HCI International 2024について

HCIIは、世界の三大HCI国際会議のひとつであり、少なくとも規模的には最大のものである。本年は、6月29日から7月4日まで、アメリカのワシントンDCで開催された。今回はその速報をお伝えすることにしたい。

  • 黒須教授
  • 2024年7月9日

大会の概要

HCI International (HCII)は、ACM SIGCHI、INTERACTと並んで世界の三大HCI国際会議のひとつであり、少なくとも規模的には最大のものである。歴史的には、1984年に、Gavriel Salvendyと田村博先生が中心になって、第一回日米HCI会議として開催されて以来のものであり、2013年までは隔年開催で、以後毎年開催となって今回に至る。今回で25回目の会議ということになる。本年は、6月29日から7月4日まで、アメリカのワシントンDCにあるワシントンヒルトンホテルを会場として開催された。つい先日、アメリカから帰国したばかりなのだが、今回はその速報をお伝えすることにしたい。

開催時期と参加様態

この学会、例年は7月の下旬に開催されているのだが、今回だけは一か月早く開催されることになった。その理由は7月4日の独立記念日を大会最終日に同期させる、というプランのせいだった。たしかに独立記念日はアメリカ人にとっては大切なイベントなのかもしれないが、参加者たちの意見としては「それはアメリカのことであって、この会議には関係ないでしょ」というものが多かった。しかも、アメリカ人の意見としても、当日は家族で食卓を囲むことが多く、街にでて大騒ぎをするようなものではない、ということだった。

実際、20:30から始まった花火は散発的でしょぼいものだった。しかも、それが0:00過ぎまで続いていたり、それに混じって明らかに銃声と思える音が連続していたりして、街中にでることは憚られたため、パレードがあったのかどうかもよく確認してはいないが、とにかく当方にとってはどうでもいい独立記念日だった。さらに、ホテルのプールサイドでBBQパーティが開かれる予定だったのが、天候の理由から室内での開催に変更され、何ともはや、という状況であった。

ともかく時期が1ヶ月早まったおかげで、この時期が授業期間中である日本やポルトガル(たまたま話をして知ったのだが、他の欧州諸国の状況までは分からない)などの参加者からは、今回は学会参加をパスしよう、という意見が多くあったようだ。会議参加者の数も昨年のコペンハーゲンからは大幅にダウンしてしまった。その傾向は表1に見られるとおりだ。コペンハーゲンでは1839件あった論文数は1484件にまで低下し、参加者総数も2807人から2203人に減少している。特に日本からの参加者の落ち込みが大きかった(実数はまだ把握していない)ようで、総大会長のConstantineからは「どうしてなんだろう」と疑問を投げかけられたので、開催時期のまずさを回答しておいた。

Year Number of Papers (poster) Authors Registration Number Note
invited not invited total in the proceedings countries participants countries venue date
2024 836 648 1484 410 5255 75 2203 69 Washington DC, USA 29 June-4 July
2023 1031 808 1839 531 6731 87 2807 77 Copenhagen, Denmark 23-28 July
2022 849 720 1569 456 5536 81 2288 71 (Virtually) 26 June-1 July
2021 856 593 1449 386 5061 79 2078 71 (Virtually) 24 – 29 July
2020 988 783 1771 382 4922 85 2072 77 (Virtually) 19 – 24 July
2019 782 490 1272 263 3670 64 1942 60 Orlando, USA 26 – 31 July
表1 会議参加者数の推移

なお、2203人という今回の大会の参加者総数は、会議当日のスライドでは2206人に変化していたが、内訳をみたところバーチャル参加が1386人でリアル参加が820人であった。バーチャル参加ということは、Zoomによるハイブリッド参加をした人たちということになる。バーチャル参加もリアル参加と同じ参加費であったにもかかわらず、これだけの人数がいたということは、旅費や滞在費というコストの面と、時間的ロスを考慮すれば、バーチャル参加に魅力を感じる人が一定数いたことを意味しているだろう。

ちなみに、次回のHCII 2025は、スウェーデンのヨーテボリで6月22日から27日まで行われるになっている。時期については、その発表がワシントンDCと一緒に行われたせいか、6月でもいいだろうと思い込んでいた節がある。HCII 2026については、まだ公式発表は行われていないが、この点が改善されることを期待したい。

また2020年から2022年までの3年間はコロナのため完全オンラインでの開催となったが、その前にリアルで開催されていた2019年と比較すると、むしろ多少、参加者数の増加がみられるのは興味深い。そこではハイブリッド開催もされていなかったが、3年間も同じ傾向が続いたということは、オンラインはオンラインなりに有効だった証である、とも考えられる。今回の大会で関係者から意見を募ったところ、リアルとオンラインを融合した(筈の)ハイブリッド開催にむしろ問題があったという話が多かった。リアルと比較するとオンライン参加者のセッションへの積極的参加の度合いが低く、会議開催者の運営上の負荷が高まったこともあり、評判はいま一つであった。

このあたり、CSCWの領域での恰好なテーマである筈なのだが、バーチャル開催やハイブリッド開催をより効果的にするための工夫に関する研究がほぼ皆無であったことは残念である。

招待論文と一般論文

ちなみに、表1でNumber of Papersという数値のなかには、invitedとnot invitedという欄が設けられているが、前者は日本でも良く知られているorganized sessionでの発表であり、後者は通常の公募論文である。invitedが多いとみるか、両者にさほど差はないとみるかは人によるだろうが、筆者の知り合いの日本人の大多数はorganized sessionで発表をしている。そこでは、提出した論文についてはorganizerが良しと判断すればそれで採択となる仕組みとなっているので、実質無審査に近いわけである。いいかえれば、HCIIの発表論文の質が低いと、特にACM SIGCHI信奉者から批判される理由のひとつにもなっているのである。その点については、大会長ミーティングでも指摘しておいたのだが、organized sessionはHCIIの特徴の一つでもあるという総大会長からの意見で看過されることになってしまった。まあ、半分近い数の一般公募論文があることで、何とかレベルの維持ができている、ともいえる状況ではある。

取り上げられるテーマ

これはHCIIに限った話ではないのだが、現在のHCIが技術的成長段階から飽和状態に近づいてきている、という問題がある。1980年代や1990年代はまさにHCIの成長期で、いろいろと新しい技術的進展が見られた。しかし、21世紀に入ってからは、モバイル分野を別として、新たなHCIの発展領域が見えにくくなっている。技術的な新展開だけを目指した研究開発はいまや頭打ちになっている状況ともいえる。VRに始まり、さまざまな展開を示してきた仮想技術もメタバースあたりで足踏み状態に入ってしまい、エンタテイメント領域以外での応用も華々しいとはいえなくなっている。

筆者の所属するHCI TA (Human Computer Interaction Thematic Area)のプログラムボードのミーティングでその話をしたところ、HCIには思索(speculation)が足りない、という意見がでた。社会における技術の受容に関する研究や、個人の生活領域における変化などについて、もっと深く考えることが必要なのではないか、という趣旨の意見だった。さらに、その一環として、幸せな未来を語る技術的な話だけでなく、暗部(the dark side)について、つまり、ネガティブな面についての可能性を哲学的に考えるような議論が必要なのではないか、ということでもあった。いいかえれば、HCI技術は幸せなユートピアの実現を目指すような話ばかりしてきたけれど、その反対のディストピアに陥ってしまう可能性を議論してこなかったではないか、ということでもある。これには筆者も全く同感だった。

ただ、現在のような発表形式のなかで、そうした内容をtechnical paperとして出すことは難しい。こうした内容についてはtechnical paperではなく、panel discussionやworkshopという形が望ましいと思われる。現在、panel discussionは公式のイベント形式とはなっていないが、まずはそのあたりから改善を試みる必要があるのではないか、と感じられた。

剽窃事件

これは会議開催直前になって発覚したことだったが、ある研究者から自分の論文が盗まれているという主張の連絡が入ってきた。調べてみると、驚いたことに、指摘された論文は、オリジナル論文のコピーに近いものだった。何と図表などは、6つとも完コピに近い状態であった。さらに驚いたことには、剽窃を行った研究室から出されていた別の論文が、また別の論文から内容を剽窃したものであることも分かってきて、開催直前にもかかわらず、大事件となってしまったのだ。こうしたことは表に出にくいだろうから、これまでにもあったことなのかも、また今回、この2件に限った話ではないのかも分からない。しかし、事は出版社を巻き込む事件となり、剽窃論文を提出した著者たちは退職させられることになったと聞いた。

少なくとも事前に発覚したことは不幸中の幸いではあったが、HCIIほどの大規模な大会になると、全部の論文について、こうしたチェックを事前に行うことは不可能に近い。コピーされた著者からの訴えがなければ、そのまま通過してしまう可能性が高い。AI技術の進歩によって、どこまでこうした事件が防げるかは分からないが、そのあたりの技術的進展には期待せざるを得ないだろう。

以上、今回のHCII 2024について、ざっと、そのあらましを紹介した次第である。