ISO 9241-210批判 1/3

ISO 9241-210:2010には大きく3つの問題がある。その問題について3回に分けて指摘する。1回目は、UXを取って付けたように組み込んでいることについて。

  • 黒須教授
  • 2013年1月28日

ISO 13407:1999を日本に紹介した一人として、その改訂版であるISO 9241-210:2010を批判するのはいささか心苦しいのだが、やはりそうせざるを得ない気持ちがある。それは、ISO 9241-210が、UXを取って付けたように組み込んでいること、サービスを「何気なく」と思えるほど安易に取り入れていること、設計プロセスの図の改悪、などについてである。

まずUXについて書きたい。最近はUXという表現そのものの不適切さを指摘して単なるXとすべきではないかと提唱しはじめているが、ここではUXという表現を採用しているという前提での批判を書く。そのスタンスはUX White Paper(以後UXWPと略記する)+αとでもいえると思う。結構αの部分が大きいかもしれない。

1. UXについて

1.1 HCDとUX

これについては、2.15に「Person’s perceptions and responses resulting from the use and/or anticipated use of a product, system or service」と書いてあり、anticipated useを入れているあたりは評価できる。ただ、4.1では「the design addresses the whole user experience」とUXとの関係を書いてあるが、このあたり、ユーザビリティに重点化していたISO 13407の分かりやすさと比較すると、焦点が二重化してぼけてしまっているようにも思える。この点は、2.7のHCDの定義でも「Approach to systems design and development that aims to make interactive systems more usable by focusing on the use of the system and applying human factors/ergonomics and usability knowledge and techniques」とusableとかusabilityについて述べてあるものの、注を含めて、そこにはUXのことは一切書かれていない。ここには、ユーザビリティを志向したISO 13407にUXを後付けした点が明瞭にでているといえる。たしかに、ISO 9241-210までUXに関連したISO規格はでておらず、それにもかかわらず世の中ではUXに関する議論が喧しくなってきたので、ここでひとつUXについても言及しておかねば、となった事情は理解できる。しかし、それをISO 13407の改訂に含めるべきであったかどうかについては、僕は否定的である。usabilityとUXについての混乱を引き起こさないためには、別の規格として新たに起こすべきではなかったか、と思われる。

1.2 HCDとUXの関係者

4.1に書かれた点については4.6で詳しく説明がしてあり、広告などマーケティング的要素についても触れている点は適切と思われるし、4.7のmultidisciplinary skills and perspectiveの部分では、dとして「marketing, branding, sales, technical support, and maintenance, health and safety」が書いてあり、UXに関与するであろう企業サイドの人々はこれでほぼ網羅されているとも思える。この点はこれで良いだろう。

1.3 UXの時間構造

また時間構造については、2.15の注1の、「User experience includes all the users’ emotions, beliefs, preferences, perceptions, physical and psychological responses, behaviours and accomplishments that occur before, during and after use.」では、さらにbeforeとduringとafterと書いてあって、UXの時間構造については適切と思える表現をしている。この考え方は基本的にUXWPと同じではあるが、その時間構造について、特にbeforeの部分について注の2で、「User experience is a consequence of brand image, presentation, functionality, system performance, interactive behaviour and assistive capabilities of the interactive system, the user’s internal and physical state resulting from prior experiences, attitudes, skills and personality, and the context of use.」と明細化してあり、そのあたりは適切と思う。

ただし、long term monitoringを強調していながら、そのafterの部分については6.5.6で少し触れているだけで詳しく記述していない点が残念である。さらに言えば、ソフトウェアのインストールなどのone-time experienceとrepeated experienceの違いについても触れていないし、機器のライフスパンの長短によっては、6.5.6に書かれているような6ヶ月から12ヶ月という固定的な表現では不適切になる可能性がある点についても触れていない。

また、before, during, afterと書いてありながら、基本的には設計(HCD)に関する規格になっており、いわばdesignというフェーズでUXに係わるすべての側面が決定されるようにも受け取れる。この点は明らかに不適切であり、もちろんdesignも重要であるが、開発全体、さらには販売、メンテナンス、廃棄など、ライフサイクル全般にわたった説明が必要であると思われる。たしかにdesignは重要ではあるが、それだけでUXが決まるものではない。

その2へ

関連記事