羽田空港衝突事故のエルゴノミクス的課題

ヒューマンエラーは人間の不適切な操作により望まない結果を生むことである。今回の衝突事故では操縦関係者や管制関係者の操作が注目されたが、人間側だけでなく機器やシステムの在り方も問われる。

  • 黒須教授
  • 2024年1月29日

2024年一月は最悪の正月となってしまった。まず元日には能登半島で地震と津波が発生し、二日には羽田空港で日航機と海保機の衝突事故が発生した。さらに三日には北九州市で大火が発生した。とんでもない三が日になってしまった。今回は、そのうち飛行機の衝突事故に関してエルゴノミクスの観点から問題や解決の仕方を考えてみたい。ただし、現時点で入手できる情報には限りがあるため、一部の記載は推測を含んでいることをお断りしておく。

事故の発生

2024年1月2日、午後5時40分ごろ、羽田空港のC滑走路に海上保安庁のみずなぎ1号が進入して一時停止した。すでに日航機516便の着陸が予定されていたことから、管制からの指示は滑走路の手前で停止するように、というものだったようだが、みずなぎ1号は、その指示を聞き漏らしたか、勘違いしたか、理由の詳細は不明だが、滑走路に侵入してしまった。

そこから事故までの経緯は、ウィキペディアによると「17時43分02秒に管制から516便に滑走路34R(C滑走路)への進入継続の指示があり、同12秒に516便より復唱があり、以後516便は着陸を続行した。17時45分11秒に管制からみずなぎ1号へC滑走路停止位置C5への地上走行の指示ならびに離陸順序「ナンバー1」の伝達があり、同19秒に海保機から復唱後、誘導路を移動して停止位置C5を越えて滑走路へ進入して停止したみずなぎ1号が滑走路で停止して40秒程経過した17時47分ごろ、C滑走路にJAL516便が着陸した直後にみずなぎ1号に衝突して火柱が上がり、そのまま煙と炎を上げながら約1000メートル滑走した」ということである。

「ナンバー1」という伝達の意味が取り違えられた可能性などもメディアでは議論されたが、音声記録によると管制と機長のやりとりは相互に復唱されていたようで、原則にのっとったコミュニケーションが行われていたようではある。また、コミュニケーションが英語で行われていたために誤解が生じたのではないかという疑念もメディアでは放送されたが、英語とはいえほぼ定型文なので、そこに問題はなかろうということだった。

ヒューマンエラー

この事故は機体の不備によって起きたわけではなく、基本的にはヒューマンエラーと分類されるものになるのだが、この事故に関係した「ヒューマン」には3種類が存在した。日航機の操縦関係者、海保機の操縦関係者、そして管制関係者である。

日航機の操縦関係者については、C滑走路に着陸するにあたり、目視で海保機の存在を確認できなかったのか、というポイントがあるが、当日はもう暗くなっており、目視での確認は困難だっただろう。そのようなわけで、日航機の操縦に関しては、特に事故原因につながってしまうような落ち度はなかったと考えられる。

海保機の操縦関係者については、C5という停止位置で停止せず、C滑走路にでてしまって待機していたという問題がある。この原因がC5で停止せよという指示があったとしてそれを聞き漏らしたためなのか、その指示が不明瞭だったからなのか、よく分からない点があるが、いずれにしても操縦士と副操縦士の二人がいて、そのうえで停止位置で40秒もの間停止してしまっていたのは不可解ではある。ともかく管制側が意図していたことが海保機の操縦側には伝わっていなかったと考えられ、ここにヒューマンエラーの可能性が考えられる。

管制側の関係者についての詳細はなぜかあまり報道されておらず、日航機の担当者と海保機の担当者それぞれと管制との間にミスコミュニケーションがあった可能性は考えられる。ということは、ここにもヒューマンエラーの可能性があったことは否定できないだろう。

ヒューマンエラーとシステム最適化

英語には“to err is human”、つまり人間だれでも間違う可能性がある、という言い方があるが、ヒューマンエラーは、人間の不適切な操作により本来望んでいない結果が生じてしまうことであり、ほとんどの場合その結果は事故という形をとる。これまでは機器やシステムの操作者、今回の事故で言えば操縦関係者や管制関係者の操作が注目されてきたが、機器やシステムの設計が適切であったかどうかも重要な要因になるため、人間側だけでなく機器やシステムの在り方も問われるようになってくる。

図1 Normanの7段階モデル

認知工学者のNorman, D.A.は、ヒューマンエラーをミステイクとスリップに区別している。これは彼の7段階モデル(著名であり、かつ以前解説した回もあったので、詳細は説明しないが)に関係したもので、彼は、意図を形成する段階で誤ってしまうものをミステイク、操作を実行する段階で誤ってしまうものをスリップと呼んで区別している。図1でいえば、プランと詳細化の段階での誤りがミステイク、実行の段階での誤りがスリップということになる。

この左側の三段階の発生を抑えることがヒューマンエラーの削減につながると考えられるのだが、ヒューマンエラーをシステム的なサポートで減少させようとする努力は右側の三段階の改善につながる。こちらの三段階は工学的に行われるものだが、その設計段階でエルゴノミクス的配慮が行われていないと、所記の目的を達成することができず、ヒューマンエラーを見過ごしてしまう結果になりかねない。その意味では、ヒューマンエラーは、この7段階のすべてに関係しているというべきだろう。

このように、左側の人的要因におけるエラーを低減させる策と、右側の工学的(システム的)要因における不適切な設計を低減させる策とが合わさって、はじめてマンマシンシステム全体としてのヒューマンエラー削減が成立することになる、といえる。

今回の事故におけるシステム的要因の不備の可能性

次に、人的要因でなく、システム的要因が今回の事故にどうかかわっていたのかを考えてみたい。図2は、ANNnewsCHによる事故発生時の管制モニターに表示される内容(https://www.youtube.com/watch?v=Q40glOi-vjQ)だそうだが、滑走路が白から黄色になり、進入している飛行機が赤で表示されるのだという。モニターの大きさはiPad程度だという。

ANNnewsCHによると、この監視システムは、2007年に滑走路に誤侵入が相次いで発生したために、2010年に羽田に導入されたものだそうだ(https://www.youtube.com/watch?v=kBzd3ksYo1w)。しかし、もしそれが十分に機能しておらず、見落としがおきていたのだとすると、図1の知覚の段階でのエラーということになる。

図2を説明した元管制官に番組関係者が、点滅させるとか音を鳴らすということは考えられなかったのかと質問をしたところ、元管制官は「部外者とかSNS上の個人が好き勝手にいうのは間違っていると思います。やはり組織においてしっかりと見極めた方がいいと思いますし…思い付きで始めるのは危険だと思います」とたしなめるような発言をしていたが、この役人的発言は適切でないとは言えないものの、言い方が今一つであった。多くの人がエルゴノミクスの視点に関心を持つことは好ましいことだし、もっとオープンに議論をすべき課題ではなかろうか。あるいはエルゴノミクスの専門家の意見をさしはさんで、そうした指摘をさせるべきではなかったのだろうか。

もちろん彼が指摘するように、管制室には様々な音があふれているだろうから警報を鳴らすにしても他の音と識別性が高い音をつかう必要はあるだろうから、それはきちんとした研究でおこなうべきだろう。しかし、音や点滅を効果的に使うべきだったという点については、事故が起きてしまった場合の重篤性に鑑みれば、もっと番組関係者の意見に賛意を表明すべきだったと思われる。またiPad程度の小さな画面で良いのかという点も、専門的調査をすべきだろう。万一のテロの発生などを考慮して機密保持的な姿勢になるのはやむを得ないところもあるだろうが、エルゴノミストの端くれである筆者には不満の残る回答だった。

図2 ANNnewsCHによる管制モニター画面(イメージ)

航空管制業務はエルゴノミクス的な考慮を注入すべき非常に高度な場ではある。個別最適化を図るのではなく、システム全体としての最適化を図るのは当然のことだろう。

しかし、今回の事故に関しては、現状のシステムでは不十分であることが明らかとなってしまった。この点については、管制モニターのサイズや点滅表示、警告音だけでなく、滑走路上への大型電子表示の設置、管制塔と各飛行機との間でシェアすべき情報、両者の間でのコミュニケーションのあり方などに関して、もっと持続的で本格的な議論がなされるべきだろう。少なくとも海保機が指示に反してC5でなくC滑走路にでてしまった時点で、それを海保機に知らせ、早くそこから移動させる処理、そして日航機にC滑走路に他の機体がいる(ないし障害物がある)ことを知らせ、回避行動をとらせる処理などが行われるべきだったろう。

「思い付きで始めるのは危険」ということはたしかにその通りだが、より多くの人々が安全ということに、そしてそれを達成する手段の一つとしてのエルゴノミクスの重要性に関心を持つことは好ましいことだと考える。