企業ユーザビリティの成熟:
第1期から第4期

ユーザビリティへの取り組みが成熟するに従い、ユーザ調査に対する姿勢を、初期の批判的なものから、大きく依存するものへと、典型的な段階を踏んで変えていく組織が多い。

一般的に組織は、ユーザビリティのプロセスを発展させ、成熟させる過程で、一連の段階を踏み進むことになる。この一連の流れは、ある程度共通的なため、以下の解説と照らし合わせれば、貴方の組織が次の段階でどうなるのか、予測することができる。

第1期: ユーザビリティに対して批判的

最初の段階は、「よいユーザとは、死んだユーザだ」(訳者注:死人のように不平・不満をいわないユーザという意味)というスローガンに象徴される。開発者たちは、単純にユーザのことや、彼らのニーズに耳を貸さない。彼らの唯一の目標は、機能を作り、それをコンピュータで動くようにすることだ。このような考え方の中で、人間という要素はないがしろにされる。そのシステムが使いやすいかどうか、安心して使えるかどうかなどはお構いなしに、それを使うよう強制される。

コンピュータが使われはじめて間もない頃( 1945 ~ 1965 年 )、このやり方は、ほとんどのプロジェクトにとっては最も採算の合うやり方だった。ハードウェアがとても高価だったため、コンピュータのニーズに人間を服従させるほうが、道理にかなっていたのだ。

1965 年頃になると、コンピュータは低価格になり、十分な人たちがそれを使っていたため、教育費を削減することによって、経済的な見返りが見込めるようになってきた。ユーザビリティに取り組みはじめたいくつかの企業ではプラスの ROI がみられたが、それでもなお、1980 年代まで IT 業界でのユーザビリティに対する風当たりは厳しかった。

今日でも、ユーザたちを抑圧してウェブをテレビに変えたほうがよいという考えを元に、ユーザを無視するよう教えるウェブデザインの教室がある。

もし貴方の企業がまだ批判的な段階にあるならば、ユーザビリティを推進しようという考えは、捨てるしかない変わりたいと自分たちで思わなければ、変わるための手助けをしようとしても無駄だ。時代遅れの考え方によって、大きな傷を負えば、経営陣もユーザビリティの考え方を受け入れようかと考えはじめられるようになり、次の段階に移行する準備が整うだろう。

第2期: 開発者主導型ユーザビリティ

遅かれ早かれ、ほとんどの企業が、人間が使いやすいデザインの価値に気付く。この時点で、どうすればよいユーザビリティを構築できるかを考えるのに、デザインチームが自らの直感的洞察に頼るのは、最も簡単な方法(だが、間違えた方法)だ。

結局のところ、チームのメンバーも人間だ。そして彼らはコンピュータを使うし、ウェブサイトも使う。もちろん彼らも何が使いやすくて、何が使いにくいか、知っている。既存のチームメンバーには 1 つ、大きな利点もある。彼らは既にそのプロジェクトに参加していて、彼らがデザインについて容赦なく意見をいえる場となる、全てのミーティングに参加しているのだ。

この手法は、ある特定のデザイン課題には、ある程度の効果がある。開発ツール、たとえば開発者や、その他オタクたちのためのウェブサーバーなどだ。Perl、Linux、Apache といったオープンソース・プロジェクトでは、開発者主導型のデザインで大きな成功を収めている。だが、そういったプロジェクトでも、外部からの意見をシステマチックに取り入れていれば、もっとよくなっただろう。Apache の深層部分を開発するプログラマーたちは、それ以外の Apache をただ使いたいだけで、それを改造したいと思っているわけではない技術者たちと比べたら、理解度が高い。

オタク以外の人たちを相手にしているプロジェクトでは、何が使いやすいかを判断する上でデザインチームの知識に頼ると、大惨事をもたらすことになる。そのプロジェクトに拘わっている人は誰でも、外部の人たちを代弁するには、知りすぎてしまっているのだ。

幸運にも、チームメンバーの持っている概念モデルと、平均的なユーザのモデルの差は簡単に説明がつく。また、チームメンバーにとってそれは、納得しやすいものでもある。なぜなら基本的には、チームメンバーたちに平均的なユーザの代役が務まらない理由が、彼らの知識が豊富すぎで、賢すぎるというものだからだ。

第2期に入れたのは、大きな前進だ。人々はユーザビリティを気にしている。そういった状況下でもなお、「ユーザ体験の改善は、プライオリティーが高い」などと口ではいうものの、実際にはユーザビリティに予算を割かない重役たちのリップサービスを聞く羽目になる。そのため第2期では、手間をかけたユーザビリティ手法に着手することは不可能だが、社内でユーザビリティ方法論に理解を示す人たちを、みられるようになる。そういう人たちも、貴方が働きかけ続ければ、第3期へ移行したいという意欲を示し始めるだろう。

第3期: 手探りの小規模ユーザビリティ

この段階で組織は、顧客たちにとって何が使いやすいのか、デザインチームの自らの判断にゆだねるべきでないことを自覚している。しかしながら、未だほとんどの判断は、それに頼ることになる。なぜなら人々は、自分たちを一般的で、世界の標準だと思いがちだからだ。そのため、デザイナーたちは外部からのデータを調達すべきだということを知りながらも、そうするための努力はあまりしない。

様々な障害があるにせよ、会社の中でユーザビリティにわずかながら力を注ぐグループがいくつか出てくる。たとえば、誰かが簡単なテストのために、数人のユーザを招くかもしれない。もしくは、部長の 1 人が、その企業にとってははじめてとなるユーザ体験の品質向上のための予算を確保し、外部のユーザビリティ専門家を雇うかもしれない。

この段階が、この先の段階と違うのは、ユーザビリティの重要性への認識が企業として正式にはないことと、それに対して前もって認められた予算が組まれていないということだ。全てのユーザビリティ活動は、特定の問題のために限定的に行われ、自分がその時々で拘わっているプロジェクトだけの品質をよくするために、もう少しデータが欲しいと思ったユーザ擁護者によって行われる。

こういった初期の小規模なユーザビリティ活動は、未熟であるにも拘わらず、効果がある。(補足記事では、たった 2 名のユーザをテストした場合でも、2 つのデザインの中から、よりよいものを選べる確立が 50 %から 76 %に上がった例を説明している。)ユーザビリティに何もしてこなかった企業では、ほんのわずかな努力を注ぐだけで、劇的にユーザ体験の改善が行われる。このような場面では、”low-hanging fruit”(手の届くところにある果実)という表現がピッタリなことが起こるのが常だ。

第2期から第3期に移行するにあたっては、理詰め(と、もしかしたら少しばかりのお世辞)を使い、デザインチームのメンバーたちに、平均的なユーザを代弁するには彼らの知識が豊富すぎると説得するのが有効だ。しかし、第3期からさらに進むには、結果を出さなければならない。

デザインにユーザビリティの考え方をわずかでも注入すると、改善がみられる。願わくは、それが誰の目にも明らかなくらい、大きい改善であることだ。そのとき、1 つだけ欠点がある。素晴らしいユーザビリティは(テスト結果から得られた事実を知った後だと)明快すぎて、デザインを簡潔化するのにどれだけの労力が必要だったか、経営陣が認識できないおそれがある。その労力を見過ごされないためには、当初のゴチャゴチャしたままのデザイン案をとっておき、前 / 後の対照比較ができるようにして、ユーザビリティの改善記録をドキュメントに残しておこう。

第4期: ユーザビリティ専用予算枠の確保

もしかしたら、余った予算を少しばかりユーザビリティ使った部長が主任に昇進するかもしれない。または、副社長が製品品質のユーザビリティ面のプライオリティーを上げるかもしれない。企業がユーザビリティに予算をもっと割り当てるようになるシナリオは、いくつかある。典型的なのは、第3期での小さい、その場しのぎのユーザビリティ・プロジェクトのいくつかが重役たちの目にとまり、ユーザ体験に投資することがその企業に利益になることを彼らに確信させるといったことだ。

第3期と第4期を大きく分けるのは、ユーザビリティ専用の予算だ。どんなに少なくても、その予算は前もって準備されたものだ。これは、その他の品質管理と同じように、ユーザビリティが予算に組み込まれたということだ。

企業の規模によって、その予算は従業員 1 人分の賃金にも満たないこともあれば、ユーザビリティ専門家を数人フルタイムで雇うのに十分なこともある。どちらにせよ、この時点でユーザビリティに拘わるスタッフは、企業の中であちこちに散らばっていて、システマチックな手法は何も整備されていない。だが、最低でもユーザビリティを仕事の一環として任命されている人が会社の中にいて、テストユーザを雇うのにも使える予算も、確保できている。(ちなみに、テストユーザを 1 名リクルートするのにかかる費用の平均は 171 ドルだ。)

この段階でユーザビリティは、ユーザインターフェイスを輝かせたいときにパラパラとまばらに振りかければよいだけの魔法の薬としか、企業は考えていない。主立って使われるユーザビリティ方法論はユーザテストに限られ、開発プロセスの終わり間際になって、最低でも部分的にユーザインターフェイスが実装されてからしか、行われない。

このやり方は、推奨されているベストプラクティスに反している。ベストプラクティスは、デザイン実装にかかる大きな経費をかけなくても実施できる、ペーパープロトタイプなどを使って、初期段階から繰り返しテストを行うことだ。経営陣は、ユーザインターフェイスを実装するのに労力を割けば割くほど、一般公開された後に必要となることが多い構造的な見直しを、躊躇するようになる。

第4期から先に進むには、さらなる ROI の裏付けが必要になる。第3期から第4期に移ったとき、それを正当化するのは、ある程度容易だったはずだ。ユーザビリティの考え方をはじめて取り入れた場合、それが些細なことであったとしても、劇的な改善が行われる。その上その改善は、余った予算で行われた非公式なプロジェクトで得ているため、低予算で済んでいる。

正式な予算を確保すると、増加した予算の正当性を証明できるだけの改善を示さなければいけなくなる。ユーザビリティには、驚くほど高い ROI が出るので、正当化できるだけの改善は、いずれみられるようになるが、そうなるまでには少し時間がかかる。いくつかのサクセスストーリーだけでは、裏付けとして不十分だ。調査を行い、顧客転換率の改善、サポートセンターへの電話の減少、イントラネットの生産性の向上など、貴方の企業にとって重要な基準値での測定が必要だ。

ユーザビリティ・プロジェクトの結果を集め続ければ、ビジネスとして「第5期:管理されたユーザビリティ」へと移行するべきだという十分な裏付けができるようになるだろう。

第5期から第8期: 次週のコラムで

第4期で企業は、ユーザビリティを真剣に考えるようになるが、第8期にある完熟期に至るまでには、まだ長い道のりがある。数字的に第4期は中間点ではあるものの、ここから先の段階を突破するには、最初の 4 段階よりもかなり時間がかかるのが普通だ。

次週のコラムでは、なぜ後半の 4 段階は時間がかかるのか、そしてどうすれば企業がそれらを乗り越えていけるのかを説明する。