今、ナレッジナビゲータを見る:
2. ソフトウェアとコンピューティングの未来

マイケルの仕事のやり方を見ていると、改めて、人間にしか出来ない仕事って何だろう、と考えざるを得ない。このナレッジナビゲータと最近取り上げた2045年問題とを絡めて考えると、かなりリアルな恐ろしさを感じてしまう。

(「1. ハードウェア」からの続き)

ソフトウェアの特徴

起動した画面にメニューバーやゴミ箱などのアイコンがあるのは、音声対話システムがついているナレッジナビゲータとしては妙な話であるが、それはまあいいとしよう。ともかく、このナレッジナビゲータの最大の特徴はエージェントとの音声対話システムであり、そのエージェントの知的水準の高さである。CGで合成されたエージェントの姿は格別必要ないともいえるが、あっても構わない。

音声認識と音声合成の技術、とりわけ後者は現在ではかなりの水準にまで達している。したがって両者を組み合わせて音声対話システムを構築することは、現状ではそれなりに実現可能であるが、問題はその理解力の水準と推論や情報検索の能力の高さである。

気配りの能力

僕が一番凄いと思うのは、エージェントの持つ気配り能力である。つまりユーザにとって何が優先事項であり、何がどうでもいい事柄であるかを判断し、それに応じた挙動を取ることである。起動時にそれまで溜まっていたメッセージをエージェントが話しているときに、話題が「そして最後に先生のおか…」というところでマイケルが画面をタッチしてメッセージを強制終了させ「日曜の父さんの誕生パーティを忘れるな、だろ」と言ったことから、母親がくどくどと連絡してくることを彼が面倒くさがっていることを理解する。そしてビデオの最後のあたりで「先生のお話中に、お母さんからバースデーケーキを忘れずに、という電話がありました」とエージェントは語っている。つまり、ジルと大事な用件を話している最中にかかってきた母親からの電話は、マイケルにとっては二の次のことだということを判断し、自動応答だけをしてメッセージを保存し、マイケルとジルの会話を中断させないように配慮している点だ。

いや、ここまでできれば大したものだ。母親からの電話にはメッセージを保存するだけにしておいてくれ、とは指示されていないのに、そこまでできている。人間の秘書並み、もしくはそれ以上の気配りである。同じような気配りは「行く前にこの論文をプリントアウトしておいてくれないか」というマイケルの指示に対して「今プリントしています」と回答している部分にも見ることができる。「はい、分かりました」ではなく「今プリントしています」なのであり、ユーザの意図を先回りしていることが分かる。

ジルの論文のことを説明されたマイケルが「ジルに連絡してくれ」というと、即座に「連絡しましたが、ただいま席を外しています。先生から電話があったというメッセージは残しておきました」と回答する部分も同じように先回りをしていた可能性が高い。

けれども気が利いているようで間が抜けているところもある。ジルに「また土壇場になって講義資料を探しているんでしょう」と言われ、マイケルが「違うよ、だって講義はまだ先の話だ」と嘘をついた途端「四時十五分からです」と正直に答えてしまうあたりは、笑いを誘う演出ということだろう。

その他のコンピューティングパワー

マイケルが講義資料を見て「駄目だ、これじゃ十分じゃないな。もっと最近の文献を見直そう。まだ読んでいない新しい論文を出してくれ」という箇所がある。エージェントは「もっと最近」というのはどの時期のことなのかを理解する、そしてユーザが「既に読んだ論文」が何かということも理解している。エージェントは、全世界から検索すれば膨大な数になるであろう「まだ読んでいないもっと最近の論文」のなかから「先生の友人のジル・ギルバート女史が発表した論文があります」と答える。これは、その後でマイケルがジルに遠隔講義に参加してくれるように依頼する伏線になっているのだが、どこまでを考えてジルの論文のことを指摘したのかは定かではない。見方によっては、マイケルはエージェントの敷いたレールの上を走らされているようにすら見えてしまう。

しかもエージェントはジルの論文のポイントを簡潔に要約してマイケルに説明している。この部分は、論文のアブストラクトをそのまま読んでいる、というよりは、ユーザの目的に応じて回答を生成しているように見える。

またマイケルが「フレゼン博士といった人が、5年ほど前、ジルの研究に真っ向から反対した論文を発表していたと思ったがな」と言うと、エージェントは「ウプサラ大学のフレミング博士です。2006年7月20日のアースサイエンス誌の中でその論文を発表しました」と回答している。これは曖昧検索であるが、ここまで調べることができてしまうと、エージェントに対して、「後は適当にうまくやっておいてくれ」と言いたくなってしまう。 この他にも凄い能力を見せているところが多々ある。もちろんSF作品だから、幾らでも凄いことができてしまっておかしくはないのだが、シナリオが良くできているために、そう遠くない将来にはここまでコンピューティングパワーが高まってしまうかもしれない、と思わせるに十分な内容である。

人間の存在意義は…

このナレッジナビゲータと最近取り上げた2045年問題とを絡めて考えると、かなりリアルな恐ろしさを感じてしまう。言い換えれば、このマイケルの仕事のやり方を見ていると、未来の大学教授って何て楽な商売だろう、と思えてしまう。いや、人間の大学教授なんかいなくても、ナレッジナビゲータさえあれば、学生は一人でどんどん学んでいくことが出来るではないか、大学教授はもはやお払い箱だ、などとも思えてくる。

改めて、人間にしか出来ない仕事って何だろう、と考えざるを得ない。想像力や創造性というキーワードが浮かんでくるけれど、そこだって怪しくなってしまう。遠くない将来に、ラフスケッチを描けば製品が出来てしまったり、ラフなネームを描けば漫画が出来てしまうようになるんじゃないか。そうすると、ラフスケッチやネームを描く部分だけが人間に残された仕事の領域ということになるのだろうか。いや、それすらコンピュータに取って変わられてしまうかもしれない。そうなると人間は安楽だけを追求し怠惰をむさぼり廃棄物を出すだけの邪魔者に過ぎなくなり…といった短絡的な夢想が案外夢想ではなくなってしまうかもしれない、とも思われる。

こういった点で、ナレッジナビゲータというのは結構怖いSF作品でもあるのだ。未見の方は是非ご覧いただきたい。

サムネイル画像: YouTube

公開:2015年5月13日
著者:黒須教授

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