UX工学のすゝめ

ユニバーサルデザインと同様に、今のままではUXも流行語として短命に終わってしまう危険性がある。UXには、概念の明確化と、設計・評価・確認の方法論の整備が必要だ。僕はそれをUX工学と呼びたい。

  • 黒須教授
  • 2012年12月19日

UXというキーワードが花盛りで、UPAまでもが会員レベルでの十分な議論のないまま、理事会が勝手にUXPAと改名してしまう始末だ。これまで毎年行ってきたWUD(ワールドユーザビリティデイ)がWUXDとなるのかどうかも知らされていない。この業界全体を見ても、活気づいているのはマーケティング分野の人々とデザイナーである。これまでユーザビリティを専門としてきた人々はむしろ当惑と混乱のなかにおかれている。反対に、新しいキャッチフレーズを必要とする人たちには歓迎されている。

ここで今、我々が注意しなければならないのは、UXという概念の実態を明確にし、その方法論を整備しておくことだ。振り返ってみれば、幸いなことに、ユーザビリティはそれほどキャッチフレーズとしてもてはやされず、したがって廃れることもなく現在に至っている。利用品質としての正当な位置づけを与えられるようになったといえるだろう。反対にユニバーサルデザインはキャッチフレーズとして一時期もてはやされたが、概念としての整理が不十分で、ユーザビリティやアクセシビリティとの関連性が整理されず、また独自の方法論も打ち立てられず、結果的には流行語として使い古されてしまった。そのコアな重要性は廃れる筈のないものである故に、今の状況はとても危機的なものというべきだ。同様に、今のような状態ではUXも流行語として短命に終わってしまう危険性がある。そのためにも概念整理や方法論の体系化が必要だと思われる。ユーザビリティもそうだったが、UXについても、アカデミアの人間よりは実践現場の人間が多く関与していることから、概念整理や方法論の整備を重視しない傾向があるように思う。いや、まだユーザビリティの方がNormanのような認知心理学をベースにした論客が多く、アカデミックなアプローチと現場のアプローチの融合が適切に行われてきたように思う。

ユーザビリティという概念がそれなりの地歩を固めることができた一つの理由には、ユーザビリティ工学という分野が確立されたことも関係しているだろう。もちろん、タイミング良くISO 13407が制定され、大きな影響力を発揮したことも関係している。ユーザビリティ工学という名称は、1993年のNielsenの書籍あたりに端を発している。Nielsenの考え方については批判も多いが、ともかくヒューリスティックという手法をベースにして体系化を指向した点については意義があった。そして、体系化にふさわしいモデルが、少し後の1999年になったものの、ISO規格として提示された。

さて、UXについてはどういう状況になっているだろう。2011年にUX白書が刊行されたが(編集部注: 記事の最後にリンク)、これは2010年に行われたDagstuhl Seminarに参加した関係者の意見を調整し、中心となったVirpi Rotoが彼女の考え方を取り込みながらまとめたものである。その意味では、欧州を中心にした考え方を整理してあるのだが、体系化という点ではまだ数歩手前の状態にある。Virpiは2011年のINTERACTで、UX評価法に関するチュートリアルを行い、自分なりの体系化を指向しているように見えるが、そこで紹介された手法にはユーザビリティの評価法との区別をつけにくいものもあるし、全体として見てもUXの持つ多面性がきちんと反映されていない。一つの理由は、ユーザビリティとUXの概念の区別が、まだ明確に定義されていないことが関係しているのだろう。いや、ユーザビリティとUXの関係については、1998年にNormanがユーザビリティ+αという形で提案したものの、それ以後、そのαの部分が何であるかを明確にした人がいなかった。

概念が明確にならなければ、それを評価したり、遡って設計したりする手法も明確にならない。まず為すべきことは概念の明確化だろう。実用的特性と感性的特性をベースにしたHassenzahlの考え方もその一つだが、僕はそれに加えて意味性の重要なことを指摘した。さらに実用的特性と言われているものと、従来の品質特性の関係を明確にすることも必要だし、感性という曰く定義し難い概念を明確にしてしまうことも必要だろう。哲学におけるような定義ができなければ、操作的定義でもいい。さらに対象としての人工物として、ハードウェアやソフトウェアだけでなく、ヒューマンウェアとしてのサービスを含める必要もあるだろう。そして、その後に、それを評価し確認する手法の整備と、そのようにして評価・確認されうる人工物を設計するためのアプローチが明らかにされるべきだろう。ISO 9241-210は、それなりにUXに近づこうと努力した形跡を見せている。しかし、いかんせんユーザビリティの規格であったISO 13407を改訂しただけのものであり、根本的にリセットしたものではなく、その点にもどかしい部分が残されている。

僕はそれをUXEつまりUX Engineering、UX工学と呼びたい。概念と方法論のセットされたものがあれば、具体的に現実を変え、適切な人工物を提供することができる。これについてはあと半年以内に、何とか書籍としてまとめてみたいと考えている。

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