をもっているかを評価し、まだ残されている問題点を明らかにする。
  3. 最終的に、目標達成の支援のためには、どのような条件を備えた人工物が必要かを明らかにする。

といったようになっている。

人工物発達学の一番最初の着眼点は、ある目標を達成するために、人類はこれまで様々な人工物を開発してきている、ということの不思議さだった。なぜ一つではなかったのか、なぜそこに多様性が生まれてきたのか。何らかの目標を達成する上で、阻害要因があったから新たな方法が生まれたのか、それとも何か促進要因があったから新たな人工物が生まれたのか。さらに考案され利用されてきた人工物は、それを利用する人々にとって最適といえたのか。そうしたことを考えるなかで、人工物の最適性ということを考えよう、というのが最初の着想だった。

たとえば時間を知るためには時計という人工物を利用するやり方もあるが、その他に太陽や星の動きを見るとか、体内時計に頼るとかという方法もある。時刻を知るわけではないが、腹時計というものもある。時計というカテゴリーに関しては、日時計も砂時計も水時計もあるし、ゼンマイ仕掛けの掛け時計もあれば、自動巻の腕時計、乾電池で動く腕時計、ソーラー方式の腕時計がある。そして現在はアナログとデジタルの腕時計が共存している時代になっている。腕時計、特にアナログのものには、時刻を表示するというよりは、高付加価値を競って宝石をつけたりして何百万円もするものがあるし、デザインに凝って、時刻を知るというよりは表示や操作の面白さを追求したものもある。さらに電波を利用して正確な時刻を示す電波時計もあるし、追加機能としてカレンダーや温度湿度を表示しているものもある。またパソコンやスマートフォンでは、ネットを利用して正確な時刻を表示する時計機能もある。

さらに小型の情報機器として、温度や気圧、高度や方位を表示するものもあるし、超小型カメラを内蔵したものやオーディオプレーヤを兼ねたものもある。

このように、民族や時代、価値観を異にする人々、様々な技術を応用することによって様々な時を知る手段が開発され、発達してきたのだが、時計としての基本は時刻を知らせることである。コモディティとなった時計は、基本機能を満足した後、さまざまな方向に進化し展開してきたし、携帯電話やスマートフォンなどの代替手段が発達してからは、基本機能から逸脱することも多くなった。しかし、人間生活に時刻を知るという行為は必須のものであり、代替手段があればこそ、付加価値に凝ったり、デザインを突出させてむしろ分かりにくい時計が登場しえたのだと思う。したがって、基本的な機能については百均の100円デジタル時計でも構わないのだが、身につけるものである以上、そこにはデザイン性も要求されるようになった。こうして時刻を知ることと、それなりのデザイン性を保持していることが時計の必須条件、すなわち意味性となったといえる。デザイン的にダサイ腕時計をすることは、それを嫌う人が多いであろうから、やはりデザイン性も時計の意味性の一つといえるだろう。

このように、時計であれば時刻を知ることと装飾性という目標を達成するために多様な時計が生まれてきたと言える。こうした観点で様々な人工物を見直してみると、それがどのような発展をたどってきて、今後、どのように発展しうるかを考えることができるだろう。それが人工物発達学の視座ということになる。

参考文献

シリーズ「人工物発達学のアプローチ」

公開:2014年6月9日
著者:黒須教授

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