イノベーター理論(2) - ラガードの生き方

消費者層全体を、商品購入の態度によって類型化した、ロジャースのイノベーター理論についての3回シリーズ。2回目の今回は、ラガード(遅滞者)の生き方という点に焦点をあてる。

  • 黒須教授
  • 2014年1月15日

※「イノベーター理論(1) – 理論の概略」からのつづき

さて、ロジャースのイノベーター理論では、ラガードは遅滞者という不名誉な名前をつけられており、世の中の進歩から遅れた人たちという見られ方をされてしまっているのだが、ここで敢えてラガードについて考えてみたい。

そもそもイノベーターだって悪くいえばお先っ走りで新しもの好きで、いささか軽佻浮薄なところがあるように言うこともできるだろう。もちろん革新と保守という分け方は、政治の世界からアートの世界、業務運営の世界、そしてプロダクトの世界まで、多岐にわたるものであり、政治的に革新だからといって他のすべてにおいても革新的であるとは限らない。本稿で扱うのは、あくまでも教育や業務遂行、日常生活などの場面において活用される機器やシステムに関する話である。

その場合、利用する方法や機器・システムが新しいか古いかというだけではそれを評価することはできない。そのやり方や導入する機器やシステムが業務効率や生産性などの基準に照らして優位であることが明確にならなければ、単なる目新しさを追い求めることになってしまう。家庭の日常生活でも同様で、それがコストをかけただけのメリットを示してくれないのであれば、導入する効果はないといっていいだろう。

僕は、仕事柄、新しいICT機器やシステムには関心があり、また自身がハイテク弱者であることからどれだけそれが使いやすいかどうかにも関心があり、そんな研究上の理由から新製品については比較的貪欲に購入し、試用や利用をしてきた。ただ、それらを十分に活用してきたかというと、自信を持ってそうですとは言えない後ろめたさもある。

人工物発達学の考え方からすると、一槽式で手回し脱水機のついた洗濯機は、脱水槽の付いた二槽式洗濯機に進化したし、さらにそれが全自動洗濯機に進化した。この流れは逆行することはなく、新しいものが古いものを駆逐するという形になっていた。さらに電気乾燥機が登場することにより、全自動洗濯機と電気乾燥機を組み合わせた使い方が普及した。しかし僕の家の洗濯システムは、実はここで止まっている。いわゆる洗乾と呼ばれる洗濯乾燥機については、何となく疑いの目を向けていて、また値段も相当に高かったこともあって、導入には踏み切っていなかった。さらにいえば、洗濯作業の効率において、全自動洗濯機と電気乾燥機の組合せは、それほどの問題点を感じさせなかったし、そもそも現在の洗濯システムが壊れていないということもある。では価格の低下してきた現在、洗乾をアーリーマジョリティかレイトマジョリティというスタンスで導入するかというと、それでもまだ躊躇しつづけていて、どうやらラガードになりそうな気配がしている。乾燥の前に絹や麻物を分けなければいけないという手間は電気乾燥機の場合と同じだから、というのが一番の「保守的な」理由である。

三次元テレビが話題になった時には、視覚的な手がかりの矛盾(両眼視差と輻輳や調節との矛盾)のため、長時間の視聴は困難だと思っていたし、家庭で家族が眼鏡を掛けている光景が考えられないことなどがあり、ラガードになる覚悟で様子見をしていた。案の定、映画館での三次元映像はそのまま続いているが、三次元テレビはもう話題にならなくなった。これはラガードでいて幸運だった事例ということになる。

要するに、新しいものを新しいという理由だけで購入したいとは思わない、という点で僕はイノベーターではないと言ってもいい。ICT機器についてはこれまでは研究費で購入できたので購入してきたが、それでも失敗した買い物、つまり使わなくなったものは相当数ある。イノベーターというのは、そうした失敗を省みずに敢えて新しさに向かうという意味では、やはりある程度の経済的余裕がないと無理なことなのかもしれない。

反対に、ラガードの人たちは、特に新しいものがなくても、古い物で「同じようにやってゆけるのであれば」特にそれに移行しようとは思わない人たちなのだろう。つまり、ポイントは「同じように」あるいは「それ以上に」という保証が得られるかどうかである。ラガードは経済的理由も関係して、その点に関しては非常に慎重で保守的になる。要するに、単に採用時期が遅れるだけではないのだ。本当にそれが有用かどうかを確認してみないと導入には踏み切らない人たちだ、といってもいい。

ユーザのあり方を考えた時、世の中のマーケティングに踊らされず、実質的なメリットを十分に考慮するのがラガードという結果になるのだとしたら、これから研究費もなくなり年金生活に入ってゆく時期にいる僕は躊躇なくラガードになるだろう。ただ、ICT機器やシステムについての情報感度は落としたくない。情報は得つつも、その有効さの真偽を確かめて、という慎重さが僕のラガード「転落」の近未来像である。

シリーズ「イノベーター理論」