空飛ぶクルマの実現性
2025年4月に開催予定の大阪万博の目玉のひとつとして「空飛ぶクルマ」が挙げられている。しかし、これには、混雑、時間的メリット、安全性という問題点が考えられるので、それについて考えてみたい。
大阪万博
2025年4月に開催予定の大阪万博は、本当に予定通り実現できるのかまだ不安視する声も高いが、そこでの目玉のひとつとして「空飛ぶクルマ」が挙げられている。大阪・関西万博のページによると、会場内ポートと会場外ポートをつなぐ2地点間運航の実現を目指して準備中であると書かれている。
空飛ぶクルマという発想は、誰でもが一度は夢見たことかもしれない。特に、高速道路の渋滞に阻まれてニッチもサッチもいかなくなった時、渋滞している車列を眼下に収めつつ、車列の上空をスイスイ行ければいいなあ、という気持ちを持った人も多いだろう。移動という達成目標を達成する人工物として、次に期待されるのは空飛ぶクルマじゃないか、と考えること自体は自然な発想といえよう。
そして、運航予定機種としては、図1のようなものが紹介されている。
ヘリコプターと同じじゃないのか
しかし、このイラストを見て思うのは、空飛ぶクルマといっても、結局ヘリコプターと同じことなんじゃないのか、という点である。ちょっと調べてみると、ヘリコプターと違うのは、電動であるという点にあるらしい。であれば、結局のところ巨大化した有人ドローンと呼んでもいいのではないだろうか。ヘリコプターもドローンもすでに商用化されている。その二番煎じではないのか、ということなのだ。
空飛ぶクルマの運航に係る事業者であるSkyDriveのサイトには、その特徴として、
- 開放感のある室内、大きな窓、どの席からも景色が見渡せる
- タクシーのように気軽にスマホで予約、チェックイン
- 既存交通機関とコネクトする事で利便性が広がる
- 街のいたる所が空飛ぶクルマのエアポートに
と書かれている。
また、静粛性については、ヘリコプターの80dB、自動車の60-70dBと比較して65dBと自動車並みであることが、利便性については、離陸重量がヘリコプターの3tに対して1.4tとヘリコプターの半分程度であることが、経済性については、部品点数が飛行機の95万点、ヘリコプターの10万点に対し、1-2万点と少ないことが書かれている。また所要時間については、USJや海遊館などのレジャー施設から会場の夢洲までは、電車・バスの約35分に対して約7分と短いことも謳われている。なかなかいいんじゃないの、と思わせるスペックではある。
空飛ぶクルマの問題点
しかし、である。いくつか問題点が考えられるので、それについて考えてみたい。
まずは混雑回避の問題である。上に紹介した「街のいたる所が空飛ぶクルマのエアポートに」という点は、実現可能性が怪しいのではないか。万博での二地点間運航ならまだわかるが、図2のように都市部のあちこちで空飛ぶクルマが発着し、それらが好き勝手な方向に飛行するとなると、空中の混雑はいかなるものか、と心配になる。自動車の場合、渋滞という問題は発生するが、同じ平面にある道路を走行しているために、しばしば渋滞はおきるものの、多数の車両が好き勝手な場所を様々な方向に向けて走っているわけではない。実際、道路というものがなかったとしたら、物凄い混乱と事故が発生するに違いない。将来、空飛ぶクルマが現在の自動車ほどの台数に、いや自家用車を除いてタクシーほどの台数になると考えてもいいが、そうなったとした場合、その混雑は混乱以外の何物でもなくなり、危険極まりないことになるだろう。なお、この混雑回避という点についてはGPSとAIと法整備によって、何とか回避できるのかもしれないが、過疎地であればまだしも、無理して市街地を飛行する必要性はどれほどあるのだろう。
次に時間的メリットについて考えてみたい。現在の航空機やヘリコプターは所定の場所、しかもかなり限定された場所から発着を行っている。また、飛行ルートについても厳密なルールがあり、衝突事故を回避するようになっている。となると、任意の二地点間では35分vs.7分という5分の1の短時間で済むものが、多地点間の飛行では、正規ルートを飛行するために迂回する必要もでてくるだろうし、結果的に時間的ロスも発生するだろう。さらに既存の交通機関との接続についても、電車からバスに乗り換えるように簡単に行くとは思えない。そこには収容人数の問題も関係してくるからだ(現在の仕様では、操縦士1名、乗客2名となっている)。電車から降りてきた人の何割が空飛ぶクルマを利用したがるかは(料金体系も絡んでくるので)簡単に予測はできないが、当然、長い待ち行列が発生するだろう。これでは時間的メリットも薄くなってしまうことが予想される。
次に安全面での問題がある。飛行台数が増えれば空中衝突の危険性もあるし、その場合、市街地に落下すれば二次被害も想定される。また、何らかの原因による墜落についても考えておかねばならない。地上の道路を走行している自動車ですら交通事故や自損事故は多発しているが、空中から落下した場合には人身被害のリスクはより大きなものとなるだろう。
空飛ぶクルマの未来
こうした問題点を考慮すると、空飛ぶクルマの未来は明るいものとはいえない。それでもチャレンジを続けるのが人間という生き物なのだけど。
ここにもう一つ、A.L.I. Technologies社が出した空飛ぶバイクに関する情報がある(【空飛ぶバイク】開発会社が破産“売りに出せる商品じゃない”“給料未払い”元社員が明かす開発の実態|ABEMA的ニュースショー)。これは空飛ぶクルマと類似の考え方によるバイクで、一人乗りである(図3)。価格は7700万円。最高時速100kmで最大40分の飛行を行うものだそうだ。2021年に同社は受注を開始したが、2022年には東証上場を断念し、2023年にNASDAQにSPAC上場(ペーパーカンパニーを上場しておき、その会社が目的の会社を買収する形で上場する裏口上場ともいわれるやり方)したが、研究開発投資がかさみ、その将来性についての不安から出資金の99%が回収されてしまって、資金繰りが悪化し、2024年には破産手続きを開始した、ということだ。負債総額は11億6750万円とのこと。出資金が回収されてしまった原因は、このバイクが見た目重視でコストが高くなってしまったこと、横風に弱く、搭乗者が落下してしまう恐れのあるものだったこと、飛行可能時間が40分と短くて実用的とは考えられなかったことなどがあったと言われている。
ただ、この空飛ぶバイクは失敗に終わってしまったが、空飛ぶクルマの将来性がないわけではないだろう。要するに電動ヘリコプターないし大型ドローンとして考えればよいのだ。その意味では、バイクとかクルマというネーミングは適切ではない。どうしても人間の移動手段というイメージになってしまうからだ。まず、達成目標としては人員輸送ではなく、物資輸送と考えるべきではないだろうか。つまり、移動という目標達成のための人工物としてではなく、搬送という目標達成のための人工物として活路を見出すのである。離島、過疎地、土砂崩壊で道路が通行不能になった場所などへの物資輸送という使い方にはまだまだ活路が見いだせるだろう。山岳救助とか水難救助という使い道も考えられなくはないだろうが、横風の影響を受けやすいという短所は、おそらく対処が困難だろう。
あとは、コスト・パフォーマンスである。本体価格が100万円台であり、運用コストも自動車並みかそれ以下であり、航続距離が100km以上はあるようなC/P比であることが理想的だろう。このあたりの技術開発は日本の得意とすることなので、無理に新規なコンセプトを狙わずに、地道にこうした技術開発を進めてゆくべきではないかと考える。万博では、もっとポイントを整理して、明確でわかりやすく、ネーミングも含めて納得性の高いデモンストレーションをやってほしいものだ。