原典への旅(3):属性列挙法 (attribute listing)
これは、何らかの事物の属性を抽出し、その属性を他の事物に適用することで新しい使い方やコンセプトを生み出す発想法である。しかし、それが日本に紹介された時点で、その基本的な性質が変化してしまったのである。
属性列挙法とは
原典への旅として属性列挙法(attribute listing)を取り上げる理由は、それが日本に紹介された時点で、その基本的な性質が変化してしまったからである。
要約すると、この手法は、アメリカのネブラスカ大学教授だったクロフォード(Crawford, R.P.)によって提唱された発想法である。特性列挙法ともいわれる。何らかの事物の属性(attribute)を抽出し、その属性を他の事物に適用することによって、新しい使い方やコンセプトを生み出すというものである。
しかし、上野(1957)によって日本に紹介された時点で、何らかの他の事物の属性を当該の対象に適用するという点が、当該の対象の属性を取り上げて、それを検討する手法となってしまった。さらに上野は、対象の属性を、名詞的属性、形容詞的属性、動詞的属性に区別して考え出す、という変法を提唱しており、日本に紹介された時点で、その基本的性質が変化してしまい、現在、日本で知られているものは、むしろ上野法と呼ぶべきものとなっている。
原典を求めた経緯
以下の書籍を調査した。順に説明を加えてゆく。
Crawford, R.P. (1937) “Think for Yourself” Fraser Publishing
クロフォードの1937年の著書には、属性列挙法(attribute listing)という言葉はでてこない。そのかわり、問題解決においては問題をきちんと見定めることが重要であること、創造性は過去のアイデアや経験をベースにしたものであること、などが書かれている。また、第7章にはadaptationという重要な概念が提示されている。この単語は、適応と訳されることが多いが、ここでは改造とか作り替えといった意味で使われている。
彼が紹介している例は小麦のポン菓子(ばくだん菓子)なのだけど、ポン菓子に馴染みのない方もいるだろうからここでは小麦粉とする。まず小麦粉をAXとする。ここでAは小麦、Xは粉にすることを意味する。次にBとして米を考える。そしてBに対してAXの「属性」であるX、つまり粉にすることを適用すると、BXとして米粉が考え出される。CXとしてコーンスターチ、DXとしてそば粉なども考えられる。つまり、小麦粉をAXという形で原材料とその属性に分割し、その属性を他の原材料に適用することで作り替えができることになる。
クロフォードはこうしたA,X,Bの関係を三重化(triplication)と呼んでいる。こうした形でAXの属性Xを他のものに適用してBXやCXやDXを作るという考え方は、属性列挙法の基礎となるものである。その点で、属性列挙法という名前はでてこないが、この書籍を原典としてもいいだろう。
Crawford, R.P. (1950) “How to Get Ideas” University Associates
この本は、上野(1957)が文献として挙げているが、ネットでは関連した情報が一切発見できなかった。もちろんamazonでもである。ただし、上野がこれを参照したとして特性列挙法の説明を書いているところからすると、この本にその手法名が書かれているのかと想像する。
Crawford, R.P. (1954) “Techniques of Creative Thinking” Hawthorn Books (クロフォード, R.P.(藤井良訳) (1957)『アイデアを仕事に活用する法』ダイヤモンド社)
この本は1937年の著書と同様の内容であるが、紹介されている事例の多いことが特徴である。ここでも「新しい考案というものはすべてこれまであったものから思いついたものである」(訳本p.23)とか「過去を最大限に利用する」(訳本p.106)と書かれており、前述のAXからBXを生み出すプロセスと同様の趣旨が説明されている。また「何か他のものに応用しようとして有力な性質や特性を発見することは、そんなにむずかしいことではない」(訳本p.48)という箇所もあり、特性の「転用」がアイデア着想のカギになっているという主張が読み取れる。
ただし、本書にも特性列挙法という名前はでてきておらず、むしろアイデア生成のような一般的なことがらについての説明が中心になっている。
上野陽一 (1957) 『独創性の開発とその技法–独創的な考え方をする必要とその教育および開発の技法』技報堂、『改定増補版』(1959)
本書では、特性列挙法という名前を使った説明がなされている。例としてヤカンを改良するためのアイデアを生むために、まずヤカンの特性を列挙するという話が書かれている。さらに産業能率大学の橋本講師の発案した、物質(名詞的特性)、性質(形容詞的特性)、機能(動詞的特性)を区別して列挙する方法が紹介されている。ただし、AXからBXを考えるという形の説明はなく、AXのXという属性(名詞的、形容詞的、動詞的)を個別に検討して、それをAX’のように改良するという形での説明になっている。
Crawford, R.P. (1964) “Direct Creativity with Attribute Listing” Fraser Publishing
ここで初めて書名に属性列挙法(特性列挙法)という表現が含まれるようになった。以下の説明は、大方、この本から取り出したものである。
属性列挙法のポイント
クロフォードによれば、たとえばレンタカーというアイデアは、アパートと自動車を並べて考えることで生まれたものではなく、アパートの賃貸という属性を自動車にあてはめることで考案されたものであり、フォードが自動車の組立ラインの構想を思いついたのは、自動車工場と時計工場を比べて考えだしたのではなく、時計工場における流れ作業を自動車生産現場にあてはめることによって考案したものである。
つまり、単に異質な事物を組み合わせれば新規な発想が出てくるのではなく、既存の事物の属性を抽出し、それを別の事物にあてはめてみることによって新たな発想が得られるのである。いったん属性を抽出して、それを介して着想を得る、という点が重要である。
なお、ある事物の属性を列挙した後、その属性を他の事物ではなく、当該の事物に適用すれば、その事物の改良や改善のアイデアの生成につながる。これは上野(1957)がこの手法を日本に紹介するにあたって行った改変である。
この考え方を整理すると次のようになる。
- 変化をおこしたい事物(プロセスやアイデア)を設定する。
- それとは違う事物(プロセスやアイデア)を設定し、それについて品質特性や属性を考え、その属性を変化させたい事物に適用することで、何か新しい事物を考え出す。
ここで、属性とは当該の事物に関連したものであればなんでも良く、たとえば、その使い方、その構造、その材料、その販売方法、その広告のやり方などである。クロフォードは、このやり方は神秘的に感じられるかもしれないが、創造性を発揮させるための数少ない方法の一つだし、また人類がそうとは気づかずにこれまでの歴史の中で採用してきたものである、といっている。
ちなみに、この手法に属性列挙法というネーミングを行ったのは、クロフォード自身ではなく、MIT教授だったアーノルド(John Arnold)である(Crawford 1964, p.124)。
いくつかの事例
競争のはげしいドーナツ業界で、なんとか新しいドーナツを作りたいと考えていた社長が、マーガリンに着眼したとする。彼は、マーガリンが動物性脂質を含んでいないという属性をドーナツに適用することにより、ダイエットに適したドーナツを作ることに成功する。この発想は、ケーキ、パイ、フライドポテトなど、他の食品にも適用することができる。
ネタに困った作家が『アンクル・トムの小屋』を読んでいたとする。彼はそこから、主人公の属性を黒人から、アメリカ先住民に置き換えたり、イヌイットに置き換えたり、中国人に置き換えることで、新たな着想を得ることができる。
売上低迷に困っていた文房具屋の主人が、新聞には最新の健康関連情報が掲載されていることに気づき、新聞のその属性を彼の取り扱っているスクラップブックに適用し、健康情報スクラップブックとして売り出した。本屋にあるどの健康関連の書籍よりも新しい情報を集めることができるので、それなりにヒットした。
ココアを飲みたいと思った主婦が、ココアパウダーの缶が空なのを知り、冷凍庫にあったチョコアイスバーに目をつけた。彼女は、そのココア風味という属性に着目して、それをお湯にとかしてココアらしきものを作った。さらに彼女はチョコアイスバーだけでなく、その他のアイスバーにも注目し、いろいろなフレーバーがあるという属性を使って、様々な味の飲み物やプリンなどを作った。
重要な属性の選び方
クロフォードによると、人々が無意識のうちに選択する属性は、
- 儲けにつながること
- 省力化になること
- 健康に関すること
- 美やセンスに関すること
- その時の世間の風潮
といった方向のいずれかになる。ただし、アイデア生成の初期の段階では、上記の5種類に限らず、できるだけ多くの属性を考えるのが良い。そのためにクロフォードは、オズボーン(Osborn, A.F.)の9項目のチェックリストを使うことを勧めており、彼自身も次のような抽象的な属性リストを掲げている(Crawford 1964, p.35-36)。なお、こうしたアイデア生成の作業には、やはり同じオズボーンが提唱したブレインストーミングが有効であるとも言っている。
- 大きくしてみる
- 小さくしてみる
- 反対のことをしてみる
- 値段を高くしてみる
- 値段を安くしてみる
- 長くしてみる
- 短くしてみる
- 軽くしてみる
- 装飾的でなくしてみる
- 装飾的にしてみる
- 安全にしてみる
- ポータブルにしてみる
- 丸い形にしてみる
- 角張った形にしてみる
- 使いやすくしてみる
- 材料を変えてみる
- 色を変えてみる
クロフォードは明記していないが、これは、最初にある事物を選んで、その属性をピックアップしたのち、それを別な事物に適用する時に検討すべきことがら、ということになるだろう。
観察の重要性
クロフォードは、重要な属性に気づくためには、観察、特に差異に注意を向ける観察が大切だとしている。
その例として次のような例を挙げている。ネブラスカ州立歴史協会のキュレータのひとりが、発掘された遺物の一部が周囲の湿度にも関わらず完全に保存されていることを見出した。普通の人なら、「わ、良かったな」で済ませてしまうところ、彼は5年もかけてその原因を追求し、防水物質を発見するに至り、それをもとに会社をおこすまでになったことをあげている。この例は、発掘した遺物が他の遺物と違って(つまり差異に関する観察)腐敗していなかったという属性を見つけてから、努力の末に、それを他の物質の保存にも適用できる防水物質を発見するに至った事例といえる。
日本への移入
この手法は、1957年、産業能率大学の創立者でもある上野によって日本に紹介された。なお、上野は属性列挙法ではなく「特性列挙法」という訳語を用いている。彼は、特性列挙法の手順を
- その製品、またはその部品のもつ特性を全部列挙する
- 次にその特性、または特性群を系統的に検討する
- できるだけそれを変えてみて、製品本来の要求をさらによく満足させたり、新しい要求にも応じうるようにする
と紹介している(上野陽一 1957, p.101)。
さらに、産業能率大学の橋本講師(当時)の「あらゆる物には3つの特性がある。1つは物質に関連した特性、他は性質と機能である」という考えをベースにしてこの手法を発展させた。物質とは、そのもの全体、部分、材料、および製法であってすべて名詞であり、名詞的特性と呼ぶことができる。性質というのは、すべて形容詞で表されるので形容詞的特性と呼ばれることがある。さらに機能とは働きのことで、すべて動詞であらわされるので、動詞的特性ともよばれる(上野 1957, p.187-188)。
そして、やかんを改良する場合を例にとり、その使い方を例示している。やかんの場合には以下のようになる。
- 名詞的特性 全体:やかん、部分:つる、つまみ、蒸気穴、ふた、胴、底、つるどめ、茶こし、中(胴の内側)等、材料:アルマイト、木(つまみ)、製法:プレス、溶接など
- 性質 重い、汚い、黒い(つまみ)、黄色い(全体)など
- 機能 持ち運ぶ、湯をわかす、水を入れるなど
ただし、上野の紹介したやり方は、高橋(2002)(高橋誠 『新編創造力事典–日本人の創造力を開発する創造技法主要88技法を全網羅』日科技連出版社 (2002))もそれを踏襲しているが、特定の事物の属性を列挙することにより「その事物の」改善を目指す手法となっており、「他の事物」に適用するというオリジナルの考え方とは異なっている。もちろん、このような使い方もあっていいだろうし、特に名詞的特性や形容詞的特性、動詞的特性を区別するという点にはオリジナルな特徴がある。
それ以後、属性列挙法を紹介したウェブサイトなどでは、この「修正法」ないし「上野の特性列挙法」が説明されていることが多いので、注意が必要である。