生活者という言葉

人によるサービス活動の場合、長時間で連続的なものは少ないが、それでもユーザと言うのか。建築物や公園の遊具のような場合、利用する人達はユーザではあるが、消費者というフェーズはあるのか——。そこで思いついたのが生活者という言い方だった。

ちょっとした議論

先日、コンセントの長谷川さんとちょっとした議論をした。顧客(customer)、消費者(consumer)、それとユーザ(user)とはどう違うか、というような話だった。僕はいつもの通り、消費者は人工物を購入するまで、ユーザは購入してから、顧客というのはその全体をさすものと話したが、製品についてはそれでいいかもしれないが、サービスについてはどうなるだろう、という話になった。

サービスについては、Zeithaml et al. (1985)が指摘しているように、不可触性(intangibility)、不可分性(inseparability)、変動性(heterogeneity)、消滅性(perishability)といった特性があり、製品(product)とは大きく異なっている。また製品でも、ハードウェアの場合には単体でサービスを行うものは少ないが、それでも自動販売機のように(無人とはいえ)サービス活動を行うものもある。ソフトウェアの場合には、内部処理は別として、入出力に関するインタラクションはサービス活動とみなした方がいい場合が多い。しかし、全体として入力操作と出力結果の対応関係には変動性(揺らぎ)がない点が人によるサービス活動とは大きく違っている。

しかし、純然たるサービス、つまり人によるサービス活動の場合には、変動性もあれば、不可触性もあるし、不可分性も、消滅性もあるのが普通である。その場合、時系列的に考えると、瞬間的に、あるいはごく短時間で終了してしまうことが多く、ヘルパーが車いすを押して散歩にゆく場合のような長時間で連続的なサービス活動は少ない。つまり一般に、利用している(useしている)時間が短いのだ。それでもユーザと言うのか、あるいは消費者と言うだけにした方がいいのか、という疑問がある。

その反対に、製品でも建築物や公園の遊具のような場合、そこを利用する人達はユーザではあるが、消費者というフェーズはあるといえるのだろうか。この場合には、顧客という言い方すら不適切だろう。

そこで二人がほぼ同時に思いついたのが生活者という言い方だった。生活者なら、自動車でも自動販売機でもソフトウェアによるガイダンスでも公園の遊具でもヘルパーに車いすを押してもらう場合でも使えるのではなかろうか、という訳だ。

そして話は、生活者って日本では言うけれど、さて英語ではなんでしょうね、という話題に移った。human beingかなあ、living peopleかなあ…、というところで他の人が入ってきて、話は中断した。

生活者と生活工学

こういう時にざっと調べるにはウィキペディアが便利である。そこには

多様な価値観を持って、多様な生活行動をする者のこと。社会学、経済学などの分野で使用される。

とある。また

経済学の分野では、1940年代から大熊信行が使用している。

ともあった。それでは、ということで分厚い有斐閣の「新社会学辞典」をひもといたが、ない。生活時間、生活時間調査、生活指導ときて、次かと思いきや、生活周期、生活水準となってしまっていた。まあ、他の生活云々という言葉の場合、lifeとかlivingという英語になっていることが多い、ということだけは分かったが。

参考までに、HCDやUCDに関連した分野では、一般社団法人の「人間生活工学研究センター(HQL)」が生活という言葉を使っている。ただ、そこで行われている研究には人間工学的なものが多く、生活というニュアンスが強く打ち出されている訳ではない。

他方、大学の専攻では、お茶の水女子大学と奈良女子大学とに、大学院生活工学共同専攻が2016年度から開設されたようだ。その趣旨については

生活者視点からの工学の推進、そして人と暮らしを中心とした物づくりの実践を通じて、学際融合型の生活工学教育・研究を展開します。科学技術にライフスタイルを合わせるのではなく、ライフスタイルに合わせた科学技術の創造が求められています。本共同専攻では,安全・安心で豊かな未来の社会・生活を創造すべく、生活に関連する諸課題を生活者の視点に立ち、工学的手法に基づき解決できる人材を育成します。

と書かれているが、何となく良くわからない。教員の専門を見ても、建築学、人間情報学、材料化学、自然人類学などの方々で、生活科学という専門の方は二人しかおられない。どうも、これからじわじわと外延と内包を固めてゆく状態であるようだ。

また研究領域として関連性が深いと思われる家政学はhome economicsが英訳だそうだし、アメリカ家政学会は1994年にアメリカ家族・消費者科学学会(American Association of Family and Consumer Sciences)と名称変更をしたらしい。消費者があって、ユーザがないのはfamilyの科学としてはけしからん、とも思うのだが、僕が腹を立ててもどうにかなるものではない。

生活者は的確な表現か

しかし、日本語の生活者という概念は、意外に曖昧な概念でもある。生活行動をしている時の人間のことを意味しているということではあるし、人間の行動は24時間生活であるといえば確かにそうなのだが、汎用的であるが故に却って焦点がぼやけてしまっていて、消費者とかユーザ、あるいは顧客と言った方が的確であるように思われる。つまり文脈に即した言い方の方が好ましいとも思えるのだ。もう少し時間が経って、生活者という言葉が耳に慣れてくればまた違った状況になるかもしれないが。

公開:2016年6月28日
著者:黒須教授

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