今、ナレッジナビゲータを見る:
1. ハードウェア

ナレッジナビゲータのショートビデオは、未来のコンピューティングを予想したものとして、いつまででも鑑賞の価値のある映像作品である。克明にリアルに近未来の情報機器のインタフェースを描いたという点で、アップルの自信の程が窺える。

  • 黒須教授
  • 2015年5月1日

1988年に作られたビデオ

アップルが1988年に作ったナレッジナビゲータ(Knowledge Navigator)のショートビデオは、単に一企業の作ったコンセプトビデオとしてだけでなくSF作品としても秀逸なものであり、未来のコンピューティングを予想したものとして、ある意味、いつまででも鑑賞の価値のある映像作品といえる。(これはYouTubeからも見ることができる。たとえば「アップル『ナレッジナビゲーター(Knowledge Navigator)』日本語吹替版」)。

パソコンの元祖はAltair 8800 (1975)とされ、オールインワンのパソコンの登場は1977年のコモドールPET 2001やアップルのApple IIとされている。しかし、小型のパソコンについてはコンセプトレベルではあったものの、アランケイのDynaBook (1972, 1977)が最初であった。東芝が同じ名前のノートパソコンJ-3100SSをリリースしたのは1989年になる。市場におけるノートパソコンの歴史は1984年のNECのPC-8401Aや1985年の東芝のT-1100に始まっている。このビデオが公開された1988年というのは、そういった時代であった。

ハードウェアの特徴

それではまずナレッジナビゲータのハード面を見ていこう。まず机の上に置かれたナレッジナビゲータ。気がつくのはケーブルが一切つながっていないこと。LANケーブルもないから、おそらく無線LANの利用を前提にしているのだろう。電源ケーブルもないから、長時間駆動バッテリーを想定しているのか、あるいは非接触充電という技術の開発を予見していたのかもしれない。ま、このあたり、あくまでもコンセプトだから「良い方向に」解釈してあげてもいいだろう。ただ筐体はごついし、意味のなさそうな凸凹があったりするのだが、この点はSFチックにするためのデザインで、あまり意味はないのだと思う。

まず主人公のマイケル・ブラッドフォード教授がナレッジナビゲータを開く。ここで誰でも注目するだろうことは平面ディスプレイが折りたたまれていることだろう。折りたためるディスプレイは結構昔から夢とされてきた。しかし折れ目のところをどうするか、その解決技術はいまだに出来ていない。ただ、改めて考えてみると液晶を折り曲げる目的は何だろう。より大画面にするためかとも思われるが、それだったら現在のパソコンのような高精細画面でいいだろうし、デスクに置くのなら大画面のそれを採用するストラテジーの方が現実的と思われる。デスクで使うパソコンの場合に何も無理して折りたためるようにする必要はないだろう、ということだ。

さらに、その平面ディスプレイはタッチパネルにもなっている。スマホやタブレットでタッチパネルが日常的なものになってしまった現在では特に不思議には思われないだろうが、一昔前、タッチパネルというのは特別なインタフェースであり、ここまで普及するとは思われていなかった。そのタッチパネルの使い方としては、電子秘書の発話を止めるためにタッチするようなあまり有効とは思えない使い方から、主人公と友人のジル・ギルバートが開発した二つのアルゴリズムを合併することを指のスライドでやってしまう高度な使い方まで多様である。このあたりは次回のソフトウェア編でも扱うことにする。

現在の技術が超えてしまった点

つぎに筐体で気がつくのは上部にある大きなカメラのレンズ。これは現在では超小型化されてしまっており、ムービーとしては超小型にしてしまうと目立たなくなるからという意図があったのかもしれないが、こんなに大きなカメラは必要ない。これは現在の技術の方が先行している例である。もう一つ同じようなこととして本体右上にカードを挿入するが、その大きな事。現在のSDXCカードなら2TBまでの容量を持っていて、これも現実がムービーを超えてしまった部分である。あと目立つのはヒンジの大きな事。これはデザイナーの好みかもしれないが、こんなものは邪魔なだけである。

キーボードレス

もう一つの特徴はキーボードがないこと。主人公の大学教員が論文執筆をしている場面が描かれていないだけで、ディスプレイの下から引き出されるようになっているのかもしれないが、もしかすると音声入力だけなのかもしれない。このビデオのなかでは、主人公がエージェントと音声対話をしている様子だけが描かれているが、テキストを大量に入力する場合に音声が疲労などの理由から不適当であることは、当時から分かっていた筈だ。ビデオのシナリオからそうした作業部分が除去されているのは、まだその点をどうしたらいいか、どうしたら未来的に見えるかについてビデオのプロデューサが悩んでいたからかもしれない。

そんな訳で、ナレッジナビゲータは、ハードウェア的には近未来を予見していた部分もあるし、現在すでにそれを超える形で技術が進んでしまった部分もあるし、若干の見当違いな部分も含まれているといえるだろう。いずれにしても、なまじのSF映画では描かれていないほどに克明にリアルに近未来の情報機器のインタフェースを描いたという点で、アップルの自信の程が窺えるし、このビデオ作品の価値もあるといえる。

後編「ソフトウェアとコンピューティングの未来」 →

サムネイル画像: YouTube