バーチャルフィールドにおけるエスノグラフィ

エスノグラフィの調査を行う際には、デモグラフィック特性を指定したインフォーマントを全国各地からサンプリングすることになる。そのためによく使われるのがインターネットを利用したサンプリングである。こうしたネットを活用したエスノグラフィをバーチャルエスノグラフィと呼ぶ。

伝統的なエスノグラフィと、ビジネス目的のエスノグラフィ

伝統的なエスノグラフィの調査では、調査者は、フィールドとなる集落やコミュニティに赴き、そこにある期間滞在して情報を得る、という形の活動を行ってきた。これは、対象となる共同体における儀礼や親族関係などを調べる人類学の調査でもそうだったし、それよりも焦点を小さく絞ったマイクロエスノグラフィ(箕浦 1999, 2009)でも同様だった。同じような意味で、地域開発や町おこしのために調査が行われる時も、一定の地域を対象としていた。

しかし、製品開発という目的でエスノグラフィを行う場合には、ある特定の地域だけを対象にすれば良いという訳ではない。IDEOが行ったようなアジアやアフリカでの調査は、そうした発展途上地域における課題の抽出と、デザインソリューションの創出を目的にしていたから、むしろビジネス目的でのエスノグラフィとしては例外的なものといえる。

パソコンやスマートフォンのハードやアプリの開発、ゲームソフトの開発、家電製品や公共機器の開発等々においては、地域という変数はむしろ捨象すべきものになる。特定の地域でしか売れず使われないような製品では困るからだ。

サンプリングとバーチャルエスノグラフィ

そこで、エスノグラフィの調査を行う際には、デモグラフィック特性を指定したサンプル(インフォーマント)を全国各地からサンプリングすることになる。ただし、実際にはあまり地理的に分散しすぎると調査の実施が困難になることから、ある程度地域を絞り、大都会近郊と地方都市、農村地域、といったようにエリアを設定し、その中からインフォーマントを抽出することになる。

そのためによく使われるのがインターネットを利用したサンプリングである。インターネットで全国から集めたインフォーマント候補のデータベースにアクセスして、所定の条件を満たした人たちに連絡を取り、調査に協力を依頼するという形をとる。こうしたネットを活用したエスノグラフィをHine(2000)はバーチャルエスノグラフィと呼んでいる。すなわち、伝統的なエスノグラフィがリアルフィールドに赴くことで実施されていたのに対し、ビジネス目的でのエスノグラフィはバーチャルフィールドで実施されることになるわけである。

インターネットの普及以前にも、リアルなコミュニティとは別にバーチャルなコミュニティは存在していた。たとえば趣味を同じくする人々の同好会とか、特定の学校の同窓会などがその例である。該当する人々は全国に散在しているが、特定の側面について共通性をもち、またお互いに連絡を取り合うことでコミュニティを成立させていた。たとえば特定の趣味に関連したアプリを開発するような場合には、そうした同好会の連絡網を使ってインフォーマントを集めることもできた。

しかし、こうしたバーチャルなコミュニティは、ネットやそれを利用したSNSの普及により大幅に膨れあがることになった。したがって、特定の属性に関係した人々をインフォーマントを集めることは以前より容易になったとはいえる。たとえば携帯電話からスマートフォンに移行して1年以内の人々を対象にする、というようなことも可能になった。

バーチャルエスノグラフィの弱点

ただ、注意しなければならないのは、コミュニティが形成されにくい属性が関連してくる調査の場合とか、インターネットを利用するのに困難を感じるような所謂ハイテク弱者を対象にする調査の場合である。たとえばアイロンかけが苦手な人、いまでも電卓よりソロバンがいいと思っている人、医者から処方された飲み薬が10種類以上もあって時差のある欧米にでかけようとしている人、などである。こうした場合には、データベースに登録してある属性情報にもとづいてサンプリングを行うことは困難であり、バーチャルフィールドへの接近が困難であるといえる。こうした場合にとられる方法は、ある人(これはデータベースから抽出した人で構わない)に、そういう人を知らないですかと尋ね、人づてに探してゆくことになる。筆者も携帯電話を利用していない高齢者を調査する時、各地のシルバー人材センターからインフォーマントを募り(その人たちはパソコンか携帯電話を利用していた)、その人たちに更に知人を紹介してもらう、というやり方をとったことがある。

このように、バーチャルフィールドにおけるエスノグラフィ調査では、まず焦点課題に対応したインフォーマントを集めるサンプリングで苦労することが多い。

参考文献

  1. 箕浦康子 (1999) “フィールドワークの技法と実際:マイクロ・エスノグラフィー入門” ミネルヴァ書房
  2. 箕浦康子 (2009) “フィールドワークの技法と実際Ⅱ: 分析・解釈編” ミネルヴァ書房
  3. IDEO (2011) “Human Centered Design Toolkit 2nd Edition” IDEO.org (柏野尊徳監訳、慶応義塾大学SFCデザイン思考研究会編集)
  4. Hine, C.M. (2000) “Virtual Ethnography” SAGE

公開:2013年11月5日
著者:黒須教授

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