デンマークデザインへの疑問
今回の出張旅行で見かけたDenmarkのデザインについて、限られた範囲ではあるが報告しておきたい。北欧には北欧の良さはあるのだろうが、それが日本に比較して礼賛すべきものばかりとは限らないだろう。
久々の海外出張
7月末からHCI International 2023のためCopenhagenに出張してきた。まあ定年退職して無所属なんだから、あまり「出張」という言葉にこだわる必要もないわけで、正直にいえばCopenhagen近くのお城などを見物しに四日ほどは観光をしてしまったのだが、オープニングセレモニー、大会長ミーティング、論文誌委員会、プログラム委員会ミーティングなどには真面目に参加してきた。大会に出発する前には、大会長のお仕事として12件の論文からBest Paperを選出する仕事や委員会メンバー増強への依頼、来年度の大会への準備などもしていた。
それにしても今回はハイブリッド開催ということだったけど3年間のオンライン開催で久々に会う関係者の顔には3年分の加齢が刻まれているような気がした。もちろん自分もなのだが、やはりin-person (face-to-face)にはそれなりの良さがあるのは確かだ。ただ、それが円安で高騰した飛行機運賃やホテル代と見合うかどうかは疑問に思うところもある。それでも20人ちょっとの日本人が参加していた。全体としても過半数はオンライン参加で、半分弱がin-person参加だった。具体的にはオンラインが1539名、in-personが1268名だった。
予算的にうまく成立するのか心配ではあったけど、オンライン参加でも参加費は割り引かれないということなので、人数が少ないから会場費が少なくて済んだ分とオンライン設備(WhovaとZoom)費用がかかった分とで相殺できているのかもしれない。
さて、今回は、この出張旅行で見かけたDenmarkのデザインについて、限られた範囲ではあるがちょっと報告しておきたい。ちなみにDenmarkへの出張は5回目で、多少見慣れてしまって書き漏らしてしまうだろう部分もあると思う。北欧には北欧の良さはあるのだろうが、それが日本に比較して礼賛すべきものばかりとは限らない。そんな視点で見たことを書いていく。
木製の食具
まず機内食でもでてきたのが写真の食具、木製のナイフとフォークとスプーンである。ちなみに航空会社はSAS。日本でも木製食具を採用しているファーストフード店などはあるが、Denmarkでも簡単な食事をする場所ではよくみかけた。もちろんホテルやちゃんとしたレストランでは普通の金属製の食具が使われていた。脱プラスチックということで「先進的」な取り組みと評価する向きもあるようだが、僕は否定的な評価をしたい。
プラスチック食具より前に使われていた小さな金属製の食具の方がずっと使いやすかった。金属製食具はテロに使われる可能性があるということでプラスチックになり、さらに脱プラスチックということで木になったのかもしれないし、回収の手間を省く意味で一切合切を捨てられる木にしたのかもしれないが、利用者の不便益を考えているのだろうか。
この食具、柄の部分がプレスされて多少まるみを帯びている。持ちやすさのためかもしれないが、必ずしも持ちやすくはなかった。そして、ある程度の厚みのある木材を使用しているためにナイフは切れにくく、フォークは刺さりにくい。スプーンはくぼみの深さが足りず使いにくい。形だけを真似すればいい、というものではないだろう。
エレベータのボタン
筆者の宿泊したBella Skyというホテルの階床ボタンである。一階が0階になっているのはイギリスのように習慣だから仕方ないだろう。筆者の部屋は1306だったけど、それであれば13を押せばいいので、始点が0でも1でもあまり問題はないように思う。あと、横並びに数字が並び、つづいて二段目に、となっている配列は、左右と上下の間隔が両方とも狭いので、日本でよくみかける階床ボタンのように群化の法則の「近接の要因」によって混乱を起こしやすいデザイン(以前紹介したことがあるが)にはなっていない。しかし、間違って押したボタンを二度押ししても取り消しにはならない。
特徴的なのは「閉める」ボタンがないことだ。だからゲストたちは閉まるまでじっと待っている。まあ、せっかちな日本人には「閉める」ボタンは必要なものだけど、これは国民性といってもいいのだろう。ちなみに23階建てのホテルでエレベータは5基、それと業務用の1基が用意されていた。ということで、階床ボタンについては、特に批判すべき点はない。
ホテルと会議場のフロアプラン
このBella Sky Hotelは写真のような奇をてらったデザインになっている。ただ、よく見ればわかるように中階層から上の部屋が少しずつずれているだけで、全体が斜めに傾いているわけではなく、居住性に悪影響を与えているわけでもない。ただ、見上げたときにちょっとした不安感を引き起こすものではあった。
これほど珍奇なものでないが、メトロに乗るとしばらく地上を走行するのだが、車窓に見えてくるビルはすべて独自で特徴的なデザインとなっている。何やら強迫的に他とは一線を画さなければならないんだという気持ちを建築家たちが抱いているのかもしれない。まあ、趣味の範囲内だから、居住性が悪くなければその点はいいとして、問題なのはホテルと一体になっているBella Skyの会議場のフロアプランである。
下の図が会議場の1階(Ground Floor)と2階(First Floor)の平面図である。ただし、これらの図の左端はホテルになっていて平面図には表示されていないので、実際にはこれらの図よりももっと広いスペースがホテルに充てられていることになる。なお、上の図のホテル外観では高層の二棟がホテルであり、右端にある二階建ての平屋スペース(写真では途中で切れている)が会議場になっている。
そして、二つのホテル棟の間は2階と23階の部分で空中回廊によってつながっており、ホテル棟から会議場棟とは2階部分の空中回廊によって移動できる。1階では一旦外に出ないとホテル棟と会議場棟とを行き来することができない。しかも、ホテル棟から空中回廊を渡って行けるのは会議棟の一部である。図5において〇で囲った部分には防火扉のようなものがあり、それが施錠されていたのだ。これは設計ではなく運用の問題かもしれないのだが、そのせいでホテルの2階から会議棟にやってきても、一部の会議室以外にゆくときには、会議棟の1階まで一旦階段をおり、そこを移動して、改めて2階に上らねばならなかった。これは最悪である。文章で説明するのはなかなか困難なのだが、図と写真とを合わせて想像していただきたい。
大会の主なセッションは会議場棟の2階で行われたが、ともかく図5をよく見ていただきたい。眺望が悪くて任意の場所に立って全体を俯瞰することが困難なことがわかるだろう。さらに随所に太い柱があって視界をさまたげている。ガラスや木材を多用してあり、ちょっと見にはきれいにみえるのだが、実際に使ってみると利用者を混乱させる仕掛けに満ちているのだ。ようやく慣れるまでに筆者の場合、2,3日を要した。
地下鉄の駅の昇降
地下鉄の駅には図6のようにエレベータがついている。しかし、それが運転されていないのだ。ボタン部分の表示には、車いす、ベビーカー、自転車が利用できることが示されている(ただし、自転車は平日の7:00-9:00と15:30-17:30は利用不可となっている)。そして駅員の姿もない(ついでに、電車も無人運転である)。さらに、エスカレータもない。あるのは3階分くらいの長い階段だけである。それで階段をおりようとしたベビーカー利用の女性は、図7のように、一旦子どもを置き、ベビーカーを下まで担いでゆき、あらためて子供のところに戻ってきて子供を抱いて降りていった。
こういうことが当然のように考えられているのだろうか。それとも一時的な故障や修理のための運休なのだろうか。以前もコペンハーゲンの鉄道駅を紹介したことがあるが、そこでは「動かないエレベータ」すらなかった。ユニバーサルアクセスではないコペンハーゲンの駅の実態である。
ゴミの分別
街中ではゴミの分別はよくやられていたが、ホテルの部屋の小さな円筒形のゴミ箱のデザインは問題だった。写真の奥にあるのがペットボトルらしい。ただプラスチックごみ全般を意味しているのかは不明である。右側は書類の図が描かれており、紙ごみ用らしい。ただ書類以外の紙を捨てていいのかは不明である。その他が手前左側…のようだった。しかしとにかく小さく狭い。ペットボトルなどは500mlを二つ入れると満杯になり、あとはゴミ箱の脇におくことになった。「その他」らしき部分には袋がかぶせてあり、雑多なゴミをいれるのだと想像はできるが、あまりの小ささにすぐにゴミがあふれてしまい、結果、ゴミ箱の上に横積みにすることになった。これは意欲余って形足らずとでもいうような代物であった。
以上、コペンハーゲンで見つけた困ったちゃんたちを紹介してきたが、まあ街中にはゴミは落ちていないし、SUICAのようなIC切符は便利だし、そこそこ気軽に利用できる街ではあった。